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第三章 ミサ。和人の祖父と突然に顔を合わす。

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セカンドサピエンス─九条亮介・Sランク・シークレット・エージェント。SSA(エス・エス・エー)─

      東岡忠良(あずまおか・ただよし)

──1──

 ミサは長風呂だった。
 一時間が過ぎてもまだ出てこなかった。でもそれは仕方がないだろうと、武田和人は思った。
 なんせ、裸に雨具だけでやっとの思いで逃げて来て、台風の強風と大雨の中をさまよい、ここまでやっとたどり着いたのだから。
「それに女の子だから長風呂なんだろうな」
 とアニメや漫画の知識でそう思った。
「それにしても女の子が風呂から上がるのを待つ男なんて、よく考えたらただの変態だな」
 と考えたが、風呂上がりに家の中を歩き回り、万が一祖父と出くわしたら!
 そう思うだけで、和人は焦ってしまうのだった。
 その時だった。
「あああっ! 助けて! 助けて、和人!」
 とミサの悲鳴が風呂場から聞こえた。
「どうしたんだ! ミサ!」
 もしかして、ミサを捕まえようとする連中にここを知られてしまったのか! でもそんなはずはない。確かに風呂場の窓も完全にダンボールで塞いだはずなのだ。
「もしかして、ミサの持ち物にマイクロGPS(全地球測位システム)がつけられていたのか!」
 と大急ぎで風呂場に向かった。
「ミサ! 大丈夫か! ミサ!」
 と脱衣所の扉を開ける。
「ミサ! ミサ!」
 と浴槽のある風呂場の扉の摺りガラスを叩いた。
「ミサ! どうした、ミサ!」
 と和人が今にも扉を開けようとした時だった。
「ごめんなさい。大丈夫」
 と声がした。
「本当に大丈夫なのかい?」
「うん。本当に大丈夫?」
 和人は安堵して、
「大丈夫ならいいんだ」
 と風呂場の扉の前に座り込んだ。
「実はさっきね」
「うん」
「疲れたのか、ホッとしたのか、浴槽の中で寝てしまって溺れそうになったの……」
 と照れた声色で言った。
「なんだ。そうか」
 と和人。
「私、お風呂から上がってすぐに寝たいわ」
「え! あ! 分かった。僕の部屋で眠ればいいよ。それと着替えも用意しているから。サイズが合うかどうかは分からないけど」
 すると、
「和人。本当にありがとう」
 とミサの心から感謝を伝える声が聞こえた。
 和人は大急ぎで脱衣所から出て、さっきまで待っていた、風呂場から近い廊下の先の部屋のところで座って待つことにした。少し離れてはいるが、脱衣所の扉が開くのが見えるし、扉が開く音もここなら聞こえる。
 だが、
「それにしても遅いな……」
 ミサが一向に出てこない。
「女の子の風呂上がりってやっぱり時間がかかるのかな?」
 長い髪を乾かすためのドライヤーもある。かざすだけで瞬時に髪を乾かす母が残した電気製品だ。
「使い方が分からない、とか?」
 その可能性もあるな、と思っていたらお腹が鳴った。
「そう言えば、朝食がまだだったな」
 そして、
「よく考えたら、ミサは昨日から何も食べていないんじゃないか?」
 と思った。
「先に朝食にしようか。でもよかった。台風に備えて食料はたくさん買い込んでいたからな」
 と和人は立ち上がり、
「ミサに寝るか食事か聞いてみよう」
 と風呂場に続く廊下を歩き出した時に、脱衣所の扉が開いてミサが出てきた。こちらに顔を向けると、
「和人!」と駆けてきた。収縮性の高いTシャツを渡したのが原因なのだろう。大きな胸がシャツの上からでも分かるくらいに膨らんでいて、走ると揺れている。そして長めのスカートを用意したはずなのだが、一七〇センチはあるミサが履くと、まるでミニのタイトスカートのように、腰のラインがしっかりと分かるし、何よりも太腿(ふともも)の半分が見えている。そんなミサが手にはブラジャーを持って和人の側まで走ってきた。
 和人は「あ!」と立ち止まり、見てはいけないと、咄嗟に目を反らした。
「和人。私、これの付け方が分からなくて」
「お、おう! そうなんだ?」
 と出来るだけ平静を装う。
「どんなに頑張ってもはみ出るし苦しいの? ねえ、和人どうしたらいいかな?」
 と大きく膨らんだ自分の胸を触りながら言った。
「そ、そうだね。多分、サイズが合っていないんだよ。そうだ。ご飯を食べて、一眠りしたら、下着とか色々必要な物を買いに行こう」
 と言うと、
「本当に! 嬉しい!」
 とミサは意識的なのか無意識なのか分からないが、ブラジャーを付けていないまま、和人に遠慮なく抱きついた。
「ちょ! ミサ! ダ! ダメだよ! 女の子が無闇に男に抱きついたりしちゃ!」
 と大慌てで言った。
「そうなの……。ごめんなさい。和人が嫌ならもうしないわ」
 と寂しそうに言った。
「その、嫌じゃないんだよ。そう、嫌じゃない」
 と和人。
 ミサはどうしたらいいか分からないという表情で、和人を見つめていたが、
「そうそう。非常食だけど朝食にしようよ。僕もまだだから一緒に食べよう」
 と微笑んだ。
「うん! 食べる! 私、お腹、ペコペコなの」
「じゃあ、こっち。台所はこの廊下の奥なんだ」
 とミサの手を引っ張って、連れて行こうとしたが、
「そのう……。そこは窓は全部、外から見えないようになってるかな……」
 と不安そうに言った。
「あっ! そう言えば、台所は火を使う場所だから段ボールを貼ってないな」
 と言うと、
「そうなのね……」
と俯いた。和人は少し考えて、
「なら、すぐに僕の部屋に行こう。部屋で待っていてくれたら、ご飯を持っていくから」
 ミサは不安そうに、
「そこにも窓があるの……?」
 と聞いた。
「大丈夫。僕の部屋の窓は雨戸がついていて、台風前に締め切っているから、外からは一切見えないよ」
「本当に。よかった」
 と自分の豊かな胸に手を当てて、大きく息を吐いた。
「さあ、こっちだよ」
 とミサの手を引いて自分の部屋へ向かった。二人は階段を上って行った。

