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交渉
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真雪は部屋の外に出た。数歩歩いて隣の部屋の扉の前に立つ。そこで深呼吸をした。こんなことをするのは、いつぶりだろうと思った。
真雪は、震えた拳でその扉をノックした。数秒して、「どうぞ」と驚いたような声が部屋の中から聞こえる。
真雪は夏尋の部屋の扉を開けた。胸がどっ、どっと大きく跳ねる。真雪から家族に声をかけるなんて、ひきこもりになってから初めてのことだった。
真雪が部屋の中を見たとき、夏尋は椅子から立ち上がるところだった。びっくりした顔で真雪を見つめている。
夏尋の部屋に入って正面の壁際には、机が置いてある。穴のある壁は向かって左だ。ベッドは右の壁に接するように置いてある。
「真雪……。びっくりした」
夏尋は笑みを浮かべて真雪のほうに歩いてきた。向いになって立つと、夏尋のほうが少し背が高い。夏尋は高校時代に運動部だったからか、体格も真雪よりよかった。
夏尋はわずかに首を傾けて真雪を見つめてくる。
「真雪。どうしたの」
夏尋の口調は、猫や子どもに対して喋るように甘いものだった。真雪には、それがこちらを軽んじているように聞こえる。
真雪はぶっきらぼうに言った。
「交渉」
「交渉?」
真雪は大きく深呼吸した。
「お前が僕になにか望みがあるなら、叶えてやる。その代わり、金をその分寄越せ」
「……」
夏尋は目をぱちくりさせた。そのあと、緊張した面持ちになる。
「お金を払えば、真雪が俺の頼みを聞いてくれるってこと?」
「そう」
真雪が答えると、夏尋は考え始めた。
夏尋は話に乗ってきている。誰でもいいから男の痴態が見たいだろうからと思って言ってみたが、うまくいきそうだ。
真雪は精神の安定に金が必要だと思っていた。そして、それが得られそうなところを考えてみて、思いついたのが夏尋だった。
夏尋はあごを引いて、上目遣いで真雪を見てきた。
「じゃあ……真雪が抜いてるところを目の前で見たいっていうのは?」
真雪は顔をしかめそうになったが、そういう方向でくるだろうというのは予想していた。真顔に努める。
「一回一万」
「うん。払う」
夏尋はうなずいた。真雪の想像以上にうまくいった。金の心配が少し減って、真雪は胸をなで下ろした。
「支払いは電子マネーな」
「わかってる」
夏尋は、真雪に金を払うことにすっかり慣れているようだった。
交渉が済んだので、真雪は部屋に戻ろうとした。
「あ、あの、真雪……」
「なに」
夏尋が引き留めてきて、真雪は足を止める。
真雪が夏尋をじっと見ると、夏尋は言いにくそうに話してきた。
「その……目の前で抜くっていうの、いま頼むこと、できる……?」
さっそくか、と真雪は思った。真雪の想像以上に夏尋は性的な欲求不満があるらしい。
「すぐ一万払えるなら」
「いま送る」
夏尋はスマートフォンを操作した。真雪が自分のスマートフォンを見ると、送金の通知が来ている。その性急さに、真雪はなんともいえないものを感じた。
「じゃあ……」
真雪はラグの上に腰を下ろす。スマートフォンでアダルト動画を探す。
人前で自慰をするのは初めてだ。部屋でしているときに実は夏尋には見られていたらしいが。
いまの気分に合いそうな動画を見つけて、それを流すことにした。イヤホンは持ってきていないので、スマートフォンのスピーカーからそのまま流す。
小さい画面の中で、男優が女優の水着を脱がし始める。わずかに肌の一部分を隠していた布が、剥ぎ取られていく。
女優が裸になって、真雪の中心に熱がこもり始める。真雪は服の中から陰茎を取り出した。
夏尋は、真雪から一メートルほど離れた後ろで真雪を見ていた。動画の内容もおそらく見えている。
男優の手が女優の胸と恥部をまさぐる。女優は体をくねらせながら悶える。
次に女優は、座っている男優の足元で膝立ちになった。男優の性器に口を這わせる。
口淫するにちゃにちゃという音がスマートフォンから聞こえる。真雪はそれに合わせて、陰茎を右手で扱く。
