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【2-5】西園寺・フィラ・梅。なぜフィラと梅の二つの名前があるのか? そしていつもと違う房江さん。
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──【2-5】──
「梅さん。よかった。元気そうじゃない」
とおばあさんは、よそ行きの洋服を着て、背中は少し曲がっている。人のよさそうな笑顔で綺麗な白髪(はくはつ)だった。
おばあさんは杖を持つ右手と、反対の左手をフィラに振った。
「房江! 私は元気、元気!」
とフィラは言いながらゆっくりとやってきた。
「ニュースで見たのよ。銃を持った犯人がカレー店を襲ったって。よく見たら梅のお店じゃない。知ってすぐに飛んできたのよ」
と左手を出すと、フィラは房江と呼んだおばあさんの左手を両手で掴んだ。
「さあ。よかったら中に入って。今、仕事が一段落ついたところなの」
「そうなの。とても繁盛しているようで嬉しいわ」
と二人はテーブル席に座って談笑し始めた。
伊織は周りを見渡して、
「フィラさん。取り敢えず、皿とスプーンを簡単に洗って、食洗機にかけますね」
と言うと、
「伊織君、それでお願い」
と言われ、伊織は二人の邪魔をしないように、厨房の方に消えた。
「で房江は何が食べたい? 何か出前でも取るわよ」
「あら、そんな? 私、久しぶりに梅のカレーが食べたいわ」
と微笑むと、
「ごめんなさい。カレーは完売しちゃったの。ご飯は少し余裕があるんだけどね」
と困った顔をした。
「あら。まったくないの?」
と訊くと、
「あ~。それが昨日、あんな事があったでしょう。昨日の残りのカレーはたくさんあるんだけどね。でもそんな古いのを房江に食べさせられないわ」
と困った顔で言うと、
「あら。それを頂こうかしら。カレーは寝かせた方が美味しいって言うし」
「もう。房江ったら」
とフィラは苦笑した。
「本当にいいの?」
「もちろんよ。お願い」
すると「待ってて」と立ち上がると、洗い物をしている伊織の横を抜けて行き、昨日の残り物のカレーの寸胴から、お玉で片手鍋によそぐと火にかけた。焦げないようにしっかりとかき混ぜている。そのさい残り物の寸胴にも火をかけた。
「伊織君。悪いんだけど、お昼もカレーを食べてね。今、火をかけたから少し時間がかかるけど」
とフィラが申し訳なさそうに言う。
「僕は大丈夫です」
「そう。ありがとう。ご飯もカレーも全部、食べていいからね」
と小学生にしか見えないフィラは笑顔を向けた。
「フィラさん。そんなに食べられないですから」
と伊織は苦笑した。
片手鍋の方は温まったようで、二人分のご飯をカレー皿に手早くよそった。それは売り物の時と比べて量は減らされていた。
それを見た伊織は、
「房江さんは少食で、フィラさんもそれに合わせて少な目にしたんだろうな……」
と二人には聞かれないように呟いた。
年配者に合わせた量のライスに、先ほど温めたカレーをかけて、房江の待つテーブルに持っていった。
「美味しそうね。さすがは梅ね」
そして二人分の水も用意した。
「どう? いい匂いがしてる?」
「とってもいい匂いよ。あなたは本当に料理が上手(うま)いわよね」
「私、鼻が悪いからね。料理は本当は向いていないのよ」
「そんなことないわよ。じゃあ、頂いていい?」
「どうぞ」
二人は「頂きます」と手を合わせると、スプーンに巻かれていた紙ナプキンを取って、食べ始めた。
「うん。美味しいわ」
「本当に?」
「うん……。来てよかった」
と微笑んたが、笑顔の中に何か悲しげな雰囲気が一瞬、漂った。
「? どうしたの? 何かあったの?」
とフィラは気づいたが、
「何でもないわよ……。ただ、何だか懐かしくてね……」
「ちょっとやめてよ。半年前も一緒に食べたじゃない」
「そうだったわね。ごめんなさい」
と明るく笑った。
二人はフィラのカレーを揃って完食した。
伊織は厨房に積まれた食器を簡単に洗い終わると、それらを手早く食器洗い機にセットした。
それを動かずスイッチを押す。食洗機の低く響く音が店に流れる。
「うちの食洗機って型が古いんで一度、簡単に洗ってからでないと汚れが落ちないのよ。手間をかけさせるわね」
とフィラは伊織に言った。
「いえ、大丈夫です。じゃあ、僕も昼食を頂きます」
と声をかけた。
「はい。どうぞ」
