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しおりを挟む活動写真を後にした頃には、もう夜も更けかけていた。
劇場を抜けると、冬の冷たい風が二人を嬲ってくる。
「さて、俺の椿姫――帰ろうか……」
清一郎が椿に話しかけると、白い吐息が夜の空気に溶け込んでいった。
彼が爽やかな笑みを向けてくるものだから、彼女の胸はきゅうっと疼く。
(このまま幸せな時が終わらないでほしい……)
横抱きにされたまま、そんなことを思っていたら――。
「椿様」
「清一郎?」
ふと、声をかけてきた清一郎が、少しだけ寂しそうな表情を浮かべていた。
「……俺は活発な貴女のことを大事にしていた」
「え?」
「お転婆で無邪気で純真で……そんな貴女のことを……なのに――」
彼が瞼を硬く閉じる。しばらくすると、ゆっくりと目を見開いた。
「いいや、今さら言い訳だな……もう引き返せない……」
なんだか妙に清一郎が苦しそうに見えて……。
(もしかして、清一郎は復讐だって私を屋敷に閉じ込めたことを後悔しているの……?)
そう思うと、なんだか胸が張り裂けそうになってきて……。
椿は思いがけず大きな声を上げる。
「清一郎、まだきっと私たち引き返せるわ……!」
「椿……様……だが……」
彼が何か口を開こうとしていたのに、ちょうど目の前に黒塗りの車が現れる。
「見目の幼いお嬢さんをお連れの男性がいると思ったら……清一郎様ではないですか」
窓から一人の妖艶なモダンガールが外に顔を出し、清一郎に声をかけてきた。
「ああ……忍の――」
モダンガールの正体は、椿の元婚約者・忍の姉だった。
椿の胸にさざ波が立つ。
忍の姉は清一郎に近付くと、わざとらしく彼の耳元で囁いた。
「また昔のように夜遊びに行きましょうね、清一郎」
椿の胸がざわざわとざわめいた。
そんな中、忍の姉が椿の方へと視線を向けたかと思うと、真っ赤な紅を差した唇をゆっくりと持ち上げる。
「本当に椿さんのことを飼っていらっしゃるのね……椿さんが忍と結婚しなくて本当に良かったわ……だけど、清一郎のそばにいるのは目障りね……」
「……っ……」
椿の喉がカラカラになっていく。
「この女狐の話は聞かなくて良い、行きましょう――椿様」
せっかく夢見心地だったのに――。
唐突に現実に引き戻されてしまった気がした。
***
一方、その光景を見ていた者がいた。
忍本人だった。
「椿……お前が清一郎のことを好いているのは知っている……だが、あいつはお前の……」
彼の囁きは冷たい風に流れて消えていったのだった。
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