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不幸
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スマートフォンが震えた。真雪はスマートフォンの画面を見た。夏尋から「見たい」と連絡が来ている。「一回一万」の交渉が成功してから、こうして夏尋から時々連絡が来る。どうしようか、と真雪は思った。「一回一万」が始まってから二ヶ月、夏尋から求められても真雪の気の乗らないときは応じていない。
真雪は自室であまり自慰をしなくなった。夏尋にのぞかれた場合は金にならないからだ。夏尋の前ですれば一万円になる。場所で値段が変わるなら、よりもらえるところでしたほうがいい。
真雪は、「いま?」と返信した。すぐに夏尋から「そう」と返ってくる。
午後六時。夕飯まで少し時間がある。
真雪は、夏尋の求めに応じることにした。「わかった」とメッセージを送って部屋を出る。
夏尋の部屋に入ると、夏尋がそわそわしながら真雪を待っていた。
「あ……お金は送ったから」
「そう」
真雪は夏尋を見ず、ラグの上に座った。左手でスマートフォンを手繰り、右手は性器を探る。
夏尋は真雪の斜め前に陣取った。やりづらいな、と真雪は思う。夏尋が視界に入ると集中しにくい。
「前にいると、しにくいんだけど」
「あ、あのさ」
夏尋がもじもじしながら言った。
「俺がスマートフォン持ってるよ」
「は?」
「真雪、一人でするとき胸触るよね?」
真雪は顔を赤くした。自慰をするとき、乳首をいじるのを夏尋は知っていたのだ。真雪は顔が火照るのを感じた。同時に、自慰を見られるのは恥ずかしくないのに、乳首をいじっていることを知られるのは恥ずかしいのはなぜだろうと思った。
夏尋は真雪が左手に持っていたスマートフォンを手に取って、真雪に画面が見えるように構えた。
「真雪はそのほうが気持ちいいんだよね? なら、俺がこうやってスマホ持ってるから、真雪は胸触ってよ」
「う……」
胸も刺激したほうが気持ちいいのは確かだ。真雪は迷った。
だが、真雪が答えないうちに、再生されていた動画が性器の挿入の部分に差し掛かる。
陰茎に熱が集まってくるのを真雪は感じた。止めていた右手を動かしたくてたまらなくなる。スマートフォンを奪い返すのも面倒だし、夏尋に委ねることにする。
「っ、は……」
左手で右の乳首を触った。甘い官能が駆け抜けていく。真雪は目を細めて、気持ちよさに浸った。
右手はすばやく陰茎を擦っている。こちらでも快感を得て、真雪は悶えた。
「あ、くっ……」
「真雪……」
夏尋が真雪の名前をつぶやいたので、真雪の集中が途切れる。真雪は夏尋をにらんだ。
夏尋は、はっとした顔をして気まずそうに目をそらしたが、また真雪をじっと見つめる。
この夏尋の視線に、真雪はいらいらするような、むずむずするような感覚を覚えていた。夏尋は、真雪の自慰を見るとき、こういう目をする。真雪はそれが鬱陶しかった。でも、鬱陶しさとは別に、むずむずするようなものも微かに感じて、真雪はそれがよくわからなかった。
画面の女優が激しく揺さぶられている。大きく揺れる胸がアップになった。
「っ、あ——」
真雪はそこで射精した。目を閉じて、はあとひと息つく。ティッシュで精液を拭いて、服を直した。
真雪は夏尋に手を差し出した。
「スマホ」
「あ、うん……」
夏尋はぼうっとしたような顔をしている。真雪は夏尋からスマートフォンを受け取ると、立ち上がった。
今月はもう二回自慰を見せてやっている。
よくそんな金があるな、と真雪は夏尋に思った。毎月三万に加えて、見せてやるたびに金が入ってくる。かなりの金額だが、夏尋は金を払うのを渋る様子はない。
こんなに兄にせびられても、まだ余裕があるらしい。あるいは、そんなに男に飢えているのか。
真雪は、金がある夏尋が憎くなってきた。働かないのが悪いと言われればそれまでだが、こんなことに金を出す夏尋を、真雪は軽蔑した目で見た。
夏尋と目が合う。夏尋はぽやんとした目をしている。真雪の視線の意味を理解していないようだ。このあとは、抜いて気持ちよくなるつもりなのだろう。
なんだか、夏尋ばかりいい目を見ている気がする。最初は真雪が脅していたはずなのに、いまでは夏尋も得をしている。真雪はむかむかしてきた。こっちは金がなくて精神的に参りそうなのに。
「お前は恥ずかしくないのか」
「え?」
夏尋は不思議そうに真雪を見てくる。
「俺は別に……」
「でも、ばらされたら嫌だろ」
「それは……」
夏尋の顔が強張る。真雪は少し胸がすっとした。
「ばらされたくなかったら、僕の言うことが聞ける?」
「う、うん」
夏尋は強くうなずいた。犬みたいに座ったまま真雪を見上げている。
真雪は口角を上げて、夏尋に言い放った。
「彼女を作れ。それで、部屋でセックスしてるところを見せろ」
「え……」
夏尋は呆然とする。
真雪は夏尋を傷つけたかった。自分のつらさに夏尋も引きずりこみたかった。
生の性行為が見たいという興味もある。そして、夏尋なら容易にできるんだろうなというひがみもあった。
夏尋は男性が好きだと言っていたが、外見は異性にも好かれそうである。やろうと思えばできるんだろうと真雪は思っていた。
夏尋は絶句して、視線を漂わせている。金を払うことにためらいのない夏尋でも、これは嫌なようだ。
同性愛者に異性と付き合えというのは、どれくらいの苦痛なのだろうと真雪は思った。苦しければ苦しいほど都合がいい。
夏尋は真雪を見てきた。
「彼女を作ってセックスしたら、真雪は満足するの?」
「ああ」
真雪は優越感を覚える。
夏尋は苦々しい表情をしている。
「それはやるからさ、あの、俺からも頼みというか……」
「?」
「もしそれができたら、キスさせてくれない?」
「キス? 誰に?」
「真雪に」
夏尋は真雪をじっと見て言う。夏尋は自分にキスがしたいのか、と真雪は不思議に思った。キスくらいなら、それこそ彼女を作れば夏尋なら簡単にできる気がする。そんなに男とキスがしたいのだろうか。
キスするなら、夏尋がまた得をする形になる。それに、真雪もキスとなるとさすがにためらう。
だが、夏尋は真雪の嫌がらせに応じると言っている。夏尋はきっと苦しむことになる。それなら、真雪が多少嫌なことを飲み込むくらいできる。キスと言ったって、唇が一瞬触れるだけだ。目をつむって我慢すれば終わる。加えて、夏尋が真雪の言うことを達成できたらの話だ。できなかったらキスすることもない。
「わかった」
真雪は了承した。
真雪は夏尋の部屋を出て、自室に戻った。
自慰を見せたあとは、夏尋が抜くので真雪は自室に戻らないことが多いが、いまは一階に親がいる。リビングに行けないので、しかたなく自室にいるしかない。
真雪は部屋の中で一人ほくそ笑んだ。今回の嫌がらせは夏尋には堪えるだろう。これまで得をしてきた夏尋への仕返しのつもりだった。
真雪は、自分を心底嫌な人間だなと思った。自分がつらいからと、他人も不幸に堕とそうとする。
そんなことをしても、少し気が晴れるだけで、真雪がほんとうに幸せになるわけではない。それでも、真雪は幸せな人間がどうしても許せなかった。
真雪は自室であまり自慰をしなくなった。夏尋にのぞかれた場合は金にならないからだ。夏尋の前ですれば一万円になる。場所で値段が変わるなら、よりもらえるところでしたほうがいい。
真雪は、「いま?」と返信した。すぐに夏尋から「そう」と返ってくる。
午後六時。夕飯まで少し時間がある。
真雪は、夏尋の求めに応じることにした。「わかった」とメッセージを送って部屋を出る。
夏尋の部屋に入ると、夏尋がそわそわしながら真雪を待っていた。
「あ……お金は送ったから」
「そう」
真雪は夏尋を見ず、ラグの上に座った。左手でスマートフォンを手繰り、右手は性器を探る。
夏尋は真雪の斜め前に陣取った。やりづらいな、と真雪は思う。夏尋が視界に入ると集中しにくい。
「前にいると、しにくいんだけど」
「あ、あのさ」
夏尋がもじもじしながら言った。
「俺がスマートフォン持ってるよ」
「は?」
「真雪、一人でするとき胸触るよね?」
真雪は顔を赤くした。自慰をするとき、乳首をいじるのを夏尋は知っていたのだ。真雪は顔が火照るのを感じた。同時に、自慰を見られるのは恥ずかしくないのに、乳首をいじっていることを知られるのは恥ずかしいのはなぜだろうと思った。
夏尋は真雪が左手に持っていたスマートフォンを手に取って、真雪に画面が見えるように構えた。
「真雪はそのほうが気持ちいいんだよね? なら、俺がこうやってスマホ持ってるから、真雪は胸触ってよ」
「う……」
胸も刺激したほうが気持ちいいのは確かだ。真雪は迷った。
だが、真雪が答えないうちに、再生されていた動画が性器の挿入の部分に差し掛かる。
陰茎に熱が集まってくるのを真雪は感じた。止めていた右手を動かしたくてたまらなくなる。スマートフォンを奪い返すのも面倒だし、夏尋に委ねることにする。
「っ、は……」
左手で右の乳首を触った。甘い官能が駆け抜けていく。真雪は目を細めて、気持ちよさに浸った。
右手はすばやく陰茎を擦っている。こちらでも快感を得て、真雪は悶えた。
「あ、くっ……」
「真雪……」
夏尋が真雪の名前をつぶやいたので、真雪の集中が途切れる。真雪は夏尋をにらんだ。
夏尋は、はっとした顔をして気まずそうに目をそらしたが、また真雪をじっと見つめる。
この夏尋の視線に、真雪はいらいらするような、むずむずするような感覚を覚えていた。夏尋は、真雪の自慰を見るとき、こういう目をする。真雪はそれが鬱陶しかった。でも、鬱陶しさとは別に、むずむずするようなものも微かに感じて、真雪はそれがよくわからなかった。
画面の女優が激しく揺さぶられている。大きく揺れる胸がアップになった。
「っ、あ——」
真雪はそこで射精した。目を閉じて、はあとひと息つく。ティッシュで精液を拭いて、服を直した。
真雪は夏尋に手を差し出した。
「スマホ」
「あ、うん……」
夏尋はぼうっとしたような顔をしている。真雪は夏尋からスマートフォンを受け取ると、立ち上がった。
今月はもう二回自慰を見せてやっている。
よくそんな金があるな、と真雪は夏尋に思った。毎月三万に加えて、見せてやるたびに金が入ってくる。かなりの金額だが、夏尋は金を払うのを渋る様子はない。
こんなに兄にせびられても、まだ余裕があるらしい。あるいは、そんなに男に飢えているのか。
真雪は、金がある夏尋が憎くなってきた。働かないのが悪いと言われればそれまでだが、こんなことに金を出す夏尋を、真雪は軽蔑した目で見た。
夏尋と目が合う。夏尋はぽやんとした目をしている。真雪の視線の意味を理解していないようだ。このあとは、抜いて気持ちよくなるつもりなのだろう。
なんだか、夏尋ばかりいい目を見ている気がする。最初は真雪が脅していたはずなのに、いまでは夏尋も得をしている。真雪はむかむかしてきた。こっちは金がなくて精神的に参りそうなのに。
「お前は恥ずかしくないのか」
「え?」
夏尋は不思議そうに真雪を見てくる。
「俺は別に……」
「でも、ばらされたら嫌だろ」
「それは……」
夏尋の顔が強張る。真雪は少し胸がすっとした。
「ばらされたくなかったら、僕の言うことが聞ける?」
「う、うん」
夏尋は強くうなずいた。犬みたいに座ったまま真雪を見上げている。
真雪は口角を上げて、夏尋に言い放った。
「彼女を作れ。それで、部屋でセックスしてるところを見せろ」
「え……」
夏尋は呆然とする。
真雪は夏尋を傷つけたかった。自分のつらさに夏尋も引きずりこみたかった。
生の性行為が見たいという興味もある。そして、夏尋なら容易にできるんだろうなというひがみもあった。
夏尋は男性が好きだと言っていたが、外見は異性にも好かれそうである。やろうと思えばできるんだろうと真雪は思っていた。
夏尋は絶句して、視線を漂わせている。金を払うことにためらいのない夏尋でも、これは嫌なようだ。
同性愛者に異性と付き合えというのは、どれくらいの苦痛なのだろうと真雪は思った。苦しければ苦しいほど都合がいい。
夏尋は真雪を見てきた。
「彼女を作ってセックスしたら、真雪は満足するの?」
「ああ」
真雪は優越感を覚える。
夏尋は苦々しい表情をしている。
「それはやるからさ、あの、俺からも頼みというか……」
「?」
「もしそれができたら、キスさせてくれない?」
「キス? 誰に?」
「真雪に」
夏尋は真雪をじっと見て言う。夏尋は自分にキスがしたいのか、と真雪は不思議に思った。キスくらいなら、それこそ彼女を作れば夏尋なら簡単にできる気がする。そんなに男とキスがしたいのだろうか。
キスするなら、夏尋がまた得をする形になる。それに、真雪もキスとなるとさすがにためらう。
だが、夏尋は真雪の嫌がらせに応じると言っている。夏尋はきっと苦しむことになる。それなら、真雪が多少嫌なことを飲み込むくらいできる。キスと言ったって、唇が一瞬触れるだけだ。目をつむって我慢すれば終わる。加えて、夏尋が真雪の言うことを達成できたらの話だ。できなかったらキスすることもない。
「わかった」
真雪は了承した。
真雪は夏尋の部屋を出て、自室に戻った。
自慰を見せたあとは、夏尋が抜くので真雪は自室に戻らないことが多いが、いまは一階に親がいる。リビングに行けないので、しかたなく自室にいるしかない。
真雪は部屋の中で一人ほくそ笑んだ。今回の嫌がらせは夏尋には堪えるだろう。これまで得をしてきた夏尋への仕返しのつもりだった。
真雪は、自分を心底嫌な人間だなと思った。自分がつらいからと、他人も不幸に堕とそうとする。
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