黒猫と白い獅子と青い瞳の人形騎士と

頼守 シロロ

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約束なんてしていませんよそれで?と言う栗鼠を追い掛けるには。

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噴水での逢瀬(?)の後、詰まり解雇されないって認識で良いのか?と悩んでいた、男装執事こと、少女ルブは、再び、あの部屋に居た。

「言うだけ言って、運んで下さるとは。」

昼間に、怒り心頭の火事場の馬鹿力とやらで、真っ先に獣男を引っ立てていった金髪碧眼二児の母の侍女頭のマリアナ、年齢を返上する勢いで飛び出していった厨房長こと、孫が五人いる坊主頭のヘンドリック。

この部屋までルブを運んでくれたのは、残る、ビリーの妹君のセレスティアだった。

昼間は妹君に。夜は、今し方、兄の方に。そんなに自分って、荷物にし運び易そうに見えるのか。
それとも、単純に他の手段がないから、咄嗟にそうしただけか。きっと後者だろう。

何故なら、前者だったら、まさか自分も知らなかった今まで眠っていた変な魅力があったのかもしれない、という、意味の分からない悩みとも取れない悩みに唸っていたからである。
悩みがないってのは良いもんだ。詰まる所、真実はどうでも良かった。



それに。羊って、力持ちだったっけか?と、首を傾げた少女は、自身を見下ろした所で、やっと、己の今の服装を知った。
ぴろん、と、恥じらいもなく上下に分かれた服の裾をそれぞれに捲れば、下着までフリフリのブリブリだった。

おぇえ、と、別人のような声が漏れた口を押さえたルブの顔は、病人に相応しいものになっていた。

「まじかよ。」

気持ち悪。

ここまで、ルブが女の格好に拒絶反応を示すのには、過去の出来事が関係していた。



嘗て、女の子を欲しがっていたルブの母親は、待望の娘をその腕に掻き抱くも、直ぐに絶望の叫び声を上げた。
銀髪の父親の容姿を一切引き継がずに、寧ろ、母方の祖母そっくりな緑眼の三白眼に自身と同じ暗い茶という髪色。パッとしない顔立ちも存在感も合わさって、理想とは程遠い己の子に、受け入れられないと赤子も、これまでに己が生んだ上の兄達をも詰ったのである。

それから、情緒不安定になった女は、母親としての役目をこなせなくなった。


しかし、これまで、母親らしい母親でもなかった女の子供たちは、放任主義な父親の元、既に独り立ちしていたようなもので。
彼らは、年の離れた自分たちの妹を確りと育て上げた。

やがて自分の理想像可愛い娘に近い従兄弟たちに、女装をさせては、精神的に落ち着いてきた女だった。

そんな折、女の目の前に現れた子供ルブは、兄達のお下がりの服に身を包んだ、立派な男らしい顔付きで彼女を見下ろした。
長年の病床生活で、足を悪くしていた母親は、立ち上がれなくなっていた。

「父さん、母さんをよろしくね。」
「うん。行ってらっしゃい。」
「気を付けていけよ。」
「忘れ物あったら送るから手紙寄越せよ。」
「え、ど、どこへ行くの?」

心細そうな、少し、気不味げな顔をした女には、安堵の色の方が強く見えた。


あれから、ルブは、少し、感情が鈍くなった。

趣味の悪い遊びに付き合うだけの仲だった従兄弟の影響に加え、男がいないと生きていけない幼い顔をしたあの女性おんなにだけはなりたくないと思っただけだった。

「げぼっ、うっ、ぁ……けほこほっ。」

汚れた服とシーツに、思っていた以上に、精神的に深刻な状況なのは獣男じゃなくて自分の方だったかと、こんな状況にも関わらず笑ってしまった。

遊び相手も多くはない田舎の故郷。生みの親と反比例して、頻繁に顔を合わせていた従兄弟たちに、お前の母親どうにかしろよあの女をどうにかしてくれと言われる度、子供らしさがガリガリと削られていく音が聞こえた気がしたものだ。

母の温もりが、一番欲しい時期に貰えなかったからか、ルブには、情緒に偏りがある自覚があった。
ある時なんて、ちょっとした遊び心でやった事が、大事故に繋がった事もある。

共犯でもあり同じ記憶を共有しているにも関わらず、全く反省の色を見せなかった、どころか変わらぬ姿で過ごしている従兄弟たちも、自身と同じくどこか壊れているのだろうと。


でも、彼らがそうである様に、従兄弟たちと同じ括りにされたくはないとルブは思っていた。
ルブがするのと似たような事を彼らはしなかったし、彼らがするような事をルブもまたしようとは思わなかったからである。
正直、従兄弟でなかったら、縁すら持ちたくない最低な奴らだとも。

ルブなりの一番の理由としては、真っ先に挙げられる、彼らの前科があった。


だって、あんなに簡単に、己に好意を向けていたからって。あどけないあの子を、あんな風にーー




再び、喉元に迫り上がってきた熱に、咄嗟に、口元を押さえたも、小さな手のひらではどうしようもなかった。
もう吐けるものは残っていないにも関わらず、胃液まで吐き続けた後、ちょっとスッキリした顔のルブは、自分が何を考えていたか忘れてしまった。まあどうせ碌でもない事だ。


