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第5章 兄弟からのプロポーズ
29-1 お別れ 恭司side
しおりを挟む恭司は難波と別れてから自宅マンションへと歩を進めていた。
昇りはじめた月の下、冷たい風が恭司のサラサラの黒髪を揺らす。
道行く女性達が彼の姿を見て振り返るが、彼本人が気に留めることはなかった。
彼の心の中を占めているのは――。
(美桜)
美桜が順一に笑いかけている姿を思い出しては焦燥が襲ってくる。
『恭司さんに迷惑をかけたくないから』
ドクンドクンドクンドクン。
嫌な予感がして仕方がない。
自分がおかしな噂を流されること以上に、誰かに迷惑をかけるのが嫌いな美桜。
自分が不幸になるよりも、友人や順一の元婚約者が不幸になるのを恐れていた。
そうして……。
『もう誰とも結婚する気はないんです。初めての人と結婚するのが夢だったんですけど……』
だったら、俺しか結婚できないじゃないか。
そう思ったのに。
どうしてだか――核心には迫らせてはくれない。
なかなか恭司に靡いてはくれない。
どれだけ身体を契りあっても――心が手に入った感触が得られない。
『恭司さんのこと、好きになっちゃうかもしれないじゃないですか』
美桜は恭司のことを好きになったなんて、そんなことは一言だって言ってきていない。
やけに嫌なパズルだけが嚙み合っていく。
(一番は……順一に迷惑をかけたくなかったんだとしたら?)
――そんなはずはないと思いたいのに、美桜が順一に笑いかけていた姿が消えてくれない。
それに、どうして初めて結ばれた日、美桜は恭司のもとから逃げたのだろうか……?
ドイツでわざわざ自分の元から逃げる必要性はなかったのに。
(本当は傷心旅行で……順一のことを忘れるためだけに、俺に抱かれたんだとしたら……?)
どうして気付かなかった?
どうして辿り着かなかった?
一つの可能性に。
目の前に自分のことを理解してくれるかもしれない女性が現れて――自分を見失ってしまっていたのだろうか――?
脳裏に――異母弟・順一の姿が浮かぶ。
新宮家の御曹司にも関わらず、美桜への想いを優先して、婚約者に破談を申し出て、両親の元へと向かって美桜への結婚を申し込んだのだという。
本当だったら……。
ドイツで自分と出会って身を委ねてさえいなければ……。
美桜は、何の障害もなく自分の夢を――ずっと自分のことを愛してくれていた幼馴染の順一と幸せな初めてを迎えて、幸せな家庭を築くという夢を――叶えることができたのだろうか――?
ポツリ。
「俺が美桜と順一の邪魔をしてるのかもな」
恭司の寂しそうな声を風が攫っていったのだった。
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