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第6章 初めての恋
32-1 夜明け
しおりを挟む夜明け前、抱き潰されてぐったりしていた美桜だったが、なんとか気怠い身体を起こした。
恭司は酔っていたせいもあってか、元々朝に弱いせいもあるからか、起きる気配はない。
彼女はそばで眠る彼のサラサラの黒髪を撫でる。
(恭司さん)
『俺以外の男の命令を聞くような女は必要ない。これで終わりにする。だから、最後に俺に抱かれろよ』
昨晩、身体を重ねていた時に言葉の端々に「最後」と話していた。
美桜が新宮順一と結婚の話を進めるために実家に帰ると勘違いしたのだろうか?
それとも、新宮順一の元婚約者と恭司の結婚が決まってしまったので、美桜のことが必要なくなったのだろうか?
美桜の胸がぎゅっと苦しくなる。
(恭司さんに嫌われちゃったのかな?)
ふと、ベッドサイドに落ちている袋を見る。
おそらく恭司が美桜のためにと購入してきてくれたものだろう。
具合が悪いと話していたから、ドラッグストアにでも立ち寄ってくれたのだろうか?
(私が病院には行ってないから? 栄養ドリンクとか、市販のお薬……それに……)
近くには紙袋に入った猫のイラストが描かれたお菓子の袋があった。
「これは……私に……」
電話口で恭司が美桜のために買ったというお土産だった。
恭司がわざわざこれを店に並んで買ってくれたのだと思ったら、なんだか自然と笑み零れる。
美桜は目尻に浮かんだ涙を拭った。
『どうせ逃げられるぐらいなら、自分から嫌われて――捨ててしまった方がマシだ』
終始どこか泣きそうだった恭司の顔を思い出す。
(自分に都合が良い考えかもしれないけれど……)
美桜がどこかに行くのを恐れているのだろうか?
これまで恭司としばらく一緒に過ごしてきたがこんなに情緒不安定な様子は初めて見た。
美桜に対してはずっと優しかったので困惑したが、元々は冷たいと評判の人物だったという。
(ドイツで会った時の猫のお話……)
『だが、あんただって同じ猫なら、さっきの薄汚れた野良猫みたいなのじゃなくて、皆に愛されて育った高貴な猫を選ぶだろう?』
『いいえ、私は単純だから、自分に懐いてくれる猫が好きです』
『……高貴だが、色んな奴らから疎まれているような猫でもか?』
きっと――子どもの頃に新宮一族に爪弾きにされた境遇ゆえに、恭司は普段はわざと人を寄せ付けないようにしていて……。
恭司自身は自分のことは誰からも疎まれていると思っているのだろう。
ある意味で――一匹猫みたいな恭司だったけれど、美桜のことは気に入ってくれて、自分の縄張りに入れてくれようとしていて……。
(新宮部長と一緒のところを見ていたみたいだし、私がどこかに行ってしまうと思ってわざと突き放そうとしたの?)
せっかく自分の縄張りに入れたはずの美桜が、順一のところに行ってしまうとでも思ったのだろうか?
「美桜……」
名前を呼ばれて美桜はびくりと体を震わせた。
恭司が起きたのかと思ってハッと身構えたが、どうも寝言のようだ。
「恭司さん」
彼はどうやら夢でうなされているようだった。
そうして、とぎれとぎれに切望するような声音で告げてくる。
「悪い……美桜……行かないでくれ」
彼の指がシーツを強く握りしめる。
「恭司さん」
美桜の瞳に再び涙が滲んでくる。
恭司本人は最後だから手酷く抱くと言い張っていたけれども、性急さは目立ったものの決して乱暴ではなかった。酔っているにも関わらず、美桜の身体が悦ぶことを最優先してくれているようだった。どちからといえば、彼女のことを繋ぎ留めようとしているような雰囲気を感じてしまった。
「恭司さんは不器用です」
恭司はしばらくは起きないだろう。
こんなにも酔っているのであれば、仕事だって休んだ方が良いかもしれない。
美桜はじっと恭司のことを見つめた。
「それに……最後は嫌です。起きたらちゃんとお話ししてください」
そうして、彼の頬に猫の親愛の挨拶のようにそっと彼女は口づけたのだった。
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