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王子に恋させた令嬢は、猫が仕組んだ“恋の罠”にまんまと落ちました
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白猫が不意に顔を持ち上げた。
フサフサのご自慢の尻尾をピンと立てると、茂みの向こうを鋭く睨んでいる。
昼下がりの王宮庭園。のどかな陽射しの下でご主人であるアニエスと日向ぼっこをしていた。
異変を感じたらしい白猫はアニエスの膝上から飛び降りる。
「ノワールちゃん、どこに行くの? あ、待って!」
ご主人を置きざりにすると、白猫は茂みを通り抜けて小道の先にいる一人の青年の元へと急ぐ。
青年は、金糸のような髪を後ろで束ねて蒼眼が美しい美男子――王太子ジェラルド・モンテランだ。
ノワールが王子の元へと辿り着くよりも先に、王子の背後の茂みから黒衣の男が躍り出た。鋭い短剣を振りかざそうとして、王子に避けられる。
「刺客か!」
王子は剣を抜くと、刺客と向かい合う。近くには衛兵の姿が見当たらなかった。
その時、地を蹴った白い影が、黒衣の腕をガリッと鋭く引っかいた。
「うっ!」
刺客は手元を狂わされ、ズレた矛先が王子の脇をかすめる。
着地した白い影――白猫は近くに立てかけてあった盾をキックして引き倒した。けたたましい音が辺りに響く。あまりの音に鳥が一斉に飛び立った。
途端に、何事かと騒ぎに気づいた衛兵たちが駆け寄ってきた。
刺客は失敗したとみるや否や逃げたが、すぐに取り押さえられた。
王子は、“褒章をくれ”と言わんばかりの様子で行儀よく座っている白猫を見た。
「お前に助けられたな」
白猫が“ニャオ~ン”と鳴く。声を聞きつけたアニエスがようやく姿を見せた。
「ノワールったらここにいたの?探しちゃったわ!」
茂みを通り抜けてきたアニエスは、髪の毛についた葉っぱを払いながらノワールに言うが、気付くとまわりは物々しい雰囲気だし、ジェラルド王子がいるから驚いた。
「お、王国の太陽であらせられるジェラルド殿下……」
慌ててカーテシーをしながら挨拶をする。だが、ジェラルドは遮るように尋ねた。
「この猫の飼い主は君か?」
「はい。この子が何かをいたしましたでしょうか?」
「大活躍だ。追って、君に褒美をとらせよう」
ジェラルドはそう言うと、王宮の中へと入っていく。アニエスはぽかんとした。
「ノワールちゃん、あなたは一体何をしたの?」
わけがわからずノワールを抱きしめたアニエスだった。
――後日、アニエスの実家であるメシャン子爵家にはとある文書が届いた。
「アニエス・メシャンをジェラルド王子の婚約者候補とする」
なんですって~!?と屋敷にアニエスの叫びがこだました。そんな姿をノワールは冷めた目で見ていた。
《ふん、世話がやける妹だな。オレが活躍してやったから婚約者候補になれたのだぞ?》
ノワールは心の中で思っていた。
ちなみに、彼の“ノワール”という名は“黒”を意味する。だが、実際は白い毛並みだ。アニエスが“ピンときた”と言って名付けた。しかも彼女は、オスなのに“ノワールちゃん”と呼んでいた。
《いろいろとアンポンタンだが、こいつはオレを大事にしてくれるしな。恩返しだ》
王子のことはアニエスがよく兄のエタンに差し入れしに行くから見かけることがあった。
彼はたまにフラリと庭を誰にも知らせずに散歩する。不用心なヤツだと思っていたら、案の定、刺客に襲われた。だから、アニエスのためにも救ってやった。
《アニエス、オレに感謝しろよ?》
ノワールはアニエスの膝に乗ると、“撫でろ”とばかりにゴロンと転がったのだった。
