彼女は父の後妻、

あとさん♪

文字の大きさ
5 / 45
第一章

4.父が遭遇した夜会の顛末①

しおりを挟む
 
 急遽きゅうきょ、王宮での夜会はお開きおしまいとなった。
 それは当然の措置だと言わざるを得ない。そもそも夜会の開催主旨(王子殿下とその婚約者が学園を卒業したお祝いと、彼らの一ヵ月後に迫った華燭の典へ向けた前祝い)が本人(王子殿下)の手によって覆された(婚約破棄宣言)のだから。
 さらに王子の側近(伯爵家の令息)が、王子の婚約者(公爵家の令嬢)に暴行を加えるというあり得ない醜聞つき。

 クエレブレ辺境伯サルヴァドール・フアンは、騒動を起こした無頼ぶらいやからをまとめて拘束し、貴族用の牢にぶち込んだ。彼らと一緒にいた男爵令嬢は女性なので別の棟の牢に。

 うっかり『昔取った杵柄』で、堂々と逮捕し王宮警備兵へと突き出して収監されるまで付き添ってしまったが、ぎゃあぎゃあ喚く輩たちが目の前から消え冷静になるとやっちまったなぁと冷や汗をかく。

 サルヴァドールに辺境伯という身分はあるが、今は無官なのだ。昔は王都守備隊や王立騎士団などに役職付きで在籍した過去がある。だが今は無官なのだ。

 つまり、今の彼に逮捕権などない。

 息子の『ちちうえはまた厄介ごとに首を突っ込んで!』という諫めのことばが耳の奥にこだまする。幻聴であるが、きっと幻聴ではなく正確な未来予想図だ。
 黙っていても今日のコレはいずれ息子の耳にも届くであろう。

 とはいえ。
 サルヴァドールとしては、周囲の人間の反応が遅すぎるだけの話だ。緊急時に動ける人間が少ないせいで自分が割を食うのだと自己弁護する。自分の働きは篤志家の奉仕活動なのだ。
 もし関係各所から苦情がきたり、逆に騎士団への復帰を要請されるような面倒なことになったら、そう言って納得してもらおうそうしようと結論づけた。

 サルヴァドールは王都に係わる気はないのだから。

 被害者である公爵令嬢への対応は涙目になっていた騎士団長に任せたが、その際彼があまりにも震えて――自身の息子に対する怒りで――いるので一発焼きをいれ……いや、正気に戻すために喝を入れた。
 騎士の本分に立ち戻った騎士団長は、一旦息子への怒りを保留。被害者を迅速かつ丁寧に救急搬送した。
 あのとき怒りで震えていた騎士団長に事件の加害者を拘束させたら、その場で自身の息子加害者に拳で制裁を加えそうだと判断したからこそなのだが。

(うちのルーカスは聡明でよかった……とはいえ、お互い息子に心配事は尽きない、ということだな)

 騎士団長カブレラ伯爵とは旧知である。騎士団に在籍していた頃の部下が、カブレラだ。(そのときの彼はただの伯爵子息という身分だった)
 だからこそ、彼の気苦労を慮り溜息をついてしまう。


 無官のサルヴァドールではあるが、今回不本意ながら傷害事件の現行犯逮捕に係わってしまった。
 係わった以上は、当然ながら収監の顛末を責任者に報告せねばならない。ここでお役御免とばかりに姿をくらますことは可能だが、それをやると後からやいのやいの言われる可能性がある。それは一番避けたい。
 なので報告に行く。
 誠に遺憾ながら、今回の場合『責任者』は国王陛下となる。
 まったくもって不本意ながら、顔見せの挨拶だけで交流を終わらせようとしていた相手にまたしても拝謁しなければならない事態に、内心では頭を抱えた。

 王都では知り合いと係わらないようにするさと大見得おおみえ切って郷里クエレブレを出発した過去の記憶を消したいと切実に思った。
 絶対あとで息子にお小言こごとを喰らうと予測できるので気が重い。
 そのせいで眉間に力を入れた表情のまま城の使用人に国王陛下の居場所を尋ねた。
 ……むだに彼らを怯えさせた。

 そんなサルヴァドールに声をかけたのは宰相閣下だった。

「相変わらず、愛想笑いが苦手なご様子ですね、クエレブレ辺境伯閣下」

 宰相閣下ことエべラルド・ラミレス公爵。
 ちなみに、件の傷害事件の被害者である公爵令嬢は彼の息女である。

 当たり障りのない挨拶を交わし、国王陛下へ報告をしたいと告げれば、陛下は彼の娘の見舞いのため医務室にいるので同行しようと提案された。
 断る理由もないので了承し、ふたり並んで医務室を目指し歩いている途中。
 目的地である医務室方面から、女性の絹を引き裂くような悲鳴が聞こえてきた。
 それも、何度も。
 なにごとかと宰相と顔を見合わせ歩を早めようとした矢先。
 医務室のドアが突然開き、中から転がり出るような勢いで女性が飛び出してきた。
 長く艶やかな赤い髪を振り乱し、なにかから逃げるように走る女性は不明瞭な悲鳴をあげ続けていた。
 サルヴァドールたちのいる廊下に走ってきた彼女は、彼らの数歩手前で立ち止まった。
 頭部に包帯を巻き、ひどく顔を歪め、大きな黒い瞳からぽろぽろと涙を溢すさまに驚いていると、彼女はサルヴァドールと隣にいるラミレス公爵を交互に見比べ目に見えて怯えた。

(ん? この顔、さきほどの公爵令嬢ではないか?)