真雪の視界の端に、夏尋の姿がちらついた。夏尋は、少し真雪のほうに近づいてきたらしい。真雪は気が散ってくる。夏尋はどういう思いでこちらを見てきているのだろう。真雪には、男性を性的に見るということがわからない。真雪が画面の中の女優を見るふうに夏尋には見えるのだろうか。
はあ、と夏尋の吐息が聞こえてきて真雪はびくっとした。夏尋は、真雪のすぐ後ろまで近づいてきている。
気になって夏尋のほうを向くと、夏尋と目が合った。真雪はすぐにそらす。心臓がばくばくしていた。夏尋の瞳が熱っぽかったからだ。
ああいう目で見られたことは、真雪は人生で一度もなかった。あれは、どういう状態なのだろう。見られたこちらは不可解なような、どきどきするような……。
画面の中では、口淫を終えて、男優が女優に性器を挿入していた。真雪は画面の中に集中する。
膣の中はとろけるように気持ちいいんだろうな、と思いながら自分の陰茎を擦る。先走りが出てきて、ぬちゃぬちゃと音を立てた。
「っ、は……」
真雪の息が熱くなる。快感が上ってくる。画面の中の女優が強く突き上げられて、大きな声をあげた。
その瞬間、真雪は射精していた。目を閉じて荒く呼吸したあと、ゆっくり目を開く。人前だったが、うまくいってよかったと思った。
真雪がきょろきょろすると、ティッシュの箱が差し出された。夏尋が察したようだ。真雪はティッシュを取って精液を拭く。
「真雪……」
耳元で声がして、真雪は肩を強張らせた。動けない真雪に夏尋が言う。
「俺も真雪の前で抜いていい……?」
「は、いま? だめだ。僕が出ていってからにしろ」
真雪は夏尋から離れると、立ち上がって夏尋の部屋を出た。自室には戻らず、リビングに向かう。
とんとんとん、と階段を下りながら、真雪は呼吸を整えた。
弟なのに、あんなに色っぽい声を出すんだなと思った。真雪は誰とも性行為をしたことがない。画面越しではなく、実際に性的な吐息を聞いたのはこれが初めてだった。
冷蔵庫のお茶を飲んで、真雪はひと息ついた。ともあれ、金は稼げた。真雪は自分の体を見下ろした。家の中にいて動かないから、だらしなくなってきた体。それでも夏尋のような男好きには役に立つらしい。
真雪はスマートフォンを見た。電子マネーの残高を見て、安心する。金は思った以上に真雪の精神に安定をもたらす。真雪は、夏尋が自慰を終えただろう時間を見計らって、自室に戻った。
真雪は、震えた拳でその扉をノックした。数秒して、「どうぞ」と驚いたような声が部屋の中から聞こえる。
真雪は夏尋の部屋の扉を開けた。胸がどっ、どっと大きく跳ねる。真雪から家族に声をかけるなんて、ひきこもりになってから初めてのことだった。
真雪が部屋の中を見たとき、夏尋は椅子から立ち上がるところだった。びっくりした顔で真雪を見つめている。
夏尋の部屋に入って正面の壁際には、机が置いてある。穴のある壁は向かって左だ。ベッドは右の壁に接するように置いてある。
「真雪……。びっくりした」
夏尋は笑みを浮かべて真雪のほうに歩いてきた。向いになって立つと、夏尋のほうが少し背が高い。夏尋は高校時代に運動部だったからか、体格も真雪よりよかった。
夏尋はわずかに首を傾けて真雪を見つめてくる。
「真雪。どうしたの」
夏尋の口調は、猫や子どもに対して喋るように甘いものだった。真雪には、それがこちらを軽んじているように聞こえる。
真雪はぶっきらぼうに言った。
「交渉」
「交渉?」
真雪は大きく深呼吸した。
「お前が僕になにか望みがあるなら、叶えてやる。その代わり、金をその分寄越せ」
「……」
夏尋は目をぱちくりさせた。そのあと、緊張した面持ちになる。
「お金を払えば、真雪が俺の頼みを聞いてくれるってこと?」
「そう」
真雪が答えると、夏尋は考え始めた。
夏尋は話に乗ってきている。誰でもいいから男の痴態が見たいだろうからと思って言ってみたが、うまくいきそうだ。
真雪は精神の安定に金が必要だと思っていた。そして、それが得られそうなところを考えてみて、思いついたのが夏尋だった。
夏尋はあごを引いて、上目遣いで真雪を見てきた。
「じゃあ……真雪が抜いてるところを目の前で見たいっていうのは?」
真雪は顔をしかめそうになったが、そういう方向でくるだろうというのは予想していた。真顔に努める。
「一回一万」
「うん。払う」