とフィラは返事をすると、また熱心に友人の房江と話し込んだ。
伊織は話を聞いてはいけないと思い、自分のカレー皿と水とスプーンを銀色のお盆に載せて、奥の控室に行った。
食べ終わり、少し横になって目を閉じていたら、
「あら。もう、帰っちゃうの?」
とフィラの大きな声がした。
伊織は飛び起きて、控え室から出た。
「うん。実は車を待たせてあるのよ」
「まあ。そうだったの? 娘さんかしら?」
「そうなの」
「なら娘さんも呼べばいいのに。車一台くらいなら、裏に置けるスペースがあるから」
房江は微笑んで、
「ありがとう。でも気持ちだけ頂くわ。また来るから。次は長居させてもらうわ……」
「どうぞ、どうぞ。次は泊まっていってよ」
「分かったわ」
と立ち上がって店のドアに向かった。
「梅、じぁあね。それと二枚目のお兄さんもお邪魔しました」
と深く頭を下げた。
「そんな。僕は何もしていませんから」
と会釈する。
「房江。きっと来てよ。来なかったら、私が行くからね」
とフィラと房江は手を取り合った。
伊織も見送ろうと外に出てみると、白い乗用車から降りている中年女性がいた。年齢を感じさせない美しいその女性は、
「お母さん。あんまり梅さんのお孫さんに迷惑をかけちゃダメよ」
と言っている。
「うちの母親がすいません。ご友人のお孫さんがどうしても心配だからって言って、突然来てしまって。強引でごめんなさいね」
するとフィラは、
「いえ。いいんです。私も房江さんにお会いできて嬉しかったですから」
とフィラが言うと、房江はチャーミングにウインクした。するとフィラも微笑みながらウインクを返した。
車に乗り込むまで、いつまでも笑顔で手を振る房江だったが、車を運転する娘は、目頭を拭う仕草をした時に、フィラの様子が変わった。
車か見えなくなるまで、フィラは手を振った後に店内に戻った。
伊織は、
「あのおばあさん、フィラさんのことを『梅』って呼んでいましたね。この店の名前も梅ですよね」
「ええ」
「それにさっきの娘さんはフィラさんのことを、お孫さんって言っていましたね」
「ええ」
「それって……」
と不思議そうにしていると、
「伊織君は私が吸血鬼(バンパイア)だと知られてしまった。だから話すけど、幼馴染の房江も私の正体を知っている一人なのよ」
「そうなんですか」
「ええ。でもね。普通の人には言えないじゃない。『歳を取らないのは私が吸血鬼(バンパイア)だからです』なんて」
「確かにそうですね」
「だから私は戸籍上は、祖母『梅』が残したビルを相続した孫『フィラ』っていうことにしているのよ」
「なるほど。それで」
と伊織は納得した。
「でも日本の法律には頭にきたわよ」
「何があったんですか?」
「私が祖母の孫だというのは意外と簡単に認めてくれたんだけど」
「本人なのにですか?」
「ええ。ところがよ。相続税とかで本人なのに、もの凄い金額を取られたわ。全く腹の立つ!」
とフィラは立腹していた。
「怒るところは、そこですか?」
と伊織は苦笑した。
「それにしても……」
とフィラは考え込んだ。
「どうしましたか?」
「いつもの房江じゃなかったわ……。何というか……。そう! 変な感じだったわ……」
「変な感じ。ですか?」
「ええ。今まで房江は電車でしか来たことがなかったの。それが車で三時間はかかるところに住む娘さんの車で、わざわざ乗ってやってきたわ……」
「そうなんですか……」
フィラは右手を顎に当てて考え込んでいたが、
「伊織君。悪いんだけど、明日は私抜きで祓(はら)いの仕事に行ってくれるかな?」
「え? 祓いの仕事ですか?」
「ええ。あなたはもう見たと思うけど、この店の裏には駐車場があってね。軽のバンが停めてあるの」
「はい」
「その車を運転して、風子ちゃんと雷ちゃんを、明日現地に連れて行って欲しいのよ」
山田伊織は、
「え! 僕がですか?」
とかなり驚いた。
「本当に申し訳ないんだけど……。私は明日、電車で房江の家に行ってみるわ」
「そのう……。質問なんですけど」
「どうぞ」
「僕は車の運転だけでいいんですか?」
と訊くと、
「ええ。そうよ」
とフィラは言ったが、風子と雷が高校から帰ってくると、話は大きく違っていた。
「え! 風子! あなた、明日、補習なの!」
とフィラは頭を抱えた。
「どうしたんですか?」
と伊織。
「霊が見えて、霊と話せて、成仏させることができるのは風子だけなのよ。その風子が明日は補習なんですって……」