──2──

 階段を上り切ると、ドアが三つあった。
「ここだよ」と和人は階段から一番近いドアを開けてミサを部屋に入れた。
 台風に備えた後は、特に何もすることがなかったので、部屋の掃除をやったのがよかった。まだ、雨戸も開けていないので、明かりを付けなければ真っ暗な部屋であった。
 自動的に電灯が点く。その部屋には普段は和人が使っているであろう、布団が部屋の真ん中にあり、その枕元には本や端末やメモやらペンなどが転がっていた。それでも足の踏み場がないという訳ではなく、まあまあ整理された部屋である。
「いつもはもう少し汚い部屋かもな。ははは」
 と照れながら言った。
「ちょっと待ってて。今からご飯を持ってくるから」
 と和人は自室を出で台所へ向かった。
 台風に備えるために用意した、菓子パンとサンドウィッチ多数と、飲み物はコップ二つと牛乳パックを、大き目のお盆に載せて運ぶ。
 大き目のお盆を一度、床に置いた。右手で自室の扉を開ける。
 ミサは和人の掛け布団の上で、すでにぐっすりと眠っていた。
「寝ちゃったか。どうしよう……」
 床に置いたお盆を持ち上げる。部屋へ入ってパンの載ったお盆を畳に置いた。
 一人用の卓袱台(ちゃぶだい)の足四つを開く。この卓袱台は少し前に流行っていた昭和時代の復刻商品で、一人で使うには使いやすそうなので、値下がりをしていたこの商品を、ネットで購入したのだった。
 足を四本立てた卓袱台の上に運んで来た二人分の朝食を置くと、和人はよく眠っているミサの側に座った。
 高い身長とスラリと伸びた白く綺麗な足のせいで、普通のスカートがミニでタイトに感じてしまう。色白の肌に長くて艶のある髪と、細目の身体なのに大きく盛り上がった胸が呼吸で上下している。そして何よりもこんなに美しい顔立ちの女の子は一度も見たことがない。
「どうしよう。さすがに身体を触っちゃダメだよね」
 と近くにある電子書籍の古い端末を持ち、
「ミサ。食事を持ってきたよ」
 と優しく端末で腕を突いたが、全く起きる気配がない。
「どうしよう。困ったな」
 肩を持って揺らそうかとも思ったが、何だか自分みたいな男が、こんなに美しい女の子の身体に触れるのは、とてもよくないことのように思えたのだった。
 仕方がないので、出来るだけ優しく静かに耳元で、
「ミサ。ミサ。起きてよ。ミサ」
何度もそれを繰り返すと、
「ううん……」と身体をくねらせながら、ゆっくりと目を開けた。
「ミサ。よかった。食事を持って来たから食べなよ。食べてから布団の上じゃなくて、布団の中で何時間も寝るといいよ」
 と和人は言った。
 ミサはまだ、今にもその場で寝てしまいそうな状態だったが、お腹のところに手を当てて、
「実は凄くお腹が空いていたの」
 とゆっくりと立ち上がって、復刻版の卓袱台の上にある、菓子パンとサンドウィッチと、牛乳が注がれたコップのところへ行き正座で座った。
「正座はツラいだろうから、少し足を崩すといいよ」
 と言うと、
「うん……」と長い足を少し斜めにして座り直した。
 和人はミサの向かいに座ったが、
「和人。もし、よかったら私の隣りに座ってくれないかしら」
 と少し頭を傾けながら言った。
「えっ。そうかい……」
 和人はミサの隣りに座った。隣りと言っても二十センチは離れている。
「じゃあ。頂きます」と和人が手を合わせていると、ミサは菓子パンを握っていた。少し沈黙があって、
「それはどうやるの?」
 と掴んでいた菓子パンを卓袱台にまた置いて、胸の前で手を合わせた。
「そうそう。そうやって『頂きます』って言うんだ」
「分かったわ」
 ともう一度、胸の前で手を合わせ直して、
「頂きます」
 と言い、さっき掴んだ菓子パンを取った。その間に、和人は一リットルの牛乳パックを持ち上げて、ミサのコップに注いだ。
「ありがとう。和人」
「自分の分を注(そそ)ぐついでだから」と言った。
「ありがとう」と言われたことが嬉しくて少し照れた。
 ミサは上品な食べ方であったが、黙ったままひたすら食べ続けた。
 菓子パンはアッという間に食べ終えると、すぐにサンドウィッチに手を伸ばした。そのサンドウィッチを食べながら、牛乳を一気に飲み干すと、また菓子パンを掴み、
「あのう……。食べていいかな?」
 と和人に尋ねた。
 もちろん、否定出来るはずもなく、
「よかったら全部食べていいよ」
 と言うと、
「ありがとう。頂きます」
 と二つ目の菓子パンを齧った。
 結局、ミサは菓子パン二つとサンドウィッチ二つを食べ終えて、和人が教えた通りに、
「ご馳走様でした」
 と手を合わせた。
 結局、和人は菓子パン一つしか食べることが出来なかった。
「ああ。お腹いっぱいだわ……」
 と自分のお腹を擦りながらも、すでにミサの目蓋(まぶた)は閉じて来ており、首の力が抜けてだらりとし始めた。
「ミサ。もう、限界だろう? ほら、早く布団の中に入りなよ」
 と和人は掛け布団を持ち上げて言った。
「ありがとう……」
 と小声で答えると立ち上がり。和人が持ち上げた布団の中に入って行った。布団に入ったミサは、すぐに寝息を立てた。
「台風の強い雨風の中、一人で必死に逃げて来たのだから、疲れて当然だよな」
 と静かに掛け布団をミサにかけた。
 和人は静かに部屋を出て行き、階段を下りて行った。そして下り切った時、
「ミサの合羽を僕の部屋で干すか。それと牛乳とコップを台所に持っていかないと」
 と独り言を言った。

