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第9話 生徒指導室で堕ちていく(前編)※ はるかside
しおりを挟む六月末から七月初めにかけて、期末テストがおこなわれていた。
私が副担任を務める教室に、夏の太陽の陽ざしが差し込む。部屋の中には、問題用紙の紙からインクの香りが広がっていた。
生徒たちがシャープペンのカリカリという音と、消しゴムが擦れる音が響く。
私が所属する男子高校は不良たちがいる学校ということもあり、手には試験途中に回収したカンニングペーパーがあった。
(頑張って作ってあるけど、そもそもの解答が間違っているわね……)
回収する意味があったかは分からないが、不正行為はよくない。
どうしても、自分が居っていた共学の公立高校と比べてしまう節がある。さすがにカンニングを堂々とする生徒は進学校にはいなかった。確か、成績優秀で名高い生徒の一人がプレッシャーからカンニングをした時には、学年中の話題になったのを覚えている。
(堂々とカンニングをしても、さして罰も何もないのよね、不思議……あ……)
私は、亡くなった父に買ってもらった黒い革のベルトの腕時計を見て、生徒の皆に声をかける。
「時間です。はい、やめ。後ろから解答用紙を」
私が生徒たちに声をかけると、教室の皆が手をとめる。
あきらめの悪い生徒が数名、まだシャープペンシルで解答を続けていたが、やめるようにもう一度声をかけた。
私が、教壇で解答用紙の数がそろっているかどうか数えていると――。
「はい、先生、お願いします」
私に残りの解答用紙を手渡してきた人物がいた。
その男子生徒の顔を見て、私はドキリとしてしまう。
「竹下くん、ありがとう」
分厚い前髪に、同じく分厚い眼鏡をかけた男の子――竹下桃李くん。
私が社交辞令的な挨拶をすると、彼は口元をほころばせて、自分の机の元に帰っていった。
どうしても彼の顔を見ると、これまで公園と保健室で及んだ情事に関してを思い出してしまう。
(あの保健室以来、彼とは関係は持っていない……)
彼が時折、何かを話したそうに私を見ていることがあったけれど、とにかく無視を決め込んでいた。
(これで良いのよ、はるか……これ以上続いたら、私の教員人生も一巻の終わりよ……)
解答用紙を茶封筒にしまった私は、自分にそう言い聞かせながら、教室を後にしたのだった。
※※※
数日後、職員室に残っていた私に、渋谷ヒカリ先生が声をかけてきた。
「え? 夏休み中の補講ですか?」
「そうなんだ。すごく簡単に作ったテストだったし、答えも事前に教えてるようなテストだったんだけど、なぜか赤点が出ちゃってね。その指導を、阿倍野先生に頼みたいんだけど」
いわゆる女性受けが良さそうな端正な顔立ちをした渋谷先生が、困ったような様子で私に向かって声をかけてきた。
私は回転椅子から立ち上がって、渋谷先生に問いかける。
「いったい誰なんですか?」
「それがね――」
私は、渋谷先生に教えてもらった生徒の名前に驚いてしまったのだった。
※※※
夏休みに入り、部活動の生徒たち以外は校舎の中からほとんど姿を消している。
空調の音が響く生徒指導室の小さい部屋の中で、私はとある男子生徒と二人きりで過ごしていた。
彼に家庭の都合があるということで、時刻はもう十六時を回っている。
私は、机を挟んで向かい側に座っている生徒に声をかけた。
「竹下くん、成績はそんなに悪くない君が、どうして今回の期末テストでは赤点だったの?」
そう、赤点をとっていたのは、竹下桃李くんだったのだ――。
私が質問しても、竹下くんは黙ったままで一切返事をしてくれない。
「竹下くん――?」
少しだけ、私が不安に思っていると、やっとで彼が口を開いた――。
「――そんなの決まってるでしょ?」
「え――?」
「はるか先生とお話するためだよ」
彼の声に、私の心臓がドキリと跳ねる。
(いけない、だめよ、私は教師なのに、生徒の発言にドキドキしちゃ……)
心とは裏腹に、私は眉根を寄せて、彼に伝えた。
「大人をからかわないでちょうだい――その問題集をあなたが解いたぐらいに、また来ますから――」
机から立ち上がった私は、彼にそう言い残して席を立ちあがり、指導室から出ようとした。
ドアノブに手をかけようとした時――。
「先生、待って――」
私の手に竹下くんの大きな手が重なる。ドアを開けようとした手を制止させられた。
「――前も言ったでしょ? どうして俺から逃げるの?」
「逃げてなんか――!」
「いや、逃げてるよ。先生、俺でいっぱいになりたいって、この間言ってたじゃない」
自身の頬が赤らんでいくのを感じる。
彼の言った通りだった。
保健室で、私は彼でいっぱいにしてほしいと頼んだのだ。
今となっては、そんなことを言った自分が恨めしい――。
「ごめんなさい、竹下くん。あれは言葉のあやで――」
そこまでしか私は言葉を紡げなかった。
「んっ、あっ、ん、ん――」
なぜならば、彼の唇が私のそれを塞いでいたから――。
彼の舌が、私の歯列を割って入り込んでくる。口の中を彼の舌が蹂躙していくので、ぞくぞくした痺れが全身を駆け巡っていった。
(流されちゃ、ダメよ――)
私は竹下くんの大きな手を振り払って、再度ドアノブに手をかけようとした。
だけど、彼の両手は私の両手首を勢いよく掴んでくる。
「俺は、はるか先生とシタいって思ってる」
「ここは学校よ、そんなこと言わないで――」
彼の何も包み隠さない言い方に、私は声を荒げてしまった。
すると、くすりと彼は笑った。
「――補講を。何と勘違いしたの、はるか先生?」
彼の言い回しに、私はカチンと来てしまう。
彼の右手が、私の左手首から離れる。
「もう、いい加減にして――」
そこに、カチャンと音が聴こえた。
「あ――」
それは、竹下くんが、生徒指導室の鍵を閉める音。
「でも、先生がその気なら、俺はここで先生を抱くよ――」
鍵を閉めた彼の右手は、また私の左手首を掴んできた。
「何言って、ダメ――んっ――」
また彼に唇を塞がれてしまう。
(でも、ここで負けちゃダメ)
そう思った私は、竹下くんの唇を思いっきり噛んだ。
「いっ――」
彼の唇の端に血がにじむ。
「ごめんなさい、でも、私は――」
――私達は生徒と教師、ここで諦めさせないと――。
どうしてだか離れたくない、でも離れないといけない。
複雑な気持ちのまま、竹下君とこれ以上仲が深まらないように自分を律する。
すると、竹下君の方から思いがけない提案があったのだった。
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