夏尋はうなずいた。真雪の想像以上にうまくいった。金の心配が少し減って、真雪は胸をなで下ろした。
「支払いは電子マネーな」
「わかってる」
夏尋は、真雪に金を払うことにすっかり慣れているようだった。
交渉が済んだので、真雪は部屋に戻ろうとした。
「あ、あの、真雪……」
「なに」
夏尋が引き留めてきて、真雪は足を止める。
真雪が夏尋をじっと見ると、夏尋は言いにくそうに話してきた。
「その……目の前で抜くっていうの、いま頼むこと、できる……?」
さっそくか、と真雪は思った。真雪の想像以上に夏尋は性的な欲求不満があるらしい。
「すぐ一万払えるなら」
「いま送る」
夏尋はスマートフォンを操作した。真雪が自分のスマートフォンを見ると、送金の通知が来ている。その性急さに、真雪はなんともいえないものを感じた。
「じゃあ……」
真雪はラグの上に腰を下ろす。スマートフォンでアダルト動画を探す。
人前で自慰をするのは初めてだ。部屋でしているときに実は夏尋には見られていたらしいが。
いまの気分に合いそうな動画を見つけて、それを流すことにした。イヤホンは持ってきていないので、スマートフォンのスピーカーからそのまま流す。
小さい画面の中で、男優が女優の水着を脱がし始める。わずかに肌の一部分を隠していた布が、剥ぎ取られていく。
女優が裸になって、真雪の中心に熱がこもり始める。真雪は服の中から陰茎を取り出した。
夏尋は、真雪から一メートルほど離れた後ろで真雪を見ていた。動画の内容もおそらく見えている。
男優の手が女優の胸と恥部をまさぐる。女優は体をくねらせながら悶える。
次に女優は、座っている男優の足元で膝立ちになった。男優の性器に口を這わせる。
口淫するにちゃにちゃという音がスマートフォンから聞こえる。真雪はそれに合わせて、陰茎を右手で扱く。
真雪の視界の端に、夏尋の姿がちらついた。夏尋は、少し真雪のほうに近づいてきたらしい。真雪は気が散ってくる。夏尋はどういう思いでこちらを見てきているのだろう。真雪には、男性を性的に見るということがわからない。真雪が画面の中の女優を見るふうに夏尋には見えるのだろうか。
はあ、と夏尋の吐息が聞こえてきて真雪はびくっとした。夏尋は、真雪のすぐ後ろまで近づいてきている。
気になって夏尋のほうを向くと、夏尋と目が合った。真雪はすぐにそらす。心臓がばくばくしていた。夏尋の瞳が熱っぽかったからだ。
ああいう目で見られたことは、真雪は人生で一度もなかった。あれは、どういう状態なのだろう。見られたこちらは不可解なような、どきどきするような……。
画面の中では、口淫を終えて、男優が女優に性器を挿入していた。真雪は画面の中に集中する。
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「っ、は……」
真雪の息が熱くなる。快感が上ってくる。画面の中の女優が強く突き上げられて、大きな声をあげた。
その瞬間、真雪は射精していた。目を閉じて荒く呼吸したあと、ゆっくり目を開く。人前だったが、うまくいってよかったと思った。
真雪がきょろきょろすると、ティッシュの箱が差し出された。夏尋が察したようだ。真雪はティッシュを取って精液を拭く。
「真雪……」
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真雪は夏尋から離れると、立ち上がって夏尋の部屋を出た。自室には戻らず、リビングに向かう。
とんとんとん、と階段を下りながら、真雪は呼吸を整えた。
弟なのに、あんなに色っぽい声を出すんだなと思った。真雪は誰とも性行為をしたことがない。画面越しではなく、実際に性的な吐息を聞いたのはこれが初めてだった。
冷蔵庫のお茶を飲んで、真雪はひと息ついた。ともあれ、金は稼げた。真雪は自分の体を見下ろした。家の中にいて動かないから、だらしなくなってきた体。それでも夏尋のような男好きには役に立つらしい。
真雪はスマートフォンを見た。電子マネーの残高を見て、安心する。金は思った以上に真雪の精神に安定をもたらす。真雪は、夏尋が自慰を終えただろう時間を見計らって、自室に戻った。
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