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14話
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薄いレースでできたベビードル。水色のそれはオスクロの瞳の色だとも気づかず、裸足でルーチェは監禁されていた部屋から逃げ出した。
そっと扉から廊下を除き、誰もいないことを確認する。角を一つ曲がろうとするたびに同じ行動を繰り返し、破裂しそうな心臓を抱えて彼女は静かに廊下を走った。
(こんなことならご飯をちゃんと食べておくんだった……!)
軽く走っただけで上がる息に内心で眉を顰める。以前ならこの程度、なんともなかったのに。
ベッドの上で暮らす生活と、食事を拒否したつけが回ってきている。
どうやらルーチェは塔の最上階にいるらしかった。下へ下へと階段を下りていく。
時々窓から差し込む太陽の光に目を細めながら、ひたすら下っていくと、とうとう外に繋がる扉にたどり着いた。
「っ!」
体重をかけて扉を開く。重い扉は鍵がかかっていなかったようで、簡単に開いた。
久方ぶりに触れる外の空気を吸い込んで、こみ上げてきた涙を拭う。
(サンドルを探さなくちゃ……!)
最後に会ったときに酷い言葉を投げかけられたけれど、あれは本心ではない。
きっと脅されていたのだと、そう信じることしか今のルーチェにはできなかった。
ふらつく足を叱咤して、金の髪を靡かせながら再び駆け出したルーチェは、庭を抜けて別の塔に入った瞬間、すぐに騎士たちに捕まった。鎧の音に気付かなかった。
「ん! んんん!!」
口元を押さえられ、壁に押し付けられる。
抵抗しようと声をあげても、大きな手のひらで塞がれて意味を持つ言葉にはならない。
手足をばたつかせれば、すぐに別の騎士に掴まれる。
「なんだこの女」
「裸じゃねぇか」
「すげぇ、そそる……!」
獣の目だ。三人の男たちに囲まれて、ルーチェは大きく目を見開く。掴まれた手首が痛い。
けれど、そんなことを考える余裕もないほど、頭が真っ白だった。
(このままだと……!)
犯される。女の本能が危険信号を発していた。
走ったことで汗ばんだ肌を、ベビードールの上から無骨な掌が無遠慮に撫でる。
「ヤっちまおう。こんな格好してんだ。娼婦だろ」
「?!」
男の一人に断じられ、ルーチェは悲鳴を上げる。それすらくぐもって音にはならなかった。
男たちが舌なめずりをしている。正常な目つきではない、女に飢えた獣の目だ。
そこでルーチェはようやく今までいかにオスクロが優しく彼女に接していたのかを痛感させられた。
(どうして、こんな時に浮かぶのがオスクロなの……!)
助けて、と声なき声を発するときに脳裏に過ったのは愛するサンドルではなく、幾度も彼女に無体を敷いたオスクロだ。
その事実に目を見開いた彼女の前で、騎士の一人がルーチェの胸元に手を伸ばす。
危険を感じてさらに暴れた彼女の抵抗をいともたやすく封じ込めて、胸元の薄い布が引き裂かれた。
「っ!!」
「お、いいねぇ。中々でかい」
「おい、さっさとしろ。後がつかえてんだ」
「中の具合が気になるねぇっと」
男が取り出した粗末なそれに、さらに悲鳴を上げたルーチェが、これから行われる無残な行為を覚悟してぎゅっと目を閉じた瞬間。
風が吹いた。
「ぐあっ」
「は?!」
「がっ!!」
男が三人、悲鳴を上げる。
押さえつけられていた手の感覚がなくなって、そろそろと目を開いた彼女は、突然温かな体温に抱きしめられた。誰より、何よりよく知る温度。
それは、オスクロの体温だ。
「え……?」
唖然と目を見開くルーチェを胸元に抱きしめて、荒い呼吸を繰り返しているオスクロが片手に剣を握っていた。
