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日常
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真雪は同じような一日を何回も送る。くだらないいたずらをしてから何度目かの一日。
朝方に一度真雪は目を覚ましたが、寝たばかりだし、なにより肌寒かったので、起きずにまた寝た。
真雪が次に起きたとき、午後二時を過ぎていた。カーテン越しに日光が入り、部屋の中は活動できるくらいには暖かい。真雪は体にかかった布団を蹴り飛ばした。
真雪は下半身に目をやった。勃っている。なにもせずにいれば収まるだろうが、むらむらした気持ちもあったので、真雪は抜くことにした。
寝そべったまま、右手で性器を握る。寝巻きの上をたくしあげて、胸を露出させた。左手で乳首をいじる。
「はあ……」
股間の固かった中心は熱を持っている。特に性的な夢を見たわけでもなかった。前回自慰をしてから少し間が空いたからかもしれない。気分は落ち込むことの多い毎日だが、性欲は落ちなかった。
真雪はまもなく射精した。だるそうに起き上がって、ティッシュを取りにいく。精液を拭い取って、ついでに着替えることにした。
着替えるといっても、寝巻きから部屋着に着替えるだけなので、見た目はそう変わらずだらしないままだ。真雪はスウェットの上下を着た。
かすかに物音がした気がした。隣に誰かいるのかと思って、真雪は部屋に開いた穴をのぞいた。
夏尋がいる。大学に行っているものかと思っていたが、家にいたらしい。
夏尋は、机の前の椅子に腰掛けていた。穴からは、机と椅子と夏尋が横向きに見える。
夏尋の手は机の上でペンを握るのではなく、机の下に下がっていた。体が少し前に傾いている。
なにをしているのだろうと思っていたら——夏尋も自慰をしていた。
夏尋が隣にいる状況で真雪が抜いたのだけでも気まずいのに、タイミングがかぶって、真雪は余計気まずく感じた。今回はアダルトビデオを流していたわけではないから、偶然被ったのだろう。真雪は穴を見るのをやめた。
腹が空いているが、夏尋がいるので部屋の外に出づらい。また顔を合わせることになるのは嫌だった。
真雪はしかたなく、その辺に放り投げていた漫画雑誌をぺらぺらとめくり始めた。もうすでに読んだことがあり、目新しさはない。金がないので、新しいものを買う気も起きず、こうしてふとしたときに読んでいる。
午後三時前頃だろうか、隣の部屋から扉の開け閉めする音が聞こえた。続いて階段を下る音が聞こえて、家の中は静かになる。穴をのぞくと、夏尋の姿はない。夏尋は出かけたようだった。
これ幸いと真雪はキッチンに行った。
冷蔵庫を探ると、昨晩の残りの肉じゃががある。冷凍庫には白米の冷凍したものがあったので、レンジで解凍した。
戸棚にインスタントの味噌汁がある。お湯を沸かして味噌汁も用意した。
肉じゃが、白米、味噌汁。腹が減っていたので、真雪はぺろっと腹に入れた。
シンクには、家族が朝食を食べた皿が水につけて置いてある。真雪は、それらに混ぜるようにそっと食器をシンクに置いた。
真雪は次に、タオルを持って脱衣所に向かった。真雪は少し潔癖症ぎみなところがあり、毎日の風呂は欠かさない。家から出ないのに、と自嘲するが、風呂に入らないと自分が汚く思えて気持ち悪くなるからだった。
浴室に入って、シャワーを出す。真雪は頭からシャワーを浴びた。
シャンプーや洗顔料などは家族のものを使っている。真雪専用のものはない。父親の使っているものと、夏尋の使っているものを交互に拝借していた。
シャワーをさっと浴び終えて、素早く服を着る。洗面所で髪の毛をタオルで軽く乾かしてから、自室に戻った。
自室以外での活動は、すばやく済ませるに限る。両親は朝に仕事へ出掛けて夕方に帰ってくるが、夏尋は大学生だからか不規則だ。家を出るのが遅かったり、家と大学が近いので、空きコマにふらっと帰ってきたりすることがある。そういうときに鉢合わせするのを防ぐために、真雪はあまり自室から出ないように、ひっそり息を潜めて生活している。
真雪は家族の帰ってくる夕方まで、ぼうっとしながら過ごしていた。自分の自由にできる時間なのに、もったいないなと思う。でも、やる気が起きないのだ。そうして真雪は、無為な時間を送る。自分と同じ年齢の人間はいまも働いているんだろうな、と罪悪感と無力感に浸りながら時間が流れていくのが真雪の毎日だ。
