恋なんてはじまらないと

おうぎまちこ(あきたこまち)

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12 情熱を取り戻させてくれたもの

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 傘をさして校舎を出ると、むせかえる土の匂いが鼻孔をくすぐった。
 アスファルトに打ち付ける雨が、私の脚を濡らす。
 水たまりを避けながら校門に向かうと、傘をさしたまま、誰かとスマートフォンで連絡をしているアヤトの姿を、私は見つけた。
 
ゆっくりと、彼に近づく――。

「――あ、そうなの? ナナコ、良かったら、解剖の試験のコピーとっててくれる?」

 私が近づいてきたことに、彼は気づいていない様子だった。
 大学の同級生とでも通話しているのだろうか。
 
しばらくの間、私は雨に打たれたまま立ち尽くした。

 電話を終えた彼は私の存在に気づく。その蒼い瞳をまるくした。

「いつからそこに立ってたの? すぐに教えてくれれば良かったのに」

 そう言って、アヤトは私に向かって微笑んでくる。

「電話の邪魔はしたくなかったので……女性でしたね……」

 そのままアヤトの隣を抜けて、自宅へと帰る道を私は急いだ。

「ちょっと待って。今のは大学の同級生で――」

 何か話しかけてきているアヤトを無視して、私は歩を速めた。

 自分でも矛盾していると思う。

 しばらく立って彼を待っていたくせに、こうやってアヤトを無視して歩いている。
 彼が追いかけて来ることに、少しだけ安堵している自分がいる。
 構ってほしい子供みたいな行動をとってしまった自分を、自身で恥じた。

「レイナ」

 鞄を持っていた私の左腕を、アヤトが掴んだ。
 驚いたはずみで、鞄を地面に落としてしまう。ちょうど水たまりに落ちてしまい、泥水が私たちに跳ね返ってきた。

 落ちた鞄を容赦なく、雨粒が濡らす。

 アヤトが謝りながら、鞄を地面から拾う。
 そんな彼に、私は声をかけた。

「なんで、先輩は、私と付き合おうと思ったんですか? やはりからかうためですか? それなら、やっぱり他を当たってほしく――」

「違う――!」

 抑揚なく話す私に、すぐに否定の言葉が返ってきた。
 私の腕を掴むアヤトの力が強くなり、思わず顔を歪める。
 それに気づいた彼は、再度私に謝罪すると手の力を緩めた。傘からはずれた位置にあるアヤトの右腕が雨に濡れて行く。
 それにも構わず、彼は続けた。


「去年の夏に展覧会で観た、君の描いた絵がすごく情熱的で……忘れかけていた自分の中の何かを思い出させてくれたんだ」


「私の描いた絵――『向日葵の虚構』ですか?」

 彼の蒼い瞳は真剣そのものだ。

 思わず彼から目をそらしながら、私は問いかけた。
 そう言えば、彼と初めて話した時も『向日葵の虚構』について話していたような気がする。


「ああ、そうだ――医師である父親と義母の姿を見ているうちに、医師になりたい言持ちが褪せていっていたんだ――だけど、あの絵を見た時に、母のことを思い出した。母を助けたい。母のような人たちを救いたい。そう思って、医師を目指していた頃の自分を思い出させてくれたんだ――夢を、情熱を、そんなものを――」


「私が先輩に、夢と情熱を――?」

「そうだよ。それと――いや、これはいつか話すよ……」


 アヤトは言い淀んだ。
 気にならないかといわれれば嘘になるが、それ以上、彼には何も尋ねなかった。
 そこからは特に会話なく、私の住むアパートまで二人で歩く。
 部屋に私を送り届けると、アヤトは帰った。 
 いつになく真剣な表情で話していたアヤトに、私の心は揺り動かされていた。


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