騎士の男たちが三人、それぞれ別の部位を赤く染めて、痛みに呻きながら床に転がっている。
「お、す、くろ……」
「殿下! 何故このようなことを!!」
かすれた声でオスクロの名を呼んだルーチェの前で、騎士の一人が悲鳴のように声をあげる。
騎士の必死な様子と、斬られてなお腰の剣に手を付けない姿と言葉から、オスクロの身分を改めて知った。
「私のものに手を出したな……!!」
普段の彼からは考えられない低い言葉がオスクロの口から零れ落ちる。
ベッドの上での低い囁きとは、全然種類が違う。
いつも涼やかに彼女を犯すオスクロが、額に浮かんだ汗を拭うこともなく、唸るような声と共にただ怒っていた。
今にも剣を振りかぶって止めを刺しそうなオスクロの様子に、戸惑いが隠せない。
おろおろと視線を彷徨わせていると、別の男の声が響いた。
「殿下! 剣をお納めください!!」
それは、ルーチェに『貴女は王太子に選ばれた』と告げた男だ。
慌てた様子で息を切らせて駆け寄ってきた彼が、どうにか場を収めるのを他人事のように見ていた。
男の呼吸が整った頃、ずっと静かだったオスクロが赤く血に濡れた剣を手放した。
からんと、硬質な音を立てて捨てられた剣をつい視線で追いかける。
その瞬間、ふわりと身体が浮き上がった。
「きゃっ」
オスクロに抱き上げられたのだ。
そう気づいて彼を見上げて、ぞっと背筋が粟だった。すとんと表情が抜け落ちたオスクロが静かに歩き出す。
「殿下、どちらへ?!」
「部屋に戻る」
男の言葉に背後を一瞥もせず、冷え切った声で答えた様子から、オスクロが激怒しているのは一目瞭然だった。
(ああ、今度こそ死ぬんだわ)
思わず、そう覚悟を決めるほど。オスクロは静かに怒髪天を衝いていた。
「頼む、ルーチェ。私を捨てるな……!」
ベッドの上に降ろされて縋りつきながら放たれた言葉に、心臓が不自然に跳ねたのが自分で分かった。
そっと扉から廊下を除き、誰もいないことを確認する。角を一つ曲がろうとするたびに同じ行動を繰り返し、破裂しそうな心臓を抱えて彼女は静かに廊下を走った。
(こんなことならご飯をちゃんと食べておくんだった……!)
軽く走っただけで上がる息に内心で眉を顰める。以前ならこの程度、なんともなかったのに。
ベッドの上で暮らす生活と、食事を拒否したつけが回ってきている。
どうやらルーチェは塔の最上階にいるらしかった。下へ下へと階段を下りていく。
時々窓から差し込む太陽の光に目を細めながら、ひたすら下っていくと、とうとう外に繋がる扉にたどり着いた。
「っ!」
体重をかけて扉を開く。重い扉は鍵がかかっていなかったようで、簡単に開いた。
久方ぶりに触れる外の空気を吸い込んで、こみ上げてきた涙を拭う。
(サンドルを探さなくちゃ……!)
最後に会ったときに酷い言葉を投げかけられたけれど、あれは本心ではない。
きっと脅されていたのだと、そう信じることしか今のルーチェにはできなかった。
ふらつく足を叱咤して、金の髪を靡かせながら再び駆け出したルーチェは、庭を抜けて別の塔に入った瞬間、すぐに騎士たちに捕まった。鎧の音に気付かなかった。
「ん! んんん!!」
口元を押さえられ、壁に押し付けられる。
抵抗しようと声をあげても、大きな手のひらで塞がれて意味を持つ言葉にはならない。
手足をばたつかせれば、すぐに別の騎士に掴まれる。
「なんだこの女」
「裸じゃねぇか」
「すげぇ、そそる……!」
獣の目だ。三人の男たちに囲まれて、ルーチェは大きく目を見開く。掴まれた手首が痛い。
けれど、そんなことを考える余裕もないほど、頭が真っ白だった。
(このままだと……!)
