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第3章 惹かれ合う二人
第8話 レードヴァルドと馬①
しおりを挟む翌朝、馬の給餌係が欠員とのことで、イリスは馬小屋に餌の入ったバケツを持って移動していた。夜の間に雨が降ったのか、草木は水を含んでおり、女性の片腕にはズシリと重かった。
朝の清々しい空気を吸いながら、馬小屋へと向かうでこぼこ道を歩む。
(レードヴァルド様、噂では大層恐ろしい人物だという話だったけれど、本人はとても思いやりの深い御方だわ)
最近毎日交流しているからかレードヴァルドのことばかり考えてしまう。
(とても優しくて紳士的でお話してくれる内容も魅力的なことばかりだし)
昨晩も火を灯すために部屋へと立ち寄ったら、イリスの興味がありそうな書物をといって、レードヴァルドが所持している本を貸してくれたりした。
(恋人が出来たら、こんな感じなのかしら?)
ふと浮かんできた自身の考えにイリスはハッとなる。
(私ったら、隣国のお客人である貴族の男性に対して抱く考えではないわ)
レードヴァルドは、いずれはシュトラール王国に帰って王位に就く可能性がある人なのだ。その頃にはイリスのことなど忘れてしまって、尊い身分の女性と結婚するのだろうから。
とはいえ、レードヴァルドが他の令嬢と親しくしている姿を想像すると、なんとなく気分は良くなかった。
「とにかくちゃんと仕事をしないと」
イリスは頭を左右に振って自身に喝を入れて前を見据えた。
馬小屋の藁ぶき屋根が見えた頃、突然、澄み渡る空に大音声が響いた。
「何をしているんだ、お前は!」
怒声は目的地から聴こえてくる。
イリスには声の主に心当たりがあった。
(この声……)
太陽光で眩しい中、目を眇めると、やはりというべきか、怒鳴り声をあげているのはレードヴァルドだったのだ。
(こんな大声を上げるだなんて、いったいどうしたというの?)
しかも、彼は馬に餌をやろうとしていた部下から勢いよく草を奪いとるではないか。
叱られた部下は見るからに萎縮しているようで、身を縮こまらせていた。
思いがけない場面に出くわしてしまったようだ。
イリスは眉を顰める。
(前言撤回しないといけないようね)
先ほどまで浮足立っていた気持ちが急速に萎みかけたのだが……
イリスは瞠目した。
レードヴァルドが部下から奪い取った餌。
(あれは……)
部下は平謝りをすると、何処へと去って行った。
レードヴァルドはといえば、草原の中に佇んでいたのだが、馬に餌をやるイリスに気付いて嬉々として声をかけてくる。
「イリス殿!」
だがしかし、彼は今しがた部下を怒鳴りつけていたことを思い出したのか、バツが悪そうな表情を浮かべた。
「大声を上げてすまなかった。餌やりだろう?」
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