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第2章 魔術研究所で令嬢と対決
第10話 メイドも歩けば令嬢に当たる
しおりを挟むテオドール様の屋敷を出て、馬車に揺られながら、王城へと向かう。
馬車の中には、テオドール様、わたしことマリア、そして執事のオルガノさんの三人が乗っていた。
がたがた揺れる乗り物の中で、わたしは顔色の悪いテオドール様の背中をさすっていた。
「大丈夫ですか?」
「ああ、すまない……」
テオドール様のいつもきりっとしている菫色の瞳に、睫毛で影が出来ていた。
絵本で見た血を吸う魔人にそっくりなぐらい、顔色が白い。
そんな主人を見て、執事のオルガノさんが大爆笑していた。
「いや~~もう、おかしいですよ! 坊ちゃんは相変わらず、馬車酔いがひどいんですね!!」
人が苦しんでいるというのに、オルガノさんはひどいと言わざるを得ない……。
「それにしたって、お二人、そうやって寄り添いあってると、本物の恋人同士に見えますよ! 完璧ですっ!」
「はわわ……」
「茶化すな……」
具合の悪いテオドール様が、笑い続けるオルガノさんのことを恨めしそうに見ていた。
「お、坊ちゃん、良かったですね。城門通りましたよ~~!!」
オルガノさんのことで城についたことが分かる。
三人で馬車を降り、石畳の上に降り立った。
黒いローブに身を包んだテオドール様は、まだ少し気分不良のようだ。
奥には、巨大な尖塔がのぞく城の正門が見えた。正門までの距離はかなりある。石で出来た通路の左右には大きな建物が見えるが、それぞれ、騎士と魔術師の管理するものだったはずだ。
我が国オルビス・クラシオン王国の王城はわりと開けている方で、今、わたしたちがいる中庭までは平民であっても出入りを許されている。
(城に入るのは、さすがに許されてはいないけれど……時々、お兄ちゃんにお弁当を届けに来るのよね……)
そうして、時々、憧れの剣の守護者様が兄の代わりにお弁当を受け取ってくれたりしていたことを、わたしは思い出してドキドキしはじめる。
「アリア、何を考えている?」
「へ!?」
テオドール様に声を掛けられて、びっくりしてしまった。
(なんだろう……剣の守護者様の話を、テオドール様にはしてはいけない気がする……)
ちょっとだけ、わたしの胸に罪悪感がわいた。
(いやいや、しょせんは、偽の恋人同士なんだから、テオドール様がどう思うかなんて、気にしなくても良いのよ)
わたしはそう自分に言い聞かせていた。
「まあ良い。魔術研究所に向かおう」
そう言って、テオドール様がわたしに手を差し伸べてきた。
「て、手……!?」
私の反応に、少しだけテオドール様が不満そうな反応をする。
「一応、私たちは恋人同士という設定だっただろう……」
「う、はい、そうですね……」
なんだか恥ずかしくて仕方がなかったけれど、わたしは勇気を出して、テオドール様の手に手を重ねることにした。
(大きくて、長い指……)
城門から見て左側に見える建物がどうやら魔術研究所のようだった。
テオドール様ののすこしだけひんやりして手に導かれて、わたしは建物へと向かうことになった――。
慣れない長いドレスを引きずって、わたしは歩を進めた。
(ううっ……すごく緊張しちゃうよぉ)
ちらりとテオドール様の表情をうかがったが、彼は平然としていた。
(テオドール様、女性と手をつなぐのに抵抗はなさそう……成人されて数年経っているけれど、ご結婚はされていない……だけど恋人はいたりしたのかしら? って――)
わたしは、はっとしてしまった。
(な、なんで、わたしったら、テオドール様の過去が気になってるんだろう……)
たぶん、わたしの顔は赤くなったり青くなったりしているに違いなかった。
そうこう考え事をしているうちに――。
「ついたぞ――」
テオドールの声で、いつの間にか研究所の中についていたことに気づく。
中はしんと静まり返っている。
扉がたくさん並んでいて、しかも薄暗い。いかにも部屋の奥では、怪しい何かをやっていますという雰囲気が漂っていた。
わたしが、きょろきょろしていると――。
「テオドール伯爵!!!」
女性の声が耳に聞こえて、そちらに目をやる――。
金髪に緑色の瞳をした、白いローブをまとった大層綺麗な女性が、こちらに向かってかけてきた。
そうして――。
「会いたかったわ――!」
そう言って彼女は、わたしと手をつないでいたテオドール様に抱き着いたのでした――。
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