犯される。女の本能が危険信号を発していた。
走ったことで汗ばんだ肌を、ベビードールの上から無骨な掌が無遠慮に撫でる。
「ヤっちまおう。こんな格好してんだ。娼婦だろ」
「?!」
男の一人に断じられ、ルーチェは悲鳴を上げる。それすらくぐもって音にはならなかった。
男たちが舌なめずりをしている。正常な目つきではない、女に飢えた獣の目だ。
そこでルーチェはようやく今までいかにオスクロが優しく彼女に接していたのかを痛感させられた。
(どうして、こんな時に浮かぶのがオスクロなの……!)
助けて、と声なき声を発するときに脳裏に過ったのは愛するサンドルではなく、幾度も彼女に無体を敷いたオスクロだ。
その事実に目を見開いた彼女の前で、騎士の一人がルーチェの胸元に手を伸ばす。
危険を感じてさらに暴れた彼女の抵抗をいともたやすく封じ込めて、胸元の薄い布が引き裂かれた。
「っ!!」
「お、いいねぇ。中々でかい」
「おい、さっさとしろ。後がつかえてんだ」
「中の具合が気になるねぇっと」
男が取り出した粗末なそれに、さらに悲鳴を上げたルーチェが、これから行われる無残な行為を覚悟してぎゅっと目を閉じた瞬間。
風が吹いた。
「ぐあっ」
「は?!」
「がっ!!」
男が三人、悲鳴を上げる。
押さえつけられていた手の感覚がなくなって、そろそろと目を開いた彼女は、突然温かな体温に抱きしめられた。誰より、何よりよく知る温度。
それは、オスクロの体温だ。
「え……?」
唖然と目を見開くルーチェを胸元に抱きしめて、荒い呼吸を繰り返しているオスクロが片手に剣を握っていた。
騎士の男たちが三人、それぞれ別の部位を赤く染めて、痛みに呻きながら床に転がっている。
「お、す、くろ……」
「殿下! 何故このようなことを!!」
かすれた声でオスクロの名を呼んだルーチェの前で、騎士の一人が悲鳴のように声をあげる。
騎士の必死な様子と、斬られてなお腰の剣に手を付けない姿と言葉から、オスクロの身分を改めて知った。
「私のものに手を出したな……!!」
普段の彼からは考えられない低い言葉がオスクロの口から零れ落ちる。
ベッドの上での低い囁きとは、全然種類が違う。
いつも涼やかに彼女を犯すオスクロが、額に浮かんだ汗を拭うこともなく、唸るような声と共にただ怒っていた。
今にも剣を振りかぶって止めを刺しそうなオスクロの様子に、戸惑いが隠せない。
おろおろと視線を彷徨わせていると、別の男の声が響いた。
「殿下! 剣をお納めください!!」
それは、ルーチェに『貴女は王太子に選ばれた』と告げた男だ。
慌てた様子で息を切らせて駆け寄ってきた彼が、どうにか場を収めるのを他人事のように見ていた。
男の呼吸が整った頃、ずっと静かだったオスクロが赤く血に濡れた剣を手放した。
からんと、硬質な音を立てて捨てられた剣をつい視線で追いかける。
その瞬間、ふわりと身体が浮き上がった。
「きゃっ」
オスクロに抱き上げられたのだ。
そう気づいて彼を見上げて、ぞっと背筋が粟だった。すとんと表情が抜け落ちたオスクロが静かに歩き出す。
「殿下、どちらへ?!」
「部屋に戻る」
男の言葉に背後を一瞥もせず、冷え切った声で答えた様子から、オスクロが激怒しているのは一目瞭然だった。
(ああ、今度こそ死ぬんだわ)
思わず、そう覚悟を決めるほど。オスクロは静かに怒髪天を衝いていた。
「頼む、ルーチェ。私を捨てるな……!」
ベッドの上に降ろされて縋りつきながら放たれた言葉に、心臓が不自然に跳ねたのが自分で分かった。
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