――今、アニエスとノワールは王宮の一室で王子を待っている。
早速、お茶会に呼ばれた。お茶会といっても、王子とアニエスと恩人ならぬ恩猫であるノワールのみ。アニエスはド緊張していた。
「ノワールちゃん、めちゃくちゃ緊張するじゃないの。あなたが殿下をお助けしたのは、とーっても偉いわよ?だけど、私が天上人であらせられる殿下とお茶するなんて、寿命が縮みそうよ!……帰りたい」
部屋の扉外にはジェラルドがいて、バッチリ彼女の嘆きが聞こえた。
(僕とお茶したくない令嬢なんているんだなあ)
ジェラルドは金髪で、澄んだ碧眼に彫刻のような顔をしている。舞踏会を開けば、令嬢がすぐに取り囲む。
それが当たり前なのに、気後れして“帰りたい”などと言う令嬢がいるのかとジェラルドは新鮮に思えた。
「殿下がお見えです」
使用人が声をかけると、部屋の中は急にシンとする。きっと、背筋を急いで伸ばしているのだろう。
ジェラルドはクスリと笑いながら部屋に入った。
「やあ。お待たせしましたね。今日は、その活躍した“ノワール”の主人である君と話したくてね、こうして来てもらった」
「そ、そうですよね。まずはお話だけ……かと思っていました。けれど、私は婚約者候補になったと聞いていて……」
アニエスは緊張していたのもあって、心にある疑問をストレートに言った。
「君が、美しいと思ってね。君は19で僕は22だ。ちょうどいい年頃だよね。それもあって、褒美として君を婚約者候補にしたんだよ」
「は、はあ」
見るからに不服そうな顔のアニエスにジェラルドは納得がいかない。
「嫌だったかな?」
「い、嫌とかではなくて、その、私は子爵令嬢ですから、殿下には釣り合いません。そもそも私以外の婚約者候補の方はみんな高位貴族の方です……恐れ多くて」
アニエスの言葉を聞いてジェラルドは安堵する。
「僕が嫌なのではないのだね?じゃあ、問題ない」
ハッキリ言いきるジェラルドに、アニエスはタジタジになり、終始うつむきがちになる。
《おい、なにやってんだ?オレのお膳立てを台無しにするつもりか!?》
アニエスの隣で行儀よく座っていたノワールは起き上がると、ソファを降りてスタスタとジェラルドの側に寄る。タン、と絨毯を蹴ってジェラルドの膝の上に着地するなり座り込んだ。
「の、ノワールちゃん……!」
アニエスが真っ青になって立ち上がる。
「ノワールは僕のことが気に入ったらしい。……君も、隣に座ってくれたら嬉しいよ」
ジェラルドは隣をポンポンと叩く。
「私のような者ができるわけが……」
お茶会は、ジェラルドのペースに振り回されるかたちで終わったのだった。
――お茶会後、ドッと疲れを感じたアニエスは、兄に会いたくなった。
王宮の敷地内にある軍舎の方へと向かう。
しばらく歩くと、王都軍将校をしている兄エタンの姿が見えた。若い兵士たちの調練をしていた。
練習が終わるまで待とうと離れたところで、幼馴染のリオに声をかけられた。彼は王都の駐屯兵をしている。
「アニエス!エタン様に会いに来たのか?」
「リオ!そうよ。ちょっとお兄様と話したくなっちゃって」
「今、新兵の調練中だからオレが相手をしようか?」
う~んと考え、コクンとうなずいた。
「リオが大丈夫なら、聞いてもらおうかな」
アニエスは、さっきのお茶会の出来事を話し始めた。婚約者候補になったことを聞いたリオは、目を丸くする。
「ノワールが活躍したご褒美に、アニエスが殿下の婚約者候補に? ウソだろ?」
「ね、嘘みたいな話よね。殿下と私とじゃ何もかも釣り合わないわ。世界が違う」
「うん、正直そう思う。アニエスはオレぐらいのレベルの男がちょうどいいんだよ」