伊織は眼の前が真っ暗になった。
2024年1月8日
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「梅さん。よかった。元気そうじゃない」
とおばあさんは、よそ行きの洋服を着て、背中は少し曲がっている。人のよさそうな笑顔で綺麗な白髪(はくはつ)だった。
おばあさんは杖を持つ右手と、反対の左手をフィラに振った。
「房江! 私は元気、元気!」
とフィラは言いながらゆっくりとやってきた。
「ニュースで見たのよ。銃を持った犯人がカレー店を襲ったって。よく見たら梅のお店じゃない。知ってすぐに飛んできたのよ」
と左手を出すと、フィラは房江と呼んだおばあさんの左手を両手で掴んだ。
「さあ。よかったら中に入って。今、仕事が一段落ついたところなの」
「そうなの。とても繁盛しているようで嬉しいわ」
と二人はテーブル席に座って談笑し始めた。
伊織は周りを見渡して、
「フィラさん。取り敢えず、皿とスプーンを簡単に洗って、食洗機にかけますね」
と言うと、
「伊織君、それでお願い」
と言われ、伊織は二人の邪魔をしないように、厨房の方に消えた。
「で房江は何が食べたい? 何か出前でも取るわよ」
「あら、そんな? 私、久しぶりに梅のカレーが食べたいわ」
と微笑むと、
「ごめんなさい。カレーは完売しちゃったの。ご飯は少し余裕があるんだけどね」
と困った顔をした。
「あら。まったくないの?」
と訊くと、
「あ~。それが昨日、あんな事があったでしょう。昨日の残りのカレーはたくさんあるんだけどね。でもそんな古いのを房江に食べさせられないわ」
と困った顔で言うと、
「あら。それを頂こうかしら。カレーは寝かせた方が美味しいって言うし」
「もう。房江ったら」
とフィラは苦笑した。
「本当にいいの?」
「もちろんよ。お願い」
すると「待ってて」と立ち上がると、洗い物をしている伊織の横を抜けて行き、昨日の残り物のカレーの寸胴から、お玉で片手鍋によそぐと火にかけた。焦げないようにしっかりとかき混ぜている。そのさい残り物の寸胴にも火をかけた。
「伊織君。悪いんだけど、お昼もカレーを食べてね。今、火をかけたから少し時間がかかるけど」
とフィラが申し訳なさそうに言う。
「僕は大丈夫です」
「そう。ありがとう。ご飯もカレーも全部、食べていいからね」
と小学生にしか見えないフィラは笑顔を向けた。
「フィラさん。そんなに食べられないですから」
と伊織は苦笑した。
片手鍋の方は温まったようで、二人分のご飯をカレー皿に手早くよそった。それは売り物の時と比べて量は減らされていた。
それを見た伊織は、
「房江さんは少食で、フィラさんもそれに合わせて少な目にしたんだろうな……」
と二人には聞かれないように呟いた。
年配者に合わせた量のライスに、先ほど温めたカレーをかけて、房江の待つテーブルに持っていった。
「美味しそうね。さすがは梅ね」
そして二人分の水も用意した。
「どう? いい匂いがしてる?」
「とってもいい匂いよ。あなたは本当に料理が上手(うま)いわよね」
「私、鼻が悪いからね。料理は本当は向いていないのよ」
「そんなことないわよ。じゃあ、頂いていい?」
「どうぞ」
二人は「頂きます」と手を合わせると、スプーンに巻かれていた紙ナプキンを取って、食べ始めた。
「うん。美味しいわ」
「本当に?」
「うん……。来てよかった」
と微笑んたが、笑顔の中に何か悲しげな雰囲気が一瞬、漂った。
「? どうしたの? 何かあったの?」
とフィラは気づいたが、
「何でもないわよ……。ただ、何だか懐かしくてね……」
「ちょっとやめてよ。半年前も一緒に食べたじゃない」
「そうだったわね。ごめんなさい」
と明るく笑った。
二人はフィラのカレーを揃って完食した。
伊織は厨房に積まれた食器を簡単に洗い終わると、それらを手早く食器洗い機にセットした。
それを動かずスイッチを押す。食洗機の低く響く音が店に流れる。
「うちの食洗機って型が古いんで一度、簡単に洗ってからでないと汚れが落ちないのよ。手間をかけさせるわね」
とフィラは伊織に言った。
「いえ、大丈夫です。じゃあ、僕も昼食を頂きます」
と声をかけた。
「はい。どうぞ」
とフィラは返事をすると、また熱心に友人の房江と話し込んだ。
伊織は話を聞いてはいけないと思い、自分のカレー皿と水とスプーンを銀色のお盆に載せて、奥の控室に行った。
