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10話
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今年、三十歳を超える宰相ダニエル・オールクレールには目に入れても痛くないほど気にかけている青年がいる。
彼の名はオスクロ・シャンタル。シャンタル王家の王太子である。
宵闇のような漆黒の髪に、空を切り取ったような空色の瞳をもつ美丈夫である青年は、けれど華々しい出自に反して苦労の多い人生を歩んでいる。
側室の子として生まれた王子は、正妃が流産の末に子を孕めない身体になったことで、王太子になった。
しかし、それを妬んだ正妃による毒殺未遂を何度も乗り越えざるを得ず、幼くして権謀術数の末に生みの母を亡くした王太子は、虐待のごとき教育を受けることになる。
母を亡くした経緯故か、あるいは気に入ったものは正妃によってことごとく取り上げられてきたからか、オスクロは何にも執着しない子供だった。
そんなオスクロが唯一執着するもの――それがルーチェという名の街娘の少女だった。
こんこんと扉をノックする。返事はなかったが気にすることなく鍵を開けた扉からはとめどない嬌声が響いた。
眉ひとつ動かさず、ダニエルは静かに室内に足を踏み入れる。
「オスクロ様、失礼いたします」
「……なんだ。いまイイところなんだ」
「その割には、彼女は気を失っているようですが」
室内には甘い声が響いてはいたが、それは気を失っている者特有の、どこか生気のない声でもあった。
女性は下から揺さぶられていると意識がなくとも喘ぐのだと、この一か月でダニエルは学ばざるをえなかった。
オスクロがいわゆる絶倫に分類されるのだということも、ここ一か月で知ったことだ。
執着の薄い彼だが、一度執着したものは離さない性分でもあるのだろう。
彼は執拗にルーチェを抱き、彼女が気を失ってなお行為を止めることはない。
今日もまた、意識を手放したルーチェを下から突き上げながら、オスクロが汗ばんだ黒い髪をかきあげる。
その仕草だけなら夜特有の甘さがあるのだが、彼のしている行為を考えると到底賞賛は出来ない。
「指示されていました通り、サンドル・コルネが手籠めにしていた女性たち全員を解放いたしました」
「ずいぶんと時間がかかったな」
「中には薬で気が触れた状態で売り飛ばされた者もおり、難しい状況でしたので」
「そうか」
彼が一層深く中をえぐったのだろう。空虚な「あんっ」という嬌声が響く。
内心ではため息を吐きつつも、それをうまく隠してダニエルはさらに続けた。
「ルーチェ様に関して、新婚を期に引っ越したという方向で話を纏めました」
「……少し気に入らないが、仕方ないか」
「はい」
ベッドが軋む音と肌と肌がぶつかる音と一緒に「んぁ!」とさらに響いた嬌声を聞き流す。
ルーチェは実に愛されている少女だ。彼女の幸せを願うものは多く、だからこそ突然姿を消した彼女に周囲は不審がっていた。
同時期にサンドルが姿を見せなくなったこともあり、街では捜索隊を組むなどという話が持ち上がっていたほどだ。
話を丸く収めるために、二人揃って急に消えた理由をでっちあげた。
とある事情があって、結婚を前倒しにした二人は一緒に田舎に引っ越した、という肩書だ。
王太子の寵姫とはいえ、出自が街娘であるルーチェは今後、表舞台に立つことはない。
サンドルと一緒に、という部分はオスクロの怒りを買うかもしれなかったが、話を綺麗に畳むには仕方なかったのだ。
オスクロもそれは理解しているらしく、叱責は飛んでこない。
「あの男はどうだ?」
「地下牢に捕らえております。今まで犯した罪を考えれば、死罪も免れないかと」
「あぁああ――っ!!」
いっそう甲高い嬌声が上がって、意識のない中でもイったな、と冷ややかに考える。
く、とオスクロの低い声が耳朶に届く。
そっと視線を伏せたダニエルの前で、一旦彼女の中に熱を放って落ち着いたらしいオスクロがずるりと自身を引き抜いて、ベッドサイドに置かれた水を飲む。
「もう少しそのまま生かさず殺さず置いておけ」
「と、申しますと?」
「少し聞きたいことがある」
普段は晴れ渡った気持ちのいい日の空のような澄んだ瞳に、どろどろに濁った汚泥のような色を乗せてオスクロが低く笑う。
「あとで私自ら足を運ぶ」
「畏まりました」
「もう少し楽しんだら執務室に行く。先に書類を整理しておけ」
「はい」
恭しく頭を下げたダニエルから興味を失ったようにオスクロが視線を逸らす。
抱き上げたルーチェに口移しで水を飲ませてやる姿に背を向ける。
(……執着するものが出来たのは良い傾向なのか)
判断に迷うな、と内心で一人ごちる。
一つのものに病的に執着しすぎて、後々に響かなければいいのだが。
少しの心配が脳裏をかすめたが、今考えても仕方のないことだ。ふるりと頭を振って、ダニエルは冷えた廊下を執務室へと向かった。
翌日。薄暗い牢屋に溶け込むようにオスクロは静かに一つの牢へと歩いていた。