リオが親指で自分を指しながらニッと笑う。
「……そういうことを誰にでも言っているんじゃないの?駐屯兵って酒場で女性を口説いているって有名よ」
「オレはしてないよ。遊びみたいな付き合いはしたくない」
リオが真面目な顔をするからアニエスはドキリとした。
「おーい、アニエス!兄さんに会いに来たんだろ?」
エタンが調練を終えて、こちらに手を振っている。
「リオ、終わったって。一緒に行こう!」
アニエスはリオの手を取ると、兄の元へと走り寄った。
《バカモノ!どうして子爵家の次男坊なんかと仲良くする!》
ノワールは睨みつけるようにアニエスとリオを見ていた。
彼は、お茶会の後に気ままに歩きたくてアニエスの腕の中から逃亡していた。様子を見に来てみれば、思惑とは違うことをしているので不満だ。
「へえ、彼女はあの兵士と仲がいいのか」
ノワールは隣にいたジェラルドに抱き上げられた。ノワールはジェラルドのズボンの裾を加えると軍舎の方へと連れて来ていた。
「僕さ、グイグイ来る令嬢は好きじゃないんだ。その点、アニエスって子は媚びたりしないし、好みの容姿だ。だけど、彼女は僕を好きじゃないみたいだ……ノワール、どうすれば振り向いてくれると思う?」
ジェラルドはノワールを撫でながら言う。
《ふん、お前が頑張ればいいだろう?》
ニャ~ゴ、と鳴く。
「お前は僕を応援してくれているみたいだね。あんなのを見せられたら悔しいね。どうにかしないとね」
――後日、またジェラルドに呼ばれてアニエスとノワールは王宮へやって来た。
「今回は、堅苦しくならないように庭の散歩でもしようか」
ジェラルドはアニエスの手を取ると、プライベートなバラ園やガゼボを案内してくれた。
「素敵なお庭ですね。私のような者が貴重な機会をいただけまして……」
アニエスの様子がまだまだ固いな、とジェラルドが悩んでいると、ズボンの裾をノワールが引っ張った。
「うん?ノワールがこっちに来い、と言っているみたいだ」
「これ、ノワールちゃんたら!」
アニエスがノワールを抱き上げようとすると、ノワールはサラリと彼女の手をかわす。
バランスを崩したアニエスは前につんのめった。
「きゃあ!」
《いけ、王子!アニエスを助けろ》
ノワールが心で叱咤する。
運動神経の良いジェラルドはサッとアニエスを支えた。
「大丈夫かい?」
「は、はい。ありがとうございます……!」
ノワールの狙いどおり、アニエスとジェラルドがくっつくかたちになってニヤリとしたノワールだ。
《すぐに離れてしまったな。じゃあ、今度はこっちだ》
またしてもノワールは裾を口で引っ張るとどこかへと連れて行く。
「なにか面白いものを見つけたのか?」
連れられて来たのは古い塔だった。
「ここは……」
急にジェラルドが静かになる。
「ここはどういうところなのでしょう?」
不思議に思ったアニエスが尋ねた。
「ここは、昔、囚人を収容していたところなんだ。今は使われていないが、当時の道具がいろいろとね……」
言い淀んでいるところを見ると、アニエスはきっと拷問道具でもあるのかと思った。
(こわい、けれど見てみたいわ)
可憐な見た目に関わらず、戦記物が好きなアニエスは中に入りたくなった。
ノワールはスタスタと建物の中に入って行く。
「あ、ノワールちゃんたら!」
アニエスはノワールを追いかけてちゃっかり塔の中に入った。
「アニエス嬢!」
乗り気ではない様子のジェラルドも仕方なく追いかける。
「中はとても暗いですね……」
アニエスはまわりを見ながら言う。
「窓も閉められているからな。窓を開けようか」
ジェラルドが窓の方へと近寄ると、遠くでなにか倒れる大きな音がした。
ガシャン!
