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副団長 × アミル
ブラッディホーク襲撃
しおりを挟む状況が動きだすまで、それほど時間は掛からなかった。
見張り始めて数日。
夜半男たちに動きがあったとの報せに、制服を纏いカイルと共に向かう。
駆け付けたのは前回襲撃を受けた場所、その母屋ではなく家畜小屋だった。
先行していた先輩が手短に状況を報告する。
「中には3人います。件の男と屋敷の使用人の男。
それからフードで風貌を隠していますが、体格と使用人との話しぶりから領主だろうと思われる男が」
「へえ……」
家畜小屋へ向けたカイルの視線は鋭い。
楽しそうな口元は好戦的に吊り上げられている。
「持ち物は?」
魔獣の卵を取引していることが確定しているのかと問うカイルへ見張っていた先輩は首を振り否定する。
「はっきりと視認できておりません。
ただ、件の男は腕一杯に抱えるほど大きな物を持ち込んでいます」
卵の取引にしては大きすぎる荷物だとの答えが返ってくる。
確定させないと踏み込みづらい。いるのが領主であれば尚更。
「誰か裏から近づいて確認させますか」
月が出ているため外の動きに気づかれやすい。
こちらが暗い小屋の中を確認する前に証拠を隠されたらことだ。
指示を発しようと開いたカイルの唇が動きを止める。
――。
耳が捉えた細い音。
知っている音と照合し終える前にカイルが小屋に向かって走り出す。
先輩たちも後に続いて駆けだした。
一人の先輩がアミルを振り返って叫ぶ。
「外の奴らを呼べ!
近くまで来てるはずだ! 早く!!」
小屋の扉を蹴破る音と先輩の緊迫した声に息を吸い、吹き口に唇を当てる。
―――!!!
甲高く鳴った笛の音が夜の空気を変える。
警笛を鳴らし外で待機している部隊へ異変を知らせると、アミルも小屋に向かって駆けだした。
小屋に入ると卵や金が散らばり、取り押さえられた卵の売人と使用人の後ろで領主だろう男が声を荒げていた。
「なんだ貴様らは!
私を誰だと思っている!」
「誰でもいいけど、町中に魔獣を連れ込んだ犯罪者の一味ってことは確定してるね」
魔獣を連れ込んだと言われ領主が違うと喚き散らす。
「どこが違うの?
こんなはっきりした証拠があるのに」
カイルが近くに落ちた布の塊を踏みつけ転がす。
布の下から現れたのは鳥かご、そしてブラッディホークの幼体。
すでに絶命しているのはカイルの仕業だろう。
「さっきのこいつらの鳴き声を聞きつけてブラッディホークたちはこの町を襲いに来るだろうね。
わざと?」
「違う!
そんな馬鹿なこと!!
……私はたまたま居合わせただけだ!」
この期に及んで言い逃れを続ける領主へカイルが威圧を込めた笑みを向ける。
「そんなことは今どうでもいいんだ。
取り調べは後でゆっくりとするからさ。
問題なのはすぐにブラッディホークがやって来るってこと」
カイルの目が僕を捉える。
「アミルはこいつの護衛しててくれる?」
「はい」
アミルに視線を滑らせた領主の目に好機だと侮る光が見える。
アミル相手なら逃げられるかもしれないと考えたのだろう。
けれどそんなに甘くない。――カイルは。
軽い音と共に領主の頭に何かがぶつけられる。
濃いオレンジと透明の液体が領主の頭から顔へ伝い落ち、その下の服まで汚していく。
ブラッディホークの卵を投げつけたカイルはにやりと悪い笑みを浮かべた。
「外に出たらブラッディホークの的だね」
額を拭った領主が自分にぶつけられた物が何か理解し、カイルの言葉に震え出す。
騎士団を振り切って逃げようとすればブラッディホークの標的となり襲われてしまう。
大人しくしていても町に魔獣を招いた犯罪者として捕らえられる。どちらにしてももう終わりだ。
絶望に顔を歪めた領主が崩れ落ちる。
反意を無くしたらしき領主を見てアミルへ声を掛ける。
「逃げようなんて馬鹿なことはしないと思うけど、もし逃げるようなら脚とか折ってもいいから」
「いや、流石にそれは……。
縛っときますから」
過激すぎる発言は抵抗をする気力を根こそぎ奪うためだとアミルはわかるけれど、後々騒がれたら困る。
アミルが否定することまで込みなのかカイルは笑みを崩さず、早くねと答えた。
「ブラッディホークの群れはすぐに来ると思うから縛るなら早くね。
可能な限り外で落とすけど、絶対にここに到達させないとは約束できないから」
カイルの言葉に気を引き締める。
領主たちを逃がさないようにするだけじゃない。
死なせないようにするのがアミルの役目だ。
手早く領主に縄を掛け、同時に売人と使用人たちも逃げられないように縄を繋いでいく。