──3──

「う~ん」
 とミサは目を覚ますと背伸びをした。そこはお腹いっぱいにパンをご馳走になった部屋だった。卓袱台はそのままに置かれていて、菓子パンやスナック菓子そして缶ジュースが追加で置かれている。
 部屋を見渡すと、ミサが逃げるために施設で奪った合羽が、綺麗に洗濯されて部屋干しされていた。
 時計を見ると午前九時を過ぎていた。
「二十時間も寝ていたんだ……」
 そしてトイレに行きたくなっていた。
「和人は……?」
 身体を起こすと、その部屋を出る。
「和人。和人」
 と言いながら、ゆっくりと階段を下りて行く。
「やあ。起きたかい。お早う」
 と階段の下には和人の笑顔があった。
「和人!」とミサは勢いよく階段を下りた。
「おいおい。そんなに早く下りたら危ないよ」
 と和人。
「ごめんなさい」
 とミサ。
「よく寝ていたからね。取り敢えずトイレだよね」
 とミサをそこまで連れて行こうとした時である。
「和坊(かずぼう)。お前さんが話していた困っている同級生って、この子かい」
 と短髪で白髪そして髭も白い老人が立っていた。
 ミサは凄く驚いたが、
「あ! あの! お早うございます!」
 と深く頭を下げた。
「じいちゃん、話は後々。ミサ、トイレなんだ」
「おっ。これはすまんな。ささ、早く行きな」
 と身体を横にして通り道を作った。
「ありがとうございます。失礼します」
 とミサは廊下先のトイレに入った。
 トイレから出ると、
「まあ、取り敢えず、飯だな。わしらはもう済ませた。家族を失ってから何者かに追われているそうじゃな。気の毒なことじゃのう。ささ、和坊の部屋にいなさい。和坊に朝食を持って行かせるからのう」
 と優しくミサに行った。
「はい。ありがとうございます」
 と深く頭を下げて、階段を上ろうとすると、
「和坊。凄いベッピンさんじゃないか。お前、なかなかやるのう」
 と感心している和人の祖父の声が聞こえた。
「何を言ってんだよ。そんなんじゃないからな!」
 と和人は怒っているようだった。
 ミサが二階の和人の部屋で座って待っていると、
「ごめんよ。うちのじいちゃんが変なことを言って」
 ご飯と味噌汁といくつかのおかずが載ったお盆を運んで来た。
「さあ、食べてよ。おかわりも持ってくるから」
 と和人は微笑んだ。
「ありがとう。ところでさっき、おじいさんが私のことを『同級生』って言っていたけど……?」
 と聞いた。
「あ! ああ。あれね。実は本当のことをじいちゃんに話しても、怪しまれるだけだと思ってさ。ミサは僕のように両親を事故で亡くしてから、理由は分からずに変な連中から追われている同級生ってことにしたんだ」
「そうなのね」
 とミサは微笑んだ。
「だから、台風のどさくさに紛れて、追ってくる連中から逃げて来た、ってことにしたんだよ」
 少しミサは考えてから、
「その方が和人はいいのかしら?」
 と訊いた。
「だってそうだろう。台風の後に物置小屋に見ず知らずの女の子がいて、困っているようだから助けましたって、誰が信じるんだい」
 と和人は明るく話した。
「確かにそうよね。フフフッ」
 とミサは笑った。
 朝食を並べ終わると、
「さあ、どうぞ」
 と和人。
「頂きます」とミサは食べようとしたが、箸を摘むと困惑した。
「これはどうやって使うの?」
 これには和人は驚いた顔をした。
「ミサは箸が使えないのかい」
「ええ。ごめんなさい……」
 と俯いた。
「ミサ。別に怒っている訳じゃないんだよ。同級生ってことになっているのに、箸が使えないなんてどう考えても不自然だからさ」
「確かにそうね。どうしよう……」
 と暗い表情になった。
「ちょっと待ってて」