夜七時過ぎ。家族が夕食をとる時間だ。真雪は、自室の扉をそっと開けた。
扉の前に、食事の載った盆がある。家族が部屋の前まで毎晩持ってきてくれるのだった。真雪は静かに食事を持って自室に戻る。
真雪はローテーブルの上で夕食を食べ始めた。今日のメインは豚のしょうが焼きだ。少し冷め始めたそれを白米と一緒に口に入れる。
自分一人の食事にも真雪はもう慣れた。家から出ないし、部屋からも出ないから、誰かと食事をするというのは久しくしていない。寂しいという感覚はなかった。すっかり当たり前になっていた。
食べ終えて、真雪は食事の盆を部屋の外に置く。こうしておけば、あとで家族が食器を取りにくる。
三十分ほどすると、隣で物音が聞こえた。部屋の穴をのぞくと、隣の部屋に夏尋がいる。寝巻きを着て、首にはタオルをかけていた。風呂上がりらしい。夏尋はベッドに腰掛けて、スマートフォンをいじり始めた。
真雪は穴から顔を離して、穴そのものを見つめた。夏尋の寂しがりが治っても、なぜか塞がずにそのままになっている穴。兄弟の仲がよかった頃は、穴があっても特に気にならなかった。
真雪は穴のふちをそっとなぞった。わずかに空気の流れのようなものを感じる。真雪の部屋の空気が夏尋の部屋に流れているのか、その逆か。ひきこもっている真雪の部屋だが、ここだけ外界に繋がっているとも言えた。
外界に繋がっているといっても、この穴を通じて夏尋とコミュニケーションを取ることはない。確認のために時々のぞいたり、隣がうるさかったらいらいらしたり、その程度だ。他人がそばにいる状況は、真雪にとってはストレスのほうが大きい。
それに、これがあるせいで真雪は夏尋の勉強を音で邪魔するという嫌がらせをした。日にちが経って冷静になってみると、くだらないことをしたなと真雪は自分でも思った。
穴があるために、真雪は自分の加害性を知った。自分はこんなに嫌な人間だったか、と真雪はショックを受けた。真雪の生活圏で唯一外とのつながりがある場所を、真雪はそういうふうに使う。
真雪は、自分が誰かと関わっていいような人間だと思えなくなっていた。
一人でいるべきなのだ。
でも、ほんとうに一人では生きられない。いまだって、家族に依存していなければ、こうして生きてはいられないのだ。
真雪は自分が情けなかった。
朝方に一度真雪は目を覚ましたが、寝たばかりだし、なにより肌寒かったので、起きずにまた寝た。
真雪が次に起きたとき、午後二時を過ぎていた。カーテン越しに日光が入り、部屋の中は活動できるくらいには暖かい。真雪は体にかかった布団を蹴り飛ばした。
真雪は下半身に目をやった。勃っている。なにもせずにいれば収まるだろうが、むらむらした気持ちもあったので、真雪は抜くことにした。
寝そべったまま、右手で性器を握る。寝巻きの上をたくしあげて、胸を露出させた。左手で乳首をいじる。
「はあ……」
股間の固かった中心は熱を持っている。特に性的な夢を見たわけでもなかった。前回自慰をしてから少し間が空いたからかもしれない。気分は落ち込むことの多い毎日だが、性欲は落ちなかった。
真雪はまもなく射精した。だるそうに起き上がって、ティッシュを取りにいく。精液を拭い取って、ついでに着替えることにした。
着替えるといっても、寝巻きから部屋着に着替えるだけなので、見た目はそう変わらずだらしないままだ。真雪はスウェットの上下を着た。
かすかに物音がした気がした。隣に誰かいるのかと思って、真雪は部屋に開いた穴をのぞいた。
夏尋がいる。大学に行っているものかと思っていたが、家にいたらしい。
夏尋は、机の前の椅子に腰掛けていた。穴からは、机と椅子と夏尋が横向きに見える。
夏尋の手は机の上でペンを握るのではなく、机の下に下がっていた。体が少し前に傾いている。
なにをしているのだろうと思っていたら——夏尋も自慰をしていた。
夏尋が隣にいる状況で真雪が抜いたのだけでも気まずいのに、タイミングがかぶって、真雪は余計気まずく感じた。今回はアダルトビデオを流していたわけではないから、偶然被ったのだろう。真雪は穴を見るのをやめた。
腹が空いているが、夏尋がいるので部屋の外に出づらい。また顔を合わせることになるのは嫌だった。
真雪はしかたなく、その辺に放り投げていた漫画雑誌をぺらぺらとめくり始めた。もうすでに読んだことがあり、目新しさはない。金がないので、新しいものを買う気も起きず、こうしてふとしたときに読んでいる。
