花が落ちても

頼守 シロロ

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助けて下さい謎に怒れる兄の宥め方。至急求む。

そんな文言が、脳内を横に滑って行く。あははまるで初めてのスケートで、尻餅ついて転んでくるくる回りながら滑っちゃった過去の私みたいに滑らかだった。

こんな状況になった理由を、現実逃避も交えて思い出す事にした。

高校生になって二年目の初夏を迎え、そろそろ夏休みと言う頃合い。
去年の冬に入る前から何かと増えた告白イベントーー断らないといけないと言う面倒さが何とも言えない。友達と過ごす方が楽しいから、今はそう言うの要らないしーーもこなさなくて済むと安堵していると、突然、SNS越しに流れて来た報せに、目の前が真っ暗になった。

「久し振りだね。元気そうで嬉しいな。」
「そっちもね。」
「来るの遅いから先に注文しちゃった。カレンも何か頼みなよ。」
「すみませーん。チーズドリア二つ。」

夏休み初日に、旅行に行く親二人を見送り、その足でのろのろと歩いてやって来たファミレスには、昔の面影が残る女子が居た。

カレンも何か、の辺りで、彼女の言葉に被せて、通り掛かった店員さんを呼んだのは、勿論、わざとだった。

私は、素直に白状すると、この子が嫌いだった。
当時はよく分かっていなかったが、私が気に入った物を敢えて私から横取りしたり、仲の良い私の友達を遠ざけたり、一番の終止符と言えた私の家族に対する発言が問題だった。

その直後に彼女が引っ越したので、逆に良かったのだが、数年越しに、こうして呼び出されてみると、あの時にちゃんと縁を切っておけば良かったと反省した。

お陰で、珍しく仕事が休みの兄の片方、サクとの買い物の誘いを断る事になったし。

サク本人よりも、その横で、ひっそりとワクワクしていたカグロが、私の返答を聞いた途端に萎びた植物みたいになった事が未だに心に残っていた。何か埋め合わせしてあげないと。
私の苛立ちが増す一方、届いた私のチーズドリアを見下ろして、ふふ、と笑った小学校の頃の友人ーー土堂ととうチナセに自然と目が行った。あ~、ドリア美味しい。

「何?」
「いやね、よく食べるなって思ってー。」
「あ、店員さん、ポルトガルピザ二枚頼めます?」

勿論、よく食べるな、の辺りで横を向いて手を上げてちょっと離れた所にいた店員さんに声を掛けたのも、わざとだった。

「それで、今日は何の用なの。」
「……そうそう。それがね、アタシにも兄弟が出来たんだって話したくて。ほら、前にカレンがお兄さん達の自慢をよくして来たでしょう?」

そうだっけ?

よく覚えていないが、ドリアが美味いので、適当に頷いておいた。お、ピザ来た。やったね。

「だから、アタシのお兄様と弟の話も聞いてくれると思ったの。ね?聞いてくれるでしょ?」
「後二時間後に予定あるから一時間だけなら聞けるよ。」

よし。これ食べ終わったら、ヨーグルトスムージーも頼めそう。

「本当?流石、アタシの親友。」

パチンと手を合わせたチナの台詞には、ちょっと苛立ちがぶり返したけれど、心の中で訂正した。

ーー元、お友達ね、と。

そうして、きっかり一時間で切り上げて来た私は、映画館でポップコーンを食べつつ、彼女の話を聞いていた時に、途中から登場した彼女のオニーサマと弟さん本人達と対面し、何故だか失礼な女と大食い認定を受けた事に対して首を傾げていた。

派手なアクションシーンが豊富なスパイ映画に満足して、帰途に着いた。

そこまでは良かったものの、家の前に佇む、ラフな格好の兄を見つけて横を素通りして家の玄関のドアを開けようとして、後ろから伸びて来た手に阻まれた。
現在の臍で茶を沸かせそうな可笑しな現状に至るまでの始まりは、そこからだ。

デートしよっか。と言われた。チベットスナギツネにも負けない顔になった自覚はあったが、今頃、兄妹デートなんて獣も食わないぞと言いたい所を我慢して、丁寧にごめんなさい疲れてるからと言葉をすり替えたのは、我ながら英断だった。

意味の分からない頼み事をされ、即座に断って家の中に入った。
二階の自室にて、外着から完全な部屋着へと着替えた私が、ほぼ兎の着ぐるみな姿でアロエジュースを片手に居間のテレビで、見たかったドラマを消化し始めようとしたその時だった。

横から伸びて来た手に、またかよと思いながらも、奪われたリモコンを取り返すべく暗くなった画面からそちらを見ると、私は、見た事を後悔した。

何か、とんでもなく怖い顔ーー綺麗な顔の人から表情が無くなると本当にゾッとする現象的なやつだこれーーがそこにはあった。

反射的にと言うか、本能的に逃げ出そうとした私の体は悪くないと思う。
咄嗟に動こうとしたのが悪かったのか、トンと額を押されてソファーに後戻りした私は、肘置きの部分に腰掛けた彼に頭を撫でられる事となった。

頭の中が、最早、クエスチョンマークでいっぱいになって洪水とか雪崩が起きそうになった寸前で、救世主の足音は二階からやって来た。

「……カレンはここじゃないのか。」
「いやここに居るよ。」

玄関に向かわずに、廊下から居間へと顔を出したカグロの表情は私には見えなかった。

何でもいいからこいつ回収してくれと滅茶苦茶祈った願いが通じたのか、此方に向かって来た彼に覗き込まれて、ソファーの背もたれ越しに目が合った。



その時、自分が何を考えていたのかは分からない。


でも、自然とカグロに向かって両手を伸ばしていた事からして、助けて欲しかった事は間違いない。

幼子の様に手を伸ばして来る私と、私の頭をセルフ撫で撫でする双子の兄を交互に見た後、暫く、固まっていた彼に、少し可哀想だと思った。
素直に白状すれば、同情するなら私がカグロにするんじゃなくた、彼が私にして欲しかった。

でも、そんな事より、腕が疲れるから早めに動いて下さいお願いします。

「抱っこすれば良いのか。」
「今すぐして。」

この場所から逃してくれるなら何でも良かった。



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