暮色蒼然

珊瑚

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朝から屋敷を抜け出して街へ繰り出した。
良い大人が抜け出すという表現なのもおかしな話だが、我が家は出入りには少々煩い。
過保護とでも言うのだろうか。

兄が家を継げない今、跡取り候補として俺が踊り出てしまった。
今の今まで、藤野家としての体裁を汚さなければ、適度の放っておいた人達が急に構うようになった。
次期当主候補の行動に目を光らせ、付き合う友人は選べと口酸っぱく言うようになった。
そんなもの関係ないと、今まで無視して生きてきた。
そんな俺を両親はただの気まぐれだと処理し、いつかはこの『お遊び』は止めるものだと思っている。
姉も兄も家のためにただ利用される物に違いない⋯⋯。

始めに芝居を観に行った。
春壱とはよく芝居を観に行っていた。
家族の誰も娯楽に興味はあまりなく、家の存続と兄の治療だけが彼らの気掛かりだった。
それに反発するように興味あるものは片っ端から触れるようにしていた。
その中でも特に好きだったのが、芝居と読書だった。

 今人気な喜劇の券を買って観たが、どちらかと言うと、子供が観て楽しむようなものだった。
どうにもオチがつかず、収拾がつかない感じの話だった。
俺が単純に楽しめていないだけなのだろうが。春壱ならば楽しんでくれたのだろうか。
もう一つ何か観ようかと思ったがやめておいた。

 次に訪れたのは、下町でひっそり営業している喫茶店だった。
ここのナポリタンが絶品で二人してよく食べにきていた。
春壱も本当によく好んでいたはずだ。甘めのケチャップ味に食欲を刺激されたものだった。
食後のおやつにプリンも合わせて食べていた。
彼は甘いものが好きらしく、いつかは妹にも食べさせてやりたいとよく言っていた。

最後に指示された場所は、良く訪れた川辺だった。
春壱が死んだ橋がある近くだった。

笑ってしまった。
いつも外に連れ出すのは春壱の役目だったのに、あいつは外で遊ぶことを知らなかった。
なんだかんだ言って連れ回すのは俺だった。春壱といた時間はあまりにも一瞬だった。

「わざわざ有難うございました。
出不精のあなたが、一人で何処かへなんて初めてのことでしょう?」

ふわりと耳馴染みの良い声と、同時に縄の擦れる音が聞こえる。
もっとよく話を聞いておくんだった。もっとたくさん話をしておくんだった。

「もっとあなたと早く会いたかった。
もっと何処かへ行ってしまいたかった。
もっとお話したかった。
もっとあなたの側にいたかった。
私はあなたに会えて本当に良かったと思っています。
もし……もし、私が女性だったら。私はあなたの隣に立てたでしょうか」

「⋯⋯はる、俺は」

 今は、もうそこにはないはずの縄の擦れる音はまだ止まない。
奏介は逃げるように目を閉じた。
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