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後日談
4 ウルフィウスside
しおりを挟む朝方まで抱き潰した正妃の髪を撫でながら、ウルフィウスは独り言ちた。
「マリーは本当に俺のことを好きなんだろうか……?」
小さい頃に、ジュリーと入れ替わって、王城の外に出たことがあった。
大嫌いな後宮を出て浮かれていたのだが――残念ながら攫われかけたのだ。
そうして、たまたま、うっかり誘拐されかけて荷馬車に詰め込まれた自分のことを、マリーが追いかけてきた。
真っ暗闇の荷台の中、もう死んだ兄たちに、暗闇の中閉じ込められた日々を思い出した。父の妃たちに影で嫌がらせをされたのことも頭をよぎった。
子どもながらに政争に巻き込まれ、毒を盛られたり、事故にあいかけたりなんてザラだったが、とにかく暗いのだけはダメだった。
『怖い。怖いよ……どうせ僕は一人なんだ。誰も助けてくれない。お母様でさえ、自分の身を護るのに必死だ』
『大丈夫。私がずっと一緒にいますから』
自分も見知らぬ場所に運ばれているのに、子どもの彼女は気丈に、泣きじゃくる自分を励ましてきた。 もう十二になる自分よりも、五歳下のはずのマリーの方が大人に見える。
荷台に少しだけ漏れてくる灯りの下、破れた裾をささっと繕って来る彼女は天使に見えた。
『名前はなんというの?』
『お姉様ったら、事故のショックで記憶が……マリー・アトスですよ』
なんとか騎士達に助けられて事なきを得た。
事件の後、兄たちがいつの間にか死んでいて、気づけば自分に玉座が舞い込んできていたのだ。
本当は嫁にマリー嬢を迎えたかった。だけど、後宮に彼女を招いて不幸にはしたくなかった。
こっそり、ジュリーの元をマリーが遊びに来ている姿を覗きに何度か行ったことがある。マリーはいつでも誰にでも優しくて朗らかだった。そうして、氷のような姉の心をも溶かしていた。
ジュリーからマリーの話を聞かされると、なんだか我が事のように楽しくて、心が潤った。
時々、姉と入れ替わって接すると、勘が良いのか「今日のお姉様は変ですね」と言ってくることもあった。
『なんとかして欲しいな。でも、無理かな』
どうにかして、自分も彼女も不幸にならずに、皆で幸せになる方法はないだろうか。
どうしても欲しくて頭を捻った。
でも、彼女のために身を引こうとした。
けれど、宰相の計画の一端を姉から聞いてしまったのだ。
『ジュリー、頼みがある』
『私もウルフィウスに頼みがあるの』
宰相の隙をつくために、姉弟で計画を練った。
わりと真面目なウルフィウスだったが、チャラチャラ振舞った方が、なんだかんだで都合が良かった。
遊び人の陛下に娘を弄ばれたくないという大臣たちがわりと多かった。牽制にもなったのだ。
真面目な印象が強すぎるジュリーが彼の演技をする分にも、おちゃらけている方が誤魔化しも効いたのだ。
(あの事件から十年か。さて、マリーは俺の閨事がうまいと言ってくれている。まあ、実際うまいかなとは自分でも思っているが……)
そもそも継嗣問題があるので、迂闊に女性たちに手を出せる立場でもなかった。
それ以上に、後宮の醜い女性たちの争いを見て来たから、誰かを抱きたい気にもならなかった。
何より、何度も伝えてきたが――一輪の花が手に入りさえすれば、自分はそれで良いのだ。
「はあ、俺がジュリーに勝てるのは、それこそ閨事ぐらいだっての……」
ウルフィウスは眠る正妃のふわふわの金の髪を撫でた。
「俺がジュリーに完全勝利を治める日は果たして来るのかなぁ……ああ、こんなに俺がお前のことを好きだなんて、一生知らないんだろうなぁ」
姉に負けまいと、今日もウルフィウスは唯一無二の子ウサギ正妃を愛で続けるのだった。
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