彼らも今逃げようとすることは命の危険があるとわかっているからか激しい抵抗はなかった。
やがて風切り音と共に剣を振るう音や連携を取る掛け声が聞こえてくる。
隙間の多い家畜小屋は空を飛ぶブラッディホークの妨げにはならない。
唯一壁のある入口側へ領主たちを寄せて双剣を構える。
外では戦闘が激しさを増していた。
甲高い鳴き声を発しながらブラッディホークが急降下し、爪やくちばしで攻撃を仕掛けたところを騎士たちが迎え撃つ。
剣で受け止めたところを別の騎士が横合いから切り掛かり一羽を仕留める。
連携し二人一組、もしくは三人一組でブラッディホークを落としていく先輩たちに対して、カイルは別格だった。
一直線に急降下してきた一羽を一閃すると、柄頭を受け止めた手の動きで左から旋回して襲い掛かった一羽を突く。そのまま添えていた手を離し上に薙いだ剣で鋭いくちばしで狙いを定めていた個体を切り裂き落とす。
裂帛の気合も無く、闘志を露にすることもない。
ただ静かに魔獣を落とし、命を狩っていく。
触れたら切れる、カイルそのものが研ぎ澄まされた刃のようだった。
ぞわりと背が震える。
それは本能的な恐怖だった。
――飲まれてる場合じゃない。
意識して息を吐き、心を落ち着ける。
もう一度カイルを見つめ、剣を握りしめ直す。
自分のやるべきことを果たすと感覚を研ぎ澄ませる。
襲ってくるブラッディホークの数は徐々に減っている。連携の指示を飛ばす先輩たちの声の感覚が長くなってきた。
「――っ!」
死角となる屋根すれすれから小屋に飛び込んできた一羽の攻撃を剣で弾き、間髪入れず薙ぎで胴を払う。
避けられ浅く傷を付けるに止まった攻撃をそのまま突きへと変えブラッディホークの胸元へと突き立てる。
暴れるブラッディホークへさらに剣を押し込み絶命させる。
狭い小屋の中での戦闘とはいえ守る者があるこちらは不利だ。
思わぬ反撃で被害を受ける前に倒せたことに一つ安堵の息を吐き、また周囲へ警戒を向ける。先輩たちやカイルの奮闘で外を飛び回るブラッディホークは大分その数を減らしているようだった。
と、その瞬間背後から気配を感じ咄嗟に身を捩りながら振り向く。
縄を掛けられながらも立ち上がった売人の男が小屋の中に落ちていたのだろう折れた木片を掴み襲い掛かってきた。
剣を向けるか迷った隙を付き男がアミルの腕めがけて木片の尖った先を振り下ろす。
片腕で防御をしながら木片の攻撃を受け流し、男の体勢を崩して脇腹に蹴りを叩き込む。
倒れ込んだ男だったが、木片からは手を離さずギラギラとした目でアミルを睨んでいた。
――!
男の背後から伸ばされたブーツの脚が腕を踏み潰す。
体重を掛けられながらぐりっと腕を踏みにじられた男が悲鳴を上げ手から木片が落ちた。
「――殺されたいの?」
空気を凍らせるような冷えた声と空気を発するカイルの姿に、抵抗していた男が顔を青くし全身を震わせる。
ブラッディホークを殲滅し終えたカイルが先輩へ男を厳重に縛り連れて行くように命じた。
カイルの怒りにあてられた先輩も若干顔を青くしながら命令通りに男を縄にかけ直し引き摺っていく。
その容赦のなさに震えあがった領主と使用人は自ら他の先輩方に罪を白状し連行されて行った。余程恐ろしかったんだろう。
「あーあ、これほっといたら後で青くなるね」
制服の袖をまくってアミルの傷を確認したカイルが溜息と共にそんなことを言う。
「刺さったりしなかっただけマシだと思います」
防刃効果のある制服だから木片が刺さることはなかった。そうならないように受け流したこともあるけれど。
ただ衝撃までは殺せず攻撃を受けた箇所は色が変わり始めていた。
「手は動く?」
「ええ、大丈夫です」
握って開いてとしてみせるとカイルが小さく息を吐いた。
まるで安堵しているみたいな吐息の音に胸がさわめく。
「事後処理と検分は外の部隊とやるからアミルはあいつらについて行きな。
先に治療したらその後は奴らの調書取って」
治療とその後の指示をするカイルへ了承を返し先輩たちの後を追う。
小屋の外へ出ると白んだ空が暗さに慣れた目を刺した。
気づけば夜は明けていて、その惨状が見て取れた。小屋を襲っていたブラッディホークは優に40羽を超えるだろう。
辺りに散らばる死骸の多さが事件の深刻さを伝えている。
ここに騎士団がいなければどれだけの被害になっただろう。
息を吸い、こみ上げる不快感と憤りを抑える。
調書に感情を入れるわけにはいかない。気持ちを切り替えないと。
まずは治療だと足を速めた。
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