 すでに夜会用のドレスを着替えていたから分からなかったが、この赤い髪の女性は第一王子殿下の婚約者で、さきほどの傷害事件の被害令嬢だった。
 王子たちから理不尽な言い掛かりをつけられている間も毅然とした態度を貫いていた彼女とは思えないほど、狼狽うろたえ怯え、泣き腫らした様子に愕然とした。

「……ひっ……あ、いやぁぁぁぁあぁぁぁーーーっ!」

 淑女であったさきほどとはあまりにも違う様子ようすと悲鳴。
 いったいどうしたんだと思っているあいだに、被害令嬢は宰相から遠ざかるよう迂回しながらもサルヴァドールへ向けて走った。
 え? と思う間に彼の背後に回りその長いマントの陰に隠れてしまった。
 令嬢はサルヴァドールの背中にしがみつき震えている。

 想定外の事態にサルヴァドールの思考は停止した。

「フォルトゥーナ……」

 隣から宰相閣下の呆然とした呟きが聞こえた。

(……え? この子、なぜ私のうしろに隠れたんだ?)

 さきほど、涙に濡れた瞳は確かにサルヴァドールとラミレス公爵を見比べていた。そして公爵閣下と視線を合わせると悲鳴を上げた。
 そして……サルヴァドールの背後に隠れた。

 サルヴァドールは混乱したが、ラミレス公爵の混乱も酷かっただろう。
 自分の娘が悲鳴をあげて医務室から飛び出してきた。
 なにかがあって逃げてきたらしい娘は自分父親を見てさらに悲鳴をあげたうえに自分父親から逃げたのだから。

「フォルトゥーナ……なぜ……」

 冷徹で英邁だと評判の宰相閣下は、いったいどうしてと呟き顔を歪めた。
 サルヴァドールもその答えを知りたかった。


 ◇ ◆ ◇


「ちちうえのマントに隠れちゃったの?」

「あぁ。私のマントをぐるぐるに巻きつけて隠れようとしていた。その恰好は……あれだ、ルーカスが小さいころかくれんぼで窓際にかかったカーテンにくるまって隠れたことがあっただろう? あんな感じだった」

「……上半身は隠れているけど、足元は見えている状態?」

「そう、それ。そうしていれば、少なくとも悲鳴をあげたりはしなかった。だがマントを取りあげようとすると悲鳴をあげて嫌がるし、私の上着の裾はがっちり握られているしで、もうどうしたらいいやら途方に暮れた」

「なんか……パニック状態のこどもみたいだね」

「あぁ。それに近い診断が下されたよ」




しおりを挟む
感想 112

あなたにおすすめの小説

逆行した悪女は婚約破棄を待ち望む~他の令嬢に夢中だったはずの婚約者の距離感がおかしいのですか!?

魚谷
恋愛
目が覚めると公爵令嬢オリヴィエは学生時代に逆行していた。 彼女は婚約者である王太子カリストに近づく伯爵令嬢ミリエルを妬み、毒殺を図るも失敗。 国外追放の系に処された。 そこで老商人に拾われ、世界中を見て回り、いかにそれまで自分の世界が狭かったのかを痛感する。 新しい人生がこのまま謳歌しようと思いきや、偶然滞在していた某国の動乱に巻き込まれて命を落としてしまう。 しかし次の瞬間、まるで夢から目覚めるように、オリヴィエは5年前──ミリエルの毒殺を図った学生時代まで時を遡っていた。 夢ではないことを確信したオリヴィエはやり直しを決意する。 ミリエルはもちろん、王太子カリストとも距離を取り、静かに生きる。 そして学校を卒業したら大陸中を巡る! そう胸に誓ったのも束の間、次々と押し寄せる問題に回帰前に習得した知識で対応していたら、 鬼のように恐ろしかったはずの王妃に気に入られ、回帰前はオリヴィエを疎ましく思っていたはずのカリストが少しずつ距離をつめてきて……? 「君を愛している」 一体なにがどうなってるの!?

偽りの愛の終焉〜サレ妻アイナの冷徹な断罪〜

紅葉山参
恋愛
貧しいけれど、愛と笑顔に満ちた生活。それが、私(アイナ)が夫と築き上げた全てだと思っていた。築40年のボロアパートの一室。安いスーパーの食材。それでも、あの人の「愛してる」の言葉一つで、アイナは満たされていた。 しかし、些細な変化が、穏やかな日々にヒビを入れる。 私の配偶者の帰宅時間が遅くなった。仕事のメールだと誤魔化す、頻繁に確認されるスマートフォン。その違和感の正体が、アイナのすぐそばにいた。 近所に住むシンママのユリエ。彼女の愛らしい笑顔の裏に、私の全てを奪う魔女の顔が隠されていた。夫とユリエの、不貞の証拠を握ったアイナの心は、凍てつく怒りに支配される。 泣き崩れるだけの弱々しい妻は、もういない。 私は、彼と彼女が築いた「偽りの愛」を、社会的な地獄へと突き落とす、冷徹な復讐を誓う。一歩ずつ、緻密に、二人からすべてを奪い尽くす、断罪の物語。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

私の手からこぼれ落ちるもの

アズやっこ
恋愛
5歳の時、お父様が亡くなった。 優しくて私やお母様を愛してくれたお父様。私達は仲の良い家族だった。 でもそれは偽りだった。 お父様の書斎にあった手記を見た時、お父様の優しさも愛も、それはただの罪滅ぼしだった。 お父様が亡くなり侯爵家は叔父様に奪われた。侯爵家を追い出されたお母様は心を病んだ。 心を病んだお母様を助けたのは私ではなかった。 私の手からこぼれていくもの、そして最後は私もこぼれていく。 こぼれた私を救ってくれる人はいるのかしら… ❈ 作者独自の世界観です。 ❈ 作者独自の設定です。 ❈ ざまぁはありません。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~

tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。 番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。 ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。 そして安定のヤンデレさん☆ ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。 別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。

処理中です...