28 / 29
第4章 メイドを解雇されました編
第27話 飛んで火に入るメイドのご主人
しおりを挟む広間の中から現れたのは――。
黒髪にすみれ色の瞳をした、端正な顔の青年。
紺色のフロックコートに白いクラヴァットを身に着けた、わたしの元・ご主人様――。
「テオドール様――」
ずっと会いたくて仕方がなかった人物が、そこには立っていたのでした。
テオドール様は、慌ててわたしの元に走ってくる。
「アリア!? 大丈夫か!?」
わたしの両肩に、テオドール様の大きな両手がのった。
彼はとても心配そうに、わたしの顔をのぞきこんでくる。
(こんなに慌てているテオドール様を見るのは初めて――)
「は、はい、大丈夫ですが……どうしてテオドール様は、そんなに慌てているんですか――?」
「女王陛下から屋敷に手紙が届いたんだ。先日、女王陛下が城にお前を誘ってお茶会を開いたが、その際にお前が粗相を働いたという手紙が来たんだ」
「女王陛下とわたしがお茶会……?」
身に覚えのない話に、わたしはしばらく考え込んだ。
テオドール様は話を続ける。
「そうして、お前を罰するために城に連れてきたと――牢屋にでも入れようか迷っている。お前を助けたいなら、城の大広間に来いと、女王陛下からの手紙には書いてあったんだ……」
「ふえええええっ!?」
突拍子もない内容に、わたしは驚いてしまう。
(女王さま、一体どういうことですか?)
そういえば彼女が「面白いことを思いついた」と話していたことを思い出したのだ。
慌てて後ろを振り向いたが、重厚な扉はもう締め切られてしまっていた。
(え? え? どういうこと――? まさか、女王陛下の思いついた面白いことって――テオドール様に嘘の手紙を出すことだったの――?)
「だが、お前が無事なら良かった。お前に何かあったらと思ったら私は――」
彼は必死な形相で、わたしに話しかけてきていた。
おそらくテオドール様にとって、城のこの広場は心の傷になっているはずだ――。
城の庭にある魔術研究所への出入り自体も、彼は嫌がっていたはずなのに――。
なのに、わたしの身を案じて、わざわざ来てくれたのだと思うと、わたしの胸はじーんと熱くなった。
だけど、一方で冷静な自分が、期待しても傷つくだけだと、頭の中で訴えてきていた。
「その、わたしはもうテオドール様の元に仕えるメイドではありません……だから、テオドール様に心配していただくような身の上ではない、です……」
言いながら、わたしは泣きそうになっていた。
「私は、お前にひどいことを言ってしまった……」
テオドール様が、ぽつりとつぶやくように訴えてきた。
「オルガノとじいや、ばあやの三人に叱られた……」
わたしはテオドール様を見上げた。
「三人ともに、どうしてお前が剣の守護者のことが好きだったと私に話せなかったのか分からないのかと責められた――でも、元婚約者のことがあった私は、不安でしょうがないうえに、また剣の守護者かと嫉妬してしまって、視野が狭くなってしまっていた――お前が嘘をつくような人間じゃないと分かっていたのに――」
たいへん申し訳なさそうに、テオドール様はわたしに話しかけてきた。
「テオドール様……」
わたしの両肩を掴んだまま、彼は訴える。
「人と接するのが苦手な私だが、お前を大事にしていきたいという気持ちを持っている。ひどいことをしてしまった私が、こんなことを言っても説得力がないのは分かっている。だけど、私はお前のことが――」
わたしは、テオドール様の話をさえぎるように話し始めてしまった。
「テオドール様は、ただの使用人に対して優しすぎます――そんなことを言われたら、勘違いしてしまいそうです」
「勘違い――?」
「わたしが剣の守護者様に抱いていたドキドキは憧れなんです……でも、好きな人としてドキドキしてしまうのは、他でもない――――」
涙でぐしゃぐぐしゃになっているだろう顔で、わたしはテオドール様にはっきりと伝えた。
「テオドール様だけなんです。テオドール様が昔、婚約者の方と手をつないだりしてたのかなって思ったら、胸が苦しくて……剣の守護者様が女王陛下と恋人同士だって分かった時、こんなにまで辛い気持ちにはならなかった……」
「わたしは、マリア・ヒュドールは、テオドール様のことが大好きです」
わたしの言葉を聞いたテオドール様の菫色の瞳から、涙が流れていた。
(テオドール様、なんで泣いて――?)
彼は、わたしの身体をそっと抱き寄せる。
「私は、ただの使用人に対して大事にしたいなどとは言わない」
彼の腕の力が強くなる。
「私が、お前が剣の守護者のことを好きなんじゃないかと邪推したような気持ちを、お前も私に抱いていたのだな――」
そうして、テオドール様は私の耳許で囁いてきた。
「また、私のもとに帰ってきてほしい――使用人としてではない――」
「使用人ではないとはどういう――?」
彼はわたしを抱き締めたまま続けた――。
「――もちろん、私の妻としてだ――」
「――! テオドール様――!」
わたしは彼の発言に驚いてしまう。
ただでさえ強かった、彼の私を抱き締める力がいっそう強くなる。
誤解もとけたわたしたちは、大広間で、しばらくの間、抱きしめあったのでした――。
1
あなたにおすすめの小説
逃げたい悪役令嬢と、逃がさない王子
ねむたん
恋愛
セレスティーナ・エヴァンジェリンは今日も王宮の廊下を静かに歩きながら、ちらりと視線を横に流した。白いドレスを揺らし、愛らしく微笑むアリシア・ローゼンベルクの姿を目にするたび、彼女の胸はわずかに弾む。
(その調子よ、アリシア。もっと頑張って! あなたがしっかり王子を誘惑してくれれば、私は自由になれるのだから!)
期待に満ちた瞳で、影からこっそり彼女の奮闘を見守る。今日こそレオナルトがアリシアの魅力に落ちるかもしれない——いや、落ちてほしい。
どうせ運命の番に出会う婚約者に捨てられる運命なら、最高に良い男に育ててから捨てられてやろうってお話
下菊みこと
恋愛
運命の番に出会って自分を捨てるだろう婚約者を、とびきりの良い男に育てて捨てられに行く気満々の悪役令嬢のお話。
御都合主義のハッピーエンド。
小説家になろう様でも投稿しています。
P.S. 推し活に夢中ですので、返信は不要ですわ
汐瀬うに
恋愛
アルカナ学院に通う伯爵令嬢クラリスは、幼い頃から婚約者である第一王子アルベルトと共に過ごしてきた。しかし彼は言葉を尽くさず、想いはすれ違っていく。噂、距離、役割に心を閉ざしながらも、クラリスは自分の居場所を見つけて前へ進む。迎えたプロムの夜、ようやく言葉を選び、追いかけてきたアルベルトが告げたのは――遅すぎる本心だった。
※こちらの作品はカクヨム・アルファポリス・小説家になろうに並行掲載しています。
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい
咲桜りおな
恋愛
オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。
見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!
殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。
※糖度甘め。イチャコラしております。
第一章は完結しております。只今第二章を更新中。
本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。
本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。
「小説家になろう」でも公開しています。
【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。
樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」
大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。
はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!!
私の必死の努力を返してー!!
乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。
気付けば物語が始まる学園への入学式の日。
私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!!
私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ!
所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。
でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!!
攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢!
必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!!
やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!!
必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。
※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。
※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。
婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた
夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。
そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。
婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。
私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~
あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。
「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる