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12話

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「おかわりもあるから、たくさん食べてね」
 
「は、はい……ありがとうございます」
 
 俺は皿を受け取ると、ぎこちなくそう返した。哲くんのお母さんはニコニコと笑っている。隣に座っている哲くんは少しだけ居心地が悪そうだった。いただきますと手を合わせて、俺は自分の好物であるオムライスを一口頬張った。
 
「味はどうかしら」
 
「美味しいです、すごく! あの、わざわざ俺の好きなもの作っていただいて、」
 
 「すみません」と言おうとして、それは違うかなと思い、俺は「ありがとうございます」と伝えた。相手の好意にはありがとうの言葉を返せ。恵子ちゃんの元で暮らし始めてすぐに言われたことだ。哲くんのお母さんは、「あらあら、いいのよ~」と微笑んだ。俺はまたオムライスを一口掬って頬張る。美味しい。お母さんの作る料理とも、恵子ちゃんのとも違う味だった。
 
「そうだ、家の方には連絡した?」
 
「あっ、はい……」
 
 俺は視線を手元に落として返事をした。無心になろうとオムライスを食べる。美味しいのに、食べれば食べるほどお腹は空腹を訴えてくる。不思議だね、なんて言っている場合じゃない。
 
「布団は哲の部屋に運んでおくわね」
 
「はい………」
 
 早く帰らなくちゃいけないのに、誰かから体液を貰わなくちゃいけないのに……夕食をごちそうになって、しまいには泊まることになりました。誰か助けてください。

 

 

 夕食を食べていると、哲くんのお父さんが仕事から帰って来た。俺は挨拶をして、勧められるままにお風呂をお借りする。ありがたいなと思う気持ちと、夕食を食べたのに消えずにいる空腹感をどうしようかと思う気持ちでいっぱいだった。
 
「母さんが張り切っちゃって、悪い。迷惑じゃなかったか?」
 
「全然! むしろ、美味しいご飯食べさせてもらったし、お風呂も……あ、服貸してくれてありがとう」
 
 俺は袖を持ってくいっと見せながら、お礼を伝えた。泊まるつもりじゃなかったから、当たり前だが俺は着替えを持ってきておらず、それなら俺のを貸すよと渡されたのは哲くんの服だった。俺よりも哲くんの方が背が高いから、服のサイズも大きかったけど、着れないほどではない。哲くんのお母さんに「お風呂、上がりました」と伝えてから哲くんの部屋に戻ると、すでに布団が一組脇に置いてあった。
 
(……どうしよう)
 
 お腹が小さくきゅるると鳴った。慌てて抑えるが、哲くんには聞こえていなかったみたいだ。もしこのまま夜も哲くんと一緒にいたら……多分、いや絶対襲ってしまう。でも、だからと言って今から帰ることもできない。恵子ちゃんに、友だちの家に泊まると連絡したからということもあるが、第一の理由は哲くんだ。意識してみると哲くんはどこかソワソワしてて、その落ち着きのなさはこの状況からくる期待の気持ちの表れだと気づいてしまうと、「やっぱり帰ります」なんてとてもじゃないが俺には言えなかった。けれども、このままでは俺が哲くんを襲ってしまうのも時間の問題だ。俺は悩み、考え、そしてある一つの作戦を思いついた。
 
(……寝ちゃえばいいんじゃないか?)
 
 さっさと寝てしまえば、明日の朝まではとりあえず何もないだろう。襲うもなにも、俺は寝てしまってるわけだし。そして、明日の朝用事があると伝えて、速攻で帰る。体液を誰から貰うかは……まあ、明日考えよう。そうと決まれば、早く寝なくては。俺は哲くんに向き合った。
 
「俺、実は夜の9時半には眠くなっちゃうんだ」
 
「早すぎるな。小学生か?」
 
 友だちが泊まるなんて、夜が一番楽しいだろう。しかし哲くんには悪いが、今日の就寝時間は9時半だ。俺は脇にある布団を引っ張ってきてローテーブルの隣に広げた。驚きと困惑が混ざった表情で哲くんは俺のことを見ていたが、今は知らないふりをする。そして、布団に入って目を瞑り、きゅるきゅると鳴るお腹の存在を忘れようと、眠れ眠れと心の中でつぶやいた。
 もしこの時、俺に「人間は空腹で起きる」という事実を教えてくれる第三者がいたら。家に友だちが泊まりに来てソワソワしてる哲くんを見捨て、俺はすぐさま家に帰っただろう。
 
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