14 / 21
8
しおりを挟む
朝から屋敷を抜け出して街へ繰り出した。
良い大人が抜け出すという表現なのもおかしな話だが、我が家は出入りには少々煩い。
過保護とでも言うのだろうか。
兄が家を継げない今、跡取り候補として俺が踊り出てしまった。
今の今まで、藤野家としての体裁を汚さなければ、適度の放っておいた人達が急に構うようになった。
次期当主候補の行動に目を光らせ、付き合う友人は選べと口酸っぱく言うようになった。
そんなもの関係ないと、今まで無視して生きてきた。
そんな俺を両親はただの気まぐれだと処理し、いつかはこの『お遊び』は止めるものだと思っている。
姉も兄も家のためにただ利用される物に違いない⋯⋯。
始めに芝居を観に行った。
春壱とはよく芝居を観に行っていた。
家族の誰も娯楽に興味はあまりなく、家の存続と兄の治療だけが彼らの気掛かりだった。
それに反発するように興味あるものは片っ端から触れるようにしていた。
その中でも特に好きだったのが、芝居と読書だった。
今人気な喜劇の券を買って観たが、どちらかと言うと、子供が観て楽しむようなものだった。
どうにもオチがつかず、収拾がつかない感じの話だった。
俺が単純に楽しめていないだけなのだろうが。春壱ならば楽しんでくれたのだろうか。
もう一つ何か観ようかと思ったがやめておいた。
次に訪れたのは、下町でひっそり営業している喫茶店だった。
ここのナポリタンが絶品で二人してよく食べにきていた。
春壱も本当によく好んでいたはずだ。甘めのケチャップ味に食欲を刺激されたものだった。
食後のおやつにプリンも合わせて食べていた。
彼は甘いものが好きらしく、いつかは妹にも食べさせてやりたいとよく言っていた。
最後に指示された場所は、良く訪れた川辺だった。
春壱が死んだ橋がある近くだった。
笑ってしまった。
いつも外に連れ出すのは春壱の役目だったのに、あいつは外で遊ぶことを知らなかった。
なんだかんだ言って連れ回すのは俺だった。春壱といた時間はあまりにも一瞬だった。
「わざわざ有難うございました。
出不精のあなたが、一人で何処かへなんて初めてのことでしょう?」
ふわりと耳馴染みの良い声と、同時に縄の擦れる音が聞こえる。
もっとよく話を聞いておくんだった。もっとたくさん話をしておくんだった。
「もっとあなたと早く会いたかった。
もっと何処かへ行ってしまいたかった。
もっとお話したかった。
もっとあなたの側にいたかった。
私はあなたに会えて本当に良かったと思っています。
もし……もし、私が女性だったら。私はあなたの隣に立てたでしょうか」
「⋯⋯はる、俺は」
今は、もうそこにはないはずの縄の擦れる音はまだ止まない。
奏介は逃げるように目を閉じた。
良い大人が抜け出すという表現なのもおかしな話だが、我が家は出入りには少々煩い。
過保護とでも言うのだろうか。
兄が家を継げない今、跡取り候補として俺が踊り出てしまった。
今の今まで、藤野家としての体裁を汚さなければ、適度の放っておいた人達が急に構うようになった。
次期当主候補の行動に目を光らせ、付き合う友人は選べと口酸っぱく言うようになった。
そんなもの関係ないと、今まで無視して生きてきた。
そんな俺を両親はただの気まぐれだと処理し、いつかはこの『お遊び』は止めるものだと思っている。
姉も兄も家のためにただ利用される物に違いない⋯⋯。
始めに芝居を観に行った。
春壱とはよく芝居を観に行っていた。
家族の誰も娯楽に興味はあまりなく、家の存続と兄の治療だけが彼らの気掛かりだった。
それに反発するように興味あるものは片っ端から触れるようにしていた。
その中でも特に好きだったのが、芝居と読書だった。
今人気な喜劇の券を買って観たが、どちらかと言うと、子供が観て楽しむようなものだった。
どうにもオチがつかず、収拾がつかない感じの話だった。
俺が単純に楽しめていないだけなのだろうが。春壱ならば楽しんでくれたのだろうか。
もう一つ何か観ようかと思ったがやめておいた。
次に訪れたのは、下町でひっそり営業している喫茶店だった。
ここのナポリタンが絶品で二人してよく食べにきていた。
春壱も本当によく好んでいたはずだ。甘めのケチャップ味に食欲を刺激されたものだった。
食後のおやつにプリンも合わせて食べていた。
彼は甘いものが好きらしく、いつかは妹にも食べさせてやりたいとよく言っていた。
最後に指示された場所は、良く訪れた川辺だった。
春壱が死んだ橋がある近くだった。
笑ってしまった。
いつも外に連れ出すのは春壱の役目だったのに、あいつは外で遊ぶことを知らなかった。
なんだかんだ言って連れ回すのは俺だった。春壱といた時間はあまりにも一瞬だった。
「わざわざ有難うございました。
出不精のあなたが、一人で何処かへなんて初めてのことでしょう?」
ふわりと耳馴染みの良い声と、同時に縄の擦れる音が聞こえる。
もっとよく話を聞いておくんだった。もっとたくさん話をしておくんだった。
「もっとあなたと早く会いたかった。
もっと何処かへ行ってしまいたかった。
もっとお話したかった。
もっとあなたの側にいたかった。
私はあなたに会えて本当に良かったと思っています。
もし……もし、私が女性だったら。私はあなたの隣に立てたでしょうか」
「⋯⋯はる、俺は」
今は、もうそこにはないはずの縄の擦れる音はまだ止まない。
奏介は逃げるように目を閉じた。
0
あなたにおすすめの小説
林檎を並べても、
ロウバイ
BL
―――彼は思い出さない。
二人で過ごした日々を忘れてしまった攻めと、そんな彼の行く先を見守る受けです。
ソウが目を覚ますと、そこは消毒の香りが充満した病室だった。自分の記憶を辿ろうとして、はたり。その手がかりとなる記憶がまったくないことに気付く。そんな時、林檎を片手にカーテンを引いてとある人物が入ってきた。
彼―――トキと名乗るその黒髪の男は、ソウが事故で記憶喪失になったことと、自身がソウの親友であると告げるが…。
サラリーマン二人、酔いどれ同伴
風
BL
久しぶりの飲み会!
楽しむ佐万里(さまり)は後輩の迅蛇(じんだ)と翌朝ベッドの上で出会う。
「……え、やった?」
「やりましたね」
「あれ、俺は受け?攻め?」
「受けでしたね」
絶望する佐万里!
しかし今週末も仕事終わりには飲み会だ!
こうして佐万里は同じ過ちを繰り返すのだった……。
春へと向かう風は
hamapito
BL
「俺と別れて、後悔しないって言える?」の書き出しから始まる物語
(天木あんこ様【@54azuki_mochi】より、素敵な書き出しをお借りしました)
夢を諦めることができないから。彼を応援しているから。
お互いのことを痛いほどにわかっているからこそ、離れることになった。
春へと向かう季節のなかで迎えた別れの日を、ふたりの視点から。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる