28 / 45
第五章
26.いつのまにか実験者になっていた(side:公爵令嬢)
しおりを挟む「なるほど、そういう実験なのね」
個人サイズの防御結界を張る魔導具。その性能を確かめたいのだとルーカスは言った。なるほどと頷くとともに、こんな物をほいほいと作ってしまうルーカスに脱帽するフォルトゥーナである。
(さすが、全属性を操る天才児だわ)
防御結界を張る魔導具はこの世に存在している。
だがそれは、特別に魔力を付与された拳の大きさの魔石 を四か所、地面に置いて展開するものだ。魔獣避けを主目的とし場所に対して施されるもの。それが現在の常識なのだ。それを、個人を守るものとして開発するとは恐れいる。
「はい。そろそろ被験者が来てくれるはずですが……」
(うん? “被験者”?