「わあ!」
悲鳴を上げたのはジェラルドだった。ちなみに、アニエスは口元に手を当てただけだ。
「殿下、どちらに?」
「こ、こちらだ……」
アニエスがジェラルドの声の方に行くと、閉められた窓からわずかに漏れる光の中に、なにやら床に転がるものが見える。トゲが無数についた鉄製の棺だった。
「あれはアイアンメイデンでしょうか……初めて見ました」
「君はあんなのを見て恐ろしくないのか? 僕は腰が抜けてしまった」
ジェラルドは床に座り込んでいた。
「ひとまず窓を開けましょう」
室内が明るくなるとジェラルドは落ち着いたようだ。しゃがんだままのジェラルドの横にアニエスも床に膝をついて座る。
先ほど、転びそうになったところを紳士的に支えてくれたジェラルドの姿とはかけ離れた姿だった。
「情けないところを見せたね……。実は、僕は暗いところが苦手なんだ。しかも、こんな場所、なにか出て来そうで」
ハア、と落ち込んだように彼はタメ息をつく。
「怖いものは誰にでもありますわ。逆に人間だからこそではないでしょうか」
「……慰めてくれてありがとう。それにしても、君はなぜ平気なんだい?」
「兄からよく戦記物の書物を借りて読んでいましたから。怖い、というよりも興味が勝ってしまっただけです。でも、改めて見ると、やっぱり怖いですね」
早く塔を出ようと、ジェラルドの肩を支えながら去る。
《よし、あの棺を倒すのは苦労したぞ》
したり顔のノワールが後から続いたのだった。
――近頃、ジェラルドの機嫌はとてもいい。
「殿下は最近、あの子爵令嬢とばかりいますわね」
「わたくしたち高位貴族でもないくせに生意気ですわ」
舞踏会で令嬢たちがヒソヒソと悪口を言っていた。
「あんなの、気にしなくていいからね」
「人間の悪意が一番こわいです……」
アニエスの震える肩を優しく包んでいるのはジェラルドだ。
「僕はこちら方面の対処は得意だから。僕がアニエスを守るよ」
あれから、苦手なものをそれぞれ知った2人の仲は急接近していた。
アニエスにとっては完璧に見えるジェラルドが意外にも暗い所やお化けが苦手なこと、ジェラルドにとってはアニエスが人の注目を集めるのが苦手なこと――立場は違っても怖いものを互いに知ることで親近感を覚えたのである。
「アニエス、君は僕の苦手なものを知ってしまった。誰にも知られたくないから僕の側にいてくれる?」
「側にいなくても、私は誰にも言いませんわ」
「なら、ノワールを常に側に置きたいな」
「ノワールちゃんを時々、お貸ししますわ」
「ダメだよ、そんなの」
ダンスをしながらジェラルドはアニエスを口説いていた。
「もしかして、あのリオってやつを気にしてる?」
「リオ?彼は幼馴染なだけですよ?いつもからかわれているんです」
「からかうのは、気があ……いや、君の苦手分野に万歳だ」
「はい?」
仲良く話しながらダンスする2人を周りの人はチラチラと気にしている。ジェラルドはアニエスを高く抱き上げた。
「きゃあ」
そのままくるりとターンした。
「僕が君に夢中なのをみんな見ている。僕の側にいて。アニエス、愛してる」
耳元でとびきり甘い言葉を言われたアニエスは顔を真っ赤にさせた。
《ふむ、上手くいって良かった。ナイスだなオレ!》
好物の燻製の魚に噛り付きながら、2人の様子に満足したノワールだった。
フサフサのご自慢の尻尾をピンと立てると、茂みの向こうを鋭く睨んでいる。
昼下がりの王宮庭園。のどかな陽射しの下でご主人であるアニエスと日向ぼっこをしていた。
異変を感じたらしい白猫はアニエスの膝上から飛び降りる。
「ノワールちゃん、どこに行くの? あ、待って!」
ご主人を置きざりにすると、白猫は茂みを通り抜けて小道の先にいる一人の青年の元へと急ぐ。
青年は、金糸のような髪を後ろで束ねて蒼眼が美しい美男子――王太子ジェラルド・モンテランだ。
ノワールが王子の元へと辿り着くよりも先に、王子の背後の茂みから黒衣の男が躍り出た。鋭い短剣を振りかざそうとして、王子に避けられる。
「刺客か!」
王子は剣を抜くと、刺客と向かい合う。近くには衛兵の姿が見当たらなかった。
その時、地を蹴った白い影が、黒衣の腕をガリッと鋭く引っかいた。
「うっ!」
刺客は手元を狂わされ、ズレた矛先が王子の脇をかすめる。
着地した白い影――白猫は近くに立てかけてあった盾をキックして引き倒した。けたたましい音が辺りに響く。あまりの音に鳥が一斉に飛び立った。
途端に、何事かと騒ぎに気づいた衛兵たちが駆け寄ってきた。
刺客は失敗したとみるや否や逃げたが、すぐに取り押さえられた。
王子は、“褒章をくれ”と言わんばかりの様子で行儀よく座っている白猫を見た。
「お前に助けられたな」