 と和人は部屋を出ていった。しばらくして戻ってきた和人の右手には箸があった。
「ちょっと大変かもしれないけど、箸を持つ練習をしようよ」
 と和人は言った。
「うん。分かった」
 和人は持ち方をミサに見せた。ぎこちない持ち方を直そうと、ミサの右手に触れると、
「ごっ! ごめん。むやみ触っちゃダメだよね」
 と申し訳なさそうに慌て出した。
「いいの……。和人なら私を自由に触っていいから」
 と微笑んだ。
「そんな! からかわないでよ。自由に触れ、だなんて。手しか触らないから」
 と益々、慌て出した。
 当然だが、持ち方が分かっても動かすとぎこちない。掴みやすい漬物を掴むのも一苦労である。
「スプーンとフォークを持ってくるよ。でないと食べられないからね」
 と和人が立ち上がると、
「待って和人。この食事も、これからの食事も、ずっと箸を私は使うわ。私、少しでも早く使えるようになって、和人のおじいさんと三人で、ご飯が食べたいわ」
 と首を少し傾けて微笑んだ。
 和人はしばらくの間、ミサのその表情に見とれていたようで動かなくなった。
 ぼんやりしている和人を見たミサは、
「どうしたの? 和人、どうしたの?」
 と話しかけた。
「あ。ああ! いや、その……。そうそう。このご飯を食べ終わったら、ミサの物を買いに行こうよ」
 と言った。
 するとミサは明らかに態度が変わり、身体を少し震えさせ、
「外に行くのは嫌……。特に昼間は嫌よ……」
 と自分の豊かな胸を隠すように腕を組んで、震え怖がった。
 和人は目を空中に泳がせ、考えを巡らせたようで、
「なら夜に出かけよう。僕は小さなスクーターを持っているんだよ。小さいけど二人乗りが出来るヤツなんだ。バイクなら目立たないし、ヘルメットを被るから顔も分からないし」
 と出来るだけ明るく答えた。
「やっぱり、絶対に行かないといけないかしら……」
 と俯く。
「そうだな。出来たら行った方がいいかもな。なんせ、僕は女性の下着なんて全然分からないし」
 と思わず、ミサの大きな胸を見た。
 ミサは自分の胸に手を当てた。
「ごっ、ごめん! ちょっと視線がイヤらしかったよね。ごめん……」
 と慌てたが、
「ううん。和人なら見てくれてもいいし、見せてもいいよ」
 と言った。
 動揺が隠せない和人だったが、
「それはダメだよ。なんせ、うちにはじいちゃんがいるし。別にじいちゃんがイヤらしいことをしたりはしないけど、その……」
「その……。なにかしら?」
「僕がミサの胸をじいちゃんに見られるのが嫌なんだ」
 とはっきりと言った。
 ミサはクスリと笑い、
「分かったわ。私、和人の言う通りにするわ」
 と言った。
 二人の間に少し間が空いた。気まずくなったのか、
「さあ、ご飯を食べなよ。ゆっくりでいいからさ」
 と和人は言った。
 時間をかけて食事を済ませたミサは「眠い」と言ってまた布団の中に入った。
 それから寝続けて起きたのは午後七時だった。
「ミサ。よく寝ていたね」
「ごめんなさい。私、疲れているのかしら……」
「そうかもしれないよね。どうする? 今日は買い物に行くのはやめておくかい?」
 と言ったが、
「ううん。今日、行くわ。出来るだけ早めに済まして、和人の迷惑にならないようにしたいから」
「分かったよ。ならバイクの後ろだからスカートはマズいんで、僕のスエットを履きなよ。今日だけだからさ」
 と紺色の古い感じのスエットを出した。
 ミサは布団から出て、和人の眼の前で着替えようとした。
「ちょ! 出るから! 部屋から出るから待って!」
 と揃いの上のスエットも用意して、男物の黒のジャンバーと、男物の黒の靴下を用意して急いで出ていった。
 