「話が聞きたい。私と少しお喋りをしようじゃないか」
口角を吊り上げて告げたオスクロに、牢の奥で鎖に繋がれ鞭うたれて赤く腫れあがった肌を持つサンドルが「ひっ」と引きつった悲鳴を上げた。
彼の名はオスクロ・シャンタル。シャンタル王家の王太子である。
宵闇のような漆黒の髪に、空を切り取ったような空色の瞳をもつ美丈夫である青年は、けれど華々しい出自に反して苦労の多い人生を歩んでいる。
側室の子として生まれた王子は、正妃が流産の末に子を孕めない身体になったことで、王太子になった。
しかし、それを妬んだ正妃による毒殺未遂を何度も乗り越えざるを得ず、幼くして権謀術数の末に生みの母を亡くした王太子は、虐待のごとき教育を受けることになる。
母を亡くした経緯故か、あるいは気に入ったものは正妃によってことごとく取り上げられてきたからか、オスクロは何にも執着しない子供だった。
そんなオスクロが唯一執着するもの――それがルーチェという名の街娘の少女だった。
こんこんと扉をノックする。返事はなかったが気にすることなく鍵を開けた扉からはとめどない嬌声が響いた。
眉ひとつ動かさず、ダニエルは静かに室内に足を踏み入れる。
「オスクロ様、失礼いたします」
「……なんだ。いまイイところなんだ」
「その割には、彼女は気を失っているようですが」
室内には甘い声が響いてはいたが、それは気を失っている者特有の、どこか生気のない声でもあった。
女性は下から揺さぶられていると意識がなくとも喘ぐのだと、この一か月でダニエルは学ばざるをえなかった。
オスクロがいわゆる絶倫に分類されるのだということも、ここ一か月で知ったことだ。
執着の薄い彼だが、一度執着したものは離さない性分でもあるのだろう。
彼は執拗にルーチェを抱き、彼女が気を失ってなお行為を止めることはない。
今日もまた、意識を手放したルーチェを下から突き上げながら、オスクロが汗ばんだ黒い髪をかきあげる。
その仕草だけなら夜特有の甘さがあるのだが、彼のしている行為を考えると到底賞賛は出来ない。
「指示されていました通り、サンドル・コルネが手籠めにしていた女性たち全員を解放いたしました」
「ずいぶんと時間がかかったな」
「中には薬で気が触れた状態で売り飛ばされた者もおり、難しい状況でしたので」
「そうか」
彼が一層深く中をえぐったのだろう。空虚な「あんっ」という嬌声が響く。
内心ではため息を吐きつつも、それをうまく隠してダニエルはさらに続けた。
「ルーチェ様に関して、新婚を期に引っ越したという方向で話を纏めました」
「……少し気に入らないが、仕方ないか」
「はい」
ベッドが軋む音と肌と肌がぶつかる音と一緒に「んぁ!」とさらに響いた嬌声を聞き流す。
ルーチェは実に愛されている少女だ。彼女の幸せを願うものは多く、だからこそ突然姿を消した彼女に周囲は不審がっていた。
同時期にサンドルが姿を見せなくなったこともあり、街では捜索隊を組むなどという話が持ち上がっていたほどだ。
話を丸く収めるために、二人揃って急に消えた理由をでっちあげた。
とある事情があって、結婚を前倒しにした二人は一緒に田舎に引っ越した、という肩書だ。
王太子の寵姫とはいえ、出自が街娘であるルーチェは今後、表舞台に立つことはない。
サンドルと一緒に、という部分はオスクロの怒りを買うかもしれなかったが、話を綺麗に畳むには仕方なかったのだ。
オスクロもそれは理解しているらしく、叱責は飛んでこない。
「あの男はどうだ?」
「地下牢に捕らえております。今まで犯した罪を考えれば、死罪も免れないかと」
「あぁああ――っ!!」
いっそう甲高い嬌声が上がって、意識のない中でもイったな、と冷ややかに考える。
く、とオスクロの低い声が耳朶に届く。
そっと視線を伏せたダニエルの前で、一旦彼女の中に熱を放って落ち着いたらしいオスクロがずるりと自身を引き抜いて、ベッドサイドに置かれた水を飲む。
「もう少しそのまま生かさず殺さず置いておけ」
「と、申しますと?」
「少し聞きたいことがある」
普段は晴れ渡った気持ちのいい日の空のような澄んだ瞳に、どろどろに濁った汚泥のような色を乗せてオスクロが低く笑う。
「あとで私自ら足を運ぶ」
「畏まりました」
「もう少し楽しんだら執務室に行く。先に書類を整理しておけ」
「はい」
恭しく頭を下げたダニエルから興味を失ったようにオスクロが視線を逸らす。
抱き上げたルーチェに口移しで水を飲ませてやる姿に背を向ける。
(……執着するものが出来たのは良い傾向なのか)
判断に迷うな、と内心で一人ごちる。
一つのものに病的に執着しすぎて、後々に響かなければいいのだが。
少しの心配が脳裏をかすめたが、今考えても仕方のないことだ。ふるりと頭を振って、ダニエルは冷えた廊下を執務室へと向かった。
翌日。薄暗い牢屋に溶け込むようにオスクロは静かに一つの牢へと歩いていた。
「話が聞きたい。私と少しお喋りをしようじゃないか」
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