午後三時前頃だろうか、隣の部屋から扉の開け閉めする音が聞こえた。続いて階段を下る音が聞こえて、家の中は静かになる。穴をのぞくと、夏尋の姿はない。夏尋は出かけたようだった。
これ幸いと真雪はキッチンに行った。
冷蔵庫を探ると、昨晩の残りの肉じゃががある。冷凍庫には白米の冷凍したものがあったので、レンジで解凍した。
戸棚にインスタントの味噌汁がある。お湯を沸かして味噌汁も用意した。
肉じゃが、白米、味噌汁。腹が減っていたので、真雪はぺろっと腹に入れた。
シンクには、家族が朝食を食べた皿が水につけて置いてある。真雪は、それらに混ぜるようにそっと食器をシンクに置いた。
真雪は次に、タオルを持って脱衣所に向かった。真雪は少し潔癖症ぎみなところがあり、毎日の風呂は欠かさない。家から出ないのに、と自嘲するが、風呂に入らないと自分が汚く思えて気持ち悪くなるからだった。
浴室に入って、シャワーを出す。真雪は頭からシャワーを浴びた。
シャンプーや洗顔料などは家族のものを使っている。真雪専用のものはない。父親の使っているものと、夏尋の使っているものを交互に拝借していた。
シャワーをさっと浴び終えて、素早く服を着る。洗面所で髪の毛をタオルで軽く乾かしてから、自室に戻った。
自室以外での活動は、すばやく済ませるに限る。両親は朝に仕事へ出掛けて夕方に帰ってくるが、夏尋は大学生だからか不規則だ。家を出るのが遅かったり、家と大学が近いので、空きコマにふらっと帰ってきたりすることがある。そういうときに鉢合わせするのを防ぐために、真雪はあまり自室から出ないように、ひっそり息を潜めて生活している。
真雪は家族の帰ってくる夕方まで、ぼうっとしながら過ごしていた。自分の自由にできる時間なのに、もったいないなと思う。でも、やる気が起きないのだ。そうして真雪は、無為な時間を送る。自分と同じ年齢の人間はいまも働いているんだろうな、と罪悪感と無力感に浸りながら時間が流れていくのが真雪の毎日だ。
夜七時過ぎ。家族が夕食をとる時間だ。真雪は、自室の扉をそっと開けた。
扉の前に、食事の載った盆がある。家族が部屋の前まで毎晩持ってきてくれるのだった。真雪は静かに食事を持って自室に戻る。
真雪はローテーブルの上で夕食を食べ始めた。今日のメインは豚のしょうが焼きだ。少し冷め始めたそれを白米と一緒に口に入れる。
自分一人の食事にも真雪はもう慣れた。家から出ないし、部屋からも出ないから、誰かと食事をするというのは久しくしていない。寂しいという感覚はなかった。すっかり当たり前になっていた。
食べ終えて、真雪は食事の盆を部屋の外に置く。こうしておけば、あとで家族が食器を取りにくる。
三十分ほどすると、隣で物音が聞こえた。部屋の穴をのぞくと、隣の部屋に夏尋がいる。寝巻きを着て、首にはタオルをかけていた。風呂上がりらしい。夏尋はベッドに腰掛けて、スマートフォンをいじり始めた。
真雪は穴から顔を離して、穴そのものを見つめた。夏尋の寂しがりが治っても、なぜか塞がずにそのままになっている穴。兄弟の仲がよかった頃は、穴があっても特に気にならなかった。
真雪は穴のふちをそっとなぞった。わずかに空気の流れのようなものを感じる。真雪の部屋の空気が夏尋の部屋に流れているのか、その逆か。ひきこもっている真雪の部屋だが、ここだけ外界に繋がっているとも言えた。
外界に繋がっているといっても、この穴を通じて夏尋とコミュニケーションを取ることはない。確認のために時々のぞいたり、隣がうるさかったらいらいらしたり、その程度だ。他人がそばにいる状況は、真雪にとってはストレスのほうが大きい。
それに、これがあるせいで真雪は夏尋の勉強を音で邪魔するという嫌がらせをした。日にちが経って冷静になってみると、くだらないことをしたなと真雪は自分でも思った。
穴があるために、真雪は自分の加害性を知った。自分はこんなに嫌な人間だったか、と真雪はショックを受けた。真雪の生活圏で唯一外とのつながりがある場所を、真雪はそういうふうに使う。
真雪は、自分が誰かと関わっていいような人間だと思えなくなっていた。
一人でいるべきなのだ。
でも、ほんとうに一人では生きられない。いまだって、家族に依存していなければ、こうして生きてはいられないのだ。
真雪は自分が情けなかった。
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