白猫が“ニャオ~ン”と鳴く。声を聞きつけたアニエスがようやく姿を見せた。
「ノワールったらここにいたの?探しちゃったわ!」
茂みを通り抜けてきたアニエスは、髪の毛についた葉っぱを払いながらノワールに言うが、気付くとまわりは物々しい雰囲気だし、ジェラルド王子がいるから驚いた。
「お、王国の太陽であらせられるジェラルド殿下……」
慌ててカーテシーをしながら挨拶をする。だが、ジェラルドは遮るように尋ねた。
「この猫の飼い主は君か?」
「はい。この子が何かをいたしましたでしょうか?」
「大活躍だ。追って、君に褒美をとらせよう」
ジェラルドはそう言うと、王宮の中へと入っていく。アニエスはぽかんとした。
「ノワールちゃん、あなたは一体何をしたの?」
わけがわからずノワールを抱きしめたアニエスだった。
――後日、アニエスの実家であるメシャン子爵家にはとある文書が届いた。
「アニエス・メシャンをジェラルド王子の婚約者候補とする」
なんですって~!?と屋敷にアニエスの叫びがこだました。そんな姿をノワールは冷めた目で見ていた。
《ふん、世話がやける妹だな。オレが活躍してやったから婚約者候補になれたのだぞ?》
ノワールは心の中で思っていた。
ちなみに、彼の“ノワール”という名は“黒”を意味する。だが、実際は白い毛並みだ。アニエスが“ピンときた”と言って名付けた。しかも彼女は、オスなのに“ノワールちゃん”と呼んでいた。
《いろいろとアンポンタンだが、こいつはオレを大事にしてくれるしな。恩返しだ》
王子のことはアニエスがよく兄のエタンに差し入れしに行くから見かけることがあった。
彼はたまにフラリと庭を誰にも知らせずに散歩する。不用心なヤツだと思っていたら、案の定、刺客に襲われた。だから、アニエスのためにも救ってやった。
《アニエス、オレに感謝しろよ?》
ノワールはアニエスの膝に乗ると、“撫でろ”とばかりにゴロンと転がったのだった。
――今、アニエスとノワールは王宮の一室で王子を待っている。
早速、お茶会に呼ばれた。お茶会といっても、王子とアニエスと恩人ならぬ恩猫であるノワールのみ。アニエスはド緊張していた。
「ノワールちゃん、めちゃくちゃ緊張するじゃないの。あなたが殿下をお助けしたのは、とーっても偉いわよ?だけど、私が天上人であらせられる殿下とお茶するなんて、寿命が縮みそうよ!……帰りたい」
部屋の扉外にはジェラルドがいて、バッチリ彼女の嘆きが聞こえた。
(僕とお茶したくない令嬢なんているんだなあ)
ジェラルドは金髪で、澄んだ碧眼に彫刻のような顔をしている。舞踏会を開けば、令嬢がすぐに取り囲む。
それが当たり前なのに、気後れして“帰りたい”などと言う令嬢がいるのかとジェラルドは新鮮に思えた。
「殿下がお見えです」
使用人が声をかけると、部屋の中は急にシンとする。きっと、背筋を急いで伸ばしているのだろう。
ジェラルドはクスリと笑いながら部屋に入った。
「やあ。お待たせしましたね。今日は、その活躍した“ノワール”の主人である君と話したくてね、こうして来てもらった」
「そ、そうですよね。まずはお話だけ……かと思っていました。けれど、私は婚約者候補になったと聞いていて……」
アニエスは緊張していたのもあって、心にある疑問をストレートに言った。
「君が、美しいと思ってね。君は19で僕は22だ。ちょうどいい年頃だよね。それもあって、褒美として君を婚約者候補にしたんだよ」
「は、はあ」
見るからに不服そうな顔のアニエスにジェラルドは納得がいかない。
「嫌だったかな?」
「い、嫌とかではなくて、その、私は子爵令嬢ですから、殿下には釣り合いません。そもそも私以外の婚約者候補の方はみんな高位貴族の方です……恐れ多くて」
アニエスの言葉を聞いてジェラルドは安堵する。
「僕が嫌なのではないのだね?じゃあ、問題ない」
ハッキリ言いきるジェラルドに、アニエスはタジタジになり、終始うつむきがちになる。
《おい、なにやってんだ?オレのお膳立てを台無しにするつもりか!?》
アニエスの隣で行儀よく座っていたノワールは起き上がると、ソファを降りてスタスタとジェラルドの側に寄る。タン、と絨毯を蹴ってジェラルドの膝の上に着地するなり座り込んだ。
「の、ノワールちゃん……!」
アニエスが真っ青になって立ち上がる。
「ノワールは僕のことが気に入ったらしい。……君も、隣に座ってくれたら嬉しいよ」
ジェラルドは隣をポンポンと叩く。
「私のような者ができるわけが……」
お茶会は、ジェラルドのペースに振り回されるかたちで終わったのだった。
――お茶会後、ドッと疲れを感じたアニエスは、兄に会いたくなった。
王宮の敷地内にある軍舎の方へと向かう。