その後、この部屋に運んでくれたビリーが気を利かせてくれたらしく、やって来た侍女に発見された。
我ながら散々な姿だったが、綺麗に片付けて貰えた。

元々、無理はさせられないと、移動に時間の掛かる風呂ではなく、簡易的にでも身体を拭く為に来た彼女の持ってきたものだけで何とかなった。今はその配慮が有り難かった。

新しい服に自分で着替えたルブは、自分でも知らぬ内に安堵していた。
服だけでも、精神的な負担が大きかったらしい。

シーツから何までを片付け終えた侍女に、無理を言って、元々のルブが使っている部屋から服を持ってくるように頼んだのだ。

「ありがとう。セリーさん。」
「仕事ですので。……本当に、良いんですね?」
「うん、お願い。」

出て行った彼女が手にしていた物には、ルブが着替えるためのあのフリフリ満載の服もあった。

けれど、どうにも本調子でないところに、また気分が悪くなる原因だと無意識に察知したルブは、即座にお願いを二つしたのである。


一つは、前述したように、着替える物を変えること。
二つ目は、ルブが吐いたことを誰にも報告しないこと。

勿論、この屋敷には住み込みの使用人がいる。誰にも見つからないよう、汚れたものをどうにかするには、まだ今が夜の時間帯なのもあって確率は上がるが、絶対に見つからない事も有り得ない。
だから、「報告しないこと」を指定したのである。

何れにしても、誰かに知られない方が良い。ルブ自身の現状が病人と同等の状態である。


ただの不調故に吐きました、で済ませられれば良いものの、何となく、自分が望まない部分まで掘り下げられそうな、そんな予感がしたのである。
一先ず、今の男装執事に出来ることは限られている。

証拠物品が誰にも見つからないよう願うーー未来を信じることと、早く、体調を戻すことである。

「未来を信じるなんて。阿呆らしいと思ってたけど。」

案外、そうせずにいられた自分って恵まれていたんだ。と、ルブは新たな発見をしつつ、すやすやと寝息を立てていた。





まだルブが、ルベイラという名前で、本の少しだけ少女っぽさを残していた頃。

まだ親というものが恋しくて、辞めておけ、という兄たちに隠れて母親に会いに行こうとしたルベイラは、咄嗟に身を隠していた。

「あら?何か見たと思ったんだけど。」
「どうしたの、。」
「早く行こうよ。」
「ふふ、そうね。きっと気の所為だわ。」

自分と同じ髪色の女性が、彼女を母と呼んだ見知った男の子たちに手を引かれて、去っていく。

この日の少し前に、先ほど、女性と一緒に居た彼らーールベイラの従兄弟たちとそれを宥めつつお願いをするその母親との会話を聞いたばかりだった。

『いつまで、おばさんに付き合わないといけないの?』
『そーだよ。メンドクサい。』
『こらこら、約束したでしょう?お義姉さんが治るまでは大人しくしているって。』
『ちぇーっ。約束しなきゃよかった。』
『はー、わかったよー。』

良い子ね、と、彼らの額に唇を落とした彼らの母親の優しい顔を見て、もしかしたら、自分の“お母さん”もあんな風に甘やかしてくれるかもしれない。

そう思ったのに。

「うわ、泣いたの?ぶっさいく。」
「あんなのの為に泣かなくて良いのに。」
「……何で来たの。」
「お前の兄貴たちがお前がどこにもいないってうるさいんだよ。」
「そーそー。ここ、僕らの場所でもあるから、さっさと見つかる前に出てってよね。」

さも迷惑だと言わんばかりの顔に、苛っとは来たものの、反論する気力もない。

どこかの川にでも寄って、顔を洗ってから帰るか。
まだ生意気な餓鬼っぽい従兄弟たちに構うでもなく、静かに帰って行ったルベイラの横顔は、子供らしさが抜け落ちていた。

「アイツの子供じゃなきゃなー。」
「あーあ。従姉じゃなかったら良かったのに。」

ほぼ同じタイミングで、ほぼ同じ意味の台詞が口をついて出た二人は顔を見合わせると、揃って噴き出し、暫く、笑っていた。そして、満足するまで腹を抱えていた後、どちらともなく、ニッと口元を歪ませた。

「ま、親が死ねば手を出すのにジャマは……あー、兄貴たちが居るか。」
「でも、あの子、どの道、ここから出て行きそうだよね。」
「そんなら、俺らも出れば良い。」
「確かに。伝手はあるし、爺に頼めば推薦貰えそうなんだよね……。お前はどうする?」
「そっちこそ、どうすんだよ。」
「は?お前のが先に狙ってたクセに。」
「いや、ほぼ同じ位からだろ。」
「そうかも。」
「だろ?」

二人が立ち上がった時には、日は傾き、山の向こうに落ちかけていた。

肩を組んで歩く姿は仲良しな兄弟そのもの。
果たして、数年後もそうであるかは、彼らしか知らない。

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