食べ終わり、少し横になって目を閉じていたら、
「あら。もう、帰っちゃうの?」
とフィラの大きな声がした。
伊織は飛び起きて、控え室から出た。
「うん。実は車を待たせてあるのよ」
「まあ。そうだったの? 娘さんかしら?」
「そうなの」
「なら娘さんも呼べばいいのに。車一台くらいなら、裏に置けるスペースがあるから」
房江は微笑んで、
「ありがとう。でも気持ちだけ頂くわ。また来るから。次は長居させてもらうわ……」
「どうぞ、どうぞ。次は泊まっていってよ」
「分かったわ」
と立ち上がって店のドアに向かった。
「梅、じぁあね。それと二枚目のお兄さんもお邪魔しました」
と深く頭を下げた。
「そんな。僕は何もしていませんから」
と会釈する。
「房江。きっと来てよ。来なかったら、私が行くからね」
とフィラと房江は手を取り合った。
伊織も見送ろうと外に出てみると、白い乗用車から降りている中年女性がいた。年齢を感じさせない美しいその女性は、
「お母さん。あんまり梅さんのお孫さんに迷惑をかけちゃダメよ」
と言っている。
「うちの母親がすいません。ご友人のお孫さんがどうしても心配だからって言って、突然来てしまって。強引でごめんなさいね」
するとフィラは、
「いえ。いいんです。私も房江さんにお会いできて嬉しかったですから」
とフィラが言うと、房江はチャーミングにウインクした。するとフィラも微笑みながらウインクを返した。
車に乗り込むまで、いつまでも笑顔で手を振る房江だったが、車を運転する娘は、目頭を拭う仕草をした時に、フィラの様子が変わった。
車か見えなくなるまで、フィラは手を振った後に店内に戻った。
伊織は、
「あのおばあさん、フィラさんのことを『梅』って呼んでいましたね。この店の名前も梅ですよね」
「ええ」
「それにさっきの娘さんはフィラさんのことを、お孫さんって言っていましたね」
「ええ」
「それって……」
と不思議そうにしていると、
「伊織君は私が吸血鬼(バンパイア)だと知られてしまった。だから話すけど、幼馴染の房江も私の正体を知っている一人なのよ」
「そうなんですか」
「ええ。でもね。普通の人には言えないじゃない。『歳を取らないのは私が吸血鬼(バンパイア)だからです』なんて」
「確かにそうですね」
「だから私は戸籍上は、祖母『梅』が残したビルを相続した孫『フィラ』っていうことにしているのよ」
「なるほど。それで」
と伊織は納得した。
「でも日本の法律には頭にきたわよ」
「何があったんですか?」
「私が祖母の孫だというのは意外と簡単に認めてくれたんだけど」
「本人なのにですか?」
「ええ。ところがよ。相続税とかで本人なのに、もの凄い金額を取られたわ。全く腹の立つ!」
とフィラは立腹していた。
「怒るところは、そこですか?」
と伊織は苦笑した。
「それにしても……」
とフィラは考え込んだ。
「どうしましたか?」
「いつもの房江じゃなかったわ……。何というか……。そう! 変な感じだったわ……」
「変な感じ。ですか?」
「ええ。今まで房江は電車でしか来たことがなかったの。それが車で三時間はかかるところに住む娘さんの車で、わざわざ乗ってやってきたわ……」
「そうなんですか……」
フィラは右手を顎に当てて考え込んでいたが、
「伊織君。悪いんだけど、明日は私抜きで祓(はら)いの仕事に行ってくれるかな?」
「え? 祓いの仕事ですか?」
「ええ。あなたはもう見たと思うけど、この店の裏には駐車場があってね。軽のバンが停めてあるの」
「はい」
「その車を運転して、風子ちゃんと雷ちゃんを、明日現地に連れて行って欲しいのよ」
山田伊織は、
「え! 僕がですか?」
とかなり驚いた。
「本当に申し訳ないんだけど……。私は明日、電車で房江の家に行ってみるわ」
「そのう……。質問なんですけど」
「どうぞ」
「僕は車の運転だけでいいんですか?」
と訊くと、
「ええ。そうよ」
とフィラは言ったが、風子と雷が高校から帰ってくると、話は大きく違っていた。
「え! 風子! あなた、明日、補習なの!」
とフィラは頭を抱えた。
「どうしたんですか?」
と伊織。
「霊が見えて、霊と話せて、成仏させることができるのは風子だけなのよ。その風子が明日は補習なんですって……」
伊織は眼の前が真っ暗になった。
2024年1月8日
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