しばらく歩くと、王都軍将校をしている兄エタンの姿が見えた。若い兵士たちの調練をしていた。
練習が終わるまで待とうと離れたところで、幼馴染のリオに声をかけられた。彼は王都の駐屯兵をしている。
「アニエス!エタン様に会いに来たのか?」
「リオ!そうよ。ちょっとお兄様と話したくなっちゃって」
「今、新兵の調練中だからオレが相手をしようか?」
う~んと考え、コクンとうなずいた。
「リオが大丈夫なら、聞いてもらおうかな」
アニエスは、さっきのお茶会の出来事を話し始めた。婚約者候補になったことを聞いたリオは、目を丸くする。
「ノワールが活躍したご褒美に、アニエスが殿下の婚約者候補に? ウソだろ?」
「ね、嘘みたいな話よね。殿下と私とじゃ何もかも釣り合わないわ。世界が違う」
「うん、正直そう思う。アニエスはオレぐらいのレベルの男がちょうどいいんだよ」
リオが親指で自分を指しながらニッと笑う。
「……そういうことを誰にでも言っているんじゃないの?駐屯兵って酒場で女性を口説いているって有名よ」
「オレはしてないよ。遊びみたいな付き合いはしたくない」
リオが真面目な顔をするからアニエスはドキリとした。
「おーい、アニエス!兄さんに会いに来たんだろ?」
エタンが調練を終えて、こちらに手を振っている。
「リオ、終わったって。一緒に行こう!」
アニエスはリオの手を取ると、兄の元へと走り寄った。
《バカモノ!どうして子爵家の次男坊なんかと仲良くする!》
ノワールは睨みつけるようにアニエスとリオを見ていた。
彼は、お茶会の後に気ままに歩きたくてアニエスの腕の中から逃亡していた。様子を見に来てみれば、思惑とは違うことをしているので不満だ。
「へえ、彼女はあの兵士と仲がいいのか」
ノワールは隣にいたジェラルドに抱き上げられた。ノワールはジェラルドのズボンの裾を加えると軍舎の方へと連れて来ていた。
「僕さ、グイグイ来る令嬢は好きじゃないんだ。その点、アニエスって子は媚びたりしないし、好みの容姿だ。だけど、彼女は僕を好きじゃないみたいだ……ノワール、どうすれば振り向いてくれると思う?」
ジェラルドはノワールを撫でながら言う。
《ふん、お前が頑張ればいいだろう?》
ニャ~ゴ、と鳴く。
「お前は僕を応援してくれているみたいだね。あんなのを見せられたら悔しいね。どうにかしないとね」
――後日、またジェラルドに呼ばれてアニエスとノワールは王宮へやって来た。
「今回は、堅苦しくならないように庭の散歩でもしようか」
ジェラルドはアニエスの手を取ると、プライベートなバラ園やガゼボを案内してくれた。
「素敵なお庭ですね。私のような者が貴重な機会をいただけまして……」
アニエスの様子がまだまだ固いな、とジェラルドが悩んでいると、ズボンの裾をノワールが引っ張った。
「うん?ノワールがこっちに来い、と言っているみたいだ」
「これ、ノワールちゃんたら!」
アニエスがノワールを抱き上げようとすると、ノワールはサラリと彼女の手をかわす。
バランスを崩したアニエスは前につんのめった。
「きゃあ!」
《いけ、王子!アニエスを助けろ》
ノワールが心で叱咤する。
運動神経の良いジェラルドはサッとアニエスを支えた。
「大丈夫かい?」
「は、はい。ありがとうございます……!」
ノワールの狙いどおり、アニエスとジェラルドがくっつくかたちになってニヤリとしたノワールだ。
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またしてもノワールは裾を口で引っ張るとどこかへと連れて行く。
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連れられて来たのは古い塔だった。
「ここは……」
急にジェラルドが静かになる。
「ここはどういうところなのでしょう?」
不思議に思ったアニエスが尋ねた。
「ここは、昔、囚人を収容していたところなんだ。今は使われていないが、当時の道具がいろいろとね……」
言い淀んでいるところを見ると、アニエスはきっと拷問道具でもあるのかと思った。
(こわい、けれど見てみたいわ)
可憐な見た目に関わらず、戦記物が好きなアニエスは中に入りたくなった。
ノワールはスタスタと建物の中に入って行く。
「あ、ノワールちゃんたら!」
アニエスはノワールを追いかけてちゃっかり塔の中に入った。
「アニエス嬢!」
乗り気ではない様子のジェラルドも仕方なく追いかける。
「中はとても暗いですね……」
アニエスはまわりを見ながら言う。
「窓も閉められているからな。窓を開けようか」
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ガシャン!
「わあ!」
悲鳴を上げたのはジェラルドだった。ちなみに、アニエスは口元に手を当てただけだ。
「殿下、どちらに?」
「こ、こちらだ……」
アニエスがジェラルドの声の方に行くと、閉められた窓からわずかに漏れる光の中に、なにやら床に転がるものが見える。トゲが無数についた鉄製の棺だった。
「あれはアイアンメイデンでしょうか……初めて見ました」
「君はあんなのを見て恐ろしくないのか? 僕は腰が抜けてしまった」
ジェラルドは床に座り込んでいた。
「ひとまず窓を開けましょう」
室内が明るくなるとジェラルドは落ち着いたようだ。しゃがんだままのジェラルドの横にアニエスも床に膝をついて座る。
先ほど、転びそうになったところを紳士的に支えてくれたジェラルドの姿とはかけ離れた姿だった。
「情けないところを見せたね……。実は、僕は暗いところが苦手なんだ。しかも、こんな場所、なにか出て来そうで」
ハア、と落ち込んだように彼はタメ息をつく。
「怖いものは誰にでもありますわ。逆に人間だからこそではないでしょうか」
「……慰めてくれてありがとう。それにしても、君はなぜ平気なんだい?」
「兄からよく戦記物の書物を借りて読んでいましたから。怖い、というよりも興味が勝ってしまっただけです。でも、改めて見ると、やっぱり怖いですね」
早く塔を出ようと、ジェラルドの肩を支えながら去る。
《よし、あの棺を倒すのは苦労したぞ》
したり顔のノワールが後から続いたのだった。
――近頃、ジェラルドの機嫌はとてもいい。
「殿下は最近、あの子爵令嬢とばかりいますわね」
「わたくしたち高位貴族でもないくせに生意気ですわ」
舞踏会で令嬢たちがヒソヒソと悪口を言っていた。
「あんなの、気にしなくていいからね」
「人間の悪意が一番こわいです……」
アニエスの震える肩を優しく包んでいるのはジェラルドだ。
「僕はこちら方面の対処は得意だから。僕がアニエスを守るよ」
あれから、苦手なものをそれぞれ知った2人の仲は急接近していた。
アニエスにとっては完璧に見えるジェラルドが意外にも暗い所やお化けが苦手なこと、ジェラルドにとってはアニエスが人の注目を集めるのが苦手なこと――立場は違っても怖いものを互いに知ることで親近感を覚えたのである。
「アニエス、君は僕の苦手なものを知ってしまった。誰にも知られたくないから僕の側にいてくれる?」
「側にいなくても、私は誰にも言いませんわ」
「なら、ノワールを常に側に置きたいな」
「ノワールちゃんを時々、お貸ししますわ」
「ダメだよ、そんなの」
ダンスをしながらジェラルドはアニエスを口説いていた。
「もしかして、あのリオってやつを気にしてる?」
「リオ?彼は幼馴染なだけですよ?いつもからかわれているんです」
「からかうのは、気があ……いや、君の苦手分野に万歳だ」
「はい?」
仲良く話しながらダンスする2人を周りの人はチラチラと気にしている。ジェラルドはアニエスを高く抱き上げた。
「きゃあ」
そのままくるりとターンした。
「僕が君に夢中なのをみんな見ている。僕の側にいて。アニエス、愛してる」
耳元でとびきり甘い言葉を言われたアニエスは顔を真っ赤にさせた。
《ふむ、上手くいって良かった。ナイスだなオレ!》
好物の燻製の魚に噛り付きながら、2人の様子に満足したノワールだった。
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