つづく

登場人物。

九条亮介(くじょうりょうすけ)
 世界に五人しかいないSランクシークレットエージェント。通称SSA(エス・エス・エー)の工作員。この特別な資格は例えば、機密文章閲覧の自由や、相手が死刑や終身刑に値する者なら殺人許可も下りる。
ただし亮介はある事情からSSAの資格を持ちながら、世界でこの資格を持つ五人の中で唯一、一人だけ狭い日本でのみ仕事を行っていた。二十八歳。  

柏木ミオ(かしわぎみお)
 現在、中学三年生。亮介が後見人になっている親友の一人娘。受験を控えているので、亮介としては出来るだけ勉強に集中して欲しいと思っている。コンピュータやネット関係に強く知識はトップクラス。

古賀美佐(こがみさ)
 三十五歳の離婚歴のある女性。三歳の一人娘がいる。二年前から熊本県にある廃村に建設されたセカンドサピエンス培養工場に勤めている。普段は見回りと日誌を書くだけの簡単な仕事にも関わらず給料が高く、今回の事件が起きるまではこんな楽な仕事はないと思っていた。

セカンドサピエンス・ナンバー『A111989』
古ガミサ
 見た目の年齢は一六歳くらい。美しい顔立ちで、大きな目とそれにぴったりの輝く瞳。鼻の高さはちょうど良く、口元のバランスは大き過ぎず小さ過ぎない。髪はダークブロンド。白人とアジア系のハーフに見える。
 身長は一七〇センチ。大きく形の良い胸と大きめの腰に、スラリと長い足が特徴。美佐の合羽と身分証明書を持って逃亡。『古ガミサ』と名乗る。武田和人のことを「和人」と呼ぶ。

武田和人(たけだかずと)
 背は一六八センチ。ミサよりも少し小柄。筋肉質の身体の持ち主。年齢は十七歳である。両親は他界し、祖父と二人暮らし。『古ガミサ』のことを「ミサ」と呼ぶ。一人称は「僕」。

武田和人の祖父。
体格は和人と同じくらいだが、短髪で白髪そして白い髭の老人。自分のことを「わし」と言う。祖父は和人のことを「和坊(かずぼう)」と呼ぶ。和人は祖父のことを「じいちゃん」と呼ぶ。和人の唯一の家族。

2022年11月18日

※この小説へのご意見・ご感想・誤字脱字・等がありましたら、お気軽にコメントして下さい。お待ちしています。

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