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4 廊下での再開

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「___以上が今回の予言です、王」

 謁見の間にて、王に予言の内容を伝えた。王は玉座に座りながら俺の報告を聞き、蓄えたひげを撫でる。そしておもむろに口を開いた。

「早急に対処すべきは魔物の襲撃、そして火事だ。人を派遣し、調査と対策を講じよう。馬については騎士団長に任せる。将来、国の宝となる馬だ。首尾よく見つけ、騎士団で責任を持って育てよ」

 王の言葉に短く返事をしたのは、銀の鎧に赤いマントを羽織った王国騎士団団長、グレンノルト・シルヴェスターだった。グレンノルトは一歩前に進むと、細かい指示を王から受けていた。どうやら、魔物と火事の調査も騎士団が請け負うらしい。忙しいことでと、俺は欠伸をかみ殺した。

「転移者トウセイ」

 ふいに名前を呼ばれ、俺は慌てて前を向いた。王と視線がぶつかる。年を重ねてもなお強く迫力のある目だった。

「今回も転移者の任、ご苦労であった。来月も、今回同様しっかりとその任を励むように」
「はい」

 俺は「失礼します」と伝えてから、足早に謁見の間を出た。

 *

 王への報告を終えた俺は、一人城の廊下を歩いていた。すれ違う人に挨拶しながら、この後の予定を考える。お茶会は、時間が延びるときはとにかく延びるし、手早く済むときは本当に早く終わる。かかる時間が分からないから、世話になってる2人には今日は一日出かけると伝えていたが……今日は早く終わる日だったか。大人しく部屋に戻ってもいいけど、その場合店の手伝いをさせられそうだ。そう考えながら歩いていると、後ろから「トウセイ様!」と名前を呼ばれた。

「アリシア!」
「お久しぶりです、トウセイ様」

 小走りで俺の元へと走って来たのは、アリシア・リントナー。赤茶の髪とそばかすが可愛らしい、城に住み込みで働くメイドの一人だ。明るくて、彼女と話しているだけで元気をもらえる。アリシアは、「どうして城に?」と尋ねてきた。

「魔女の予言を王に報告しに来たんです」
「ああ、今日でしたか! お疲れ様です」

 口に手を当てて驚いた彼女に、俺は思わず笑ってしまった。成人間近の女性にこんなことを思うのは失礼かもしれないが、なんだか彼女を見ていると年の離れた小さい従妹を思い出させた。ころころと表情を変えるところなんて、そっくりだ。俺の様子を不思議そうにしている彼女に、「何でもないです」と誤魔化した。

「アリシアは何を?」
「私ですか? 私は城下町までお使いに行って、今帰って来たところなんです。ほんと、メイド長ったらいつもお使いを私に任せて! おかげでお店の人とも顔見知りになっちゃいました。トウセイ様は……その、今から町に戻るんですよね?」
「はい。城下町も広いですからね。お店が町の端にあったりすると……アリシア?」

 並んで歩いていた彼女が、足を止めた。俺は振り返って彼女を見る。アリシアは、困ったような不自然な表情を浮かべていた。

「アリシア」
「もう、城に住むつもりはありませんか?」

 俺は続く言葉が出てこなかった。アリシアも自分の手を握り、視線を落としている。懸命に話す言葉を考えているようだった。

「トウセイ様のお部屋、なんですけど……もし少しでも城に戻る気があるなら、今のまま残しておいて、もちろんお掃除はするので」
「戻る気はありません」

 以外にも簡単にその言葉を発することができた。城には戻らない……いつかこの気持ちを伝えるときは来ると覚悟はしていた。けれども、まさかその相手がアリシアになるなんて……半ば飛び出すように城を出て、俺は城下町で住む場所を見つけた。俺の居場所はきっとここにはないだろう。あるとしても、それは他人の手で作為的に用意された、偽りを固めて作ったものだ。俺は犬でもなければ猫でもない。自分の居場所は自分で決めたかった。

「部屋も片付けてもらって結構です。荷物も好きにしてください」

 アリシアが俺を気遣ってくれているのは分かった。その気持ちは嬉しいし、ありがたい。だからこそ申し訳なかった。俺にとってこの城は、楽しい思い出も悲しい思い出も、どちらも存在する場所だ。でも、城下町は俺にとって楽しい思い出に満ちた場所だった。俺が「すみません」と言おうとしたとき、アリシアが手でそれを制した。

「そうですか……分かりました。お部屋、片付けますね。でも町に住むなら、洗濯とかお掃除とかちゃんとしなくちゃダメですよ! 料理だってバランスを考えて食べてくださいね!」

 アリシアは、「約束ですからね」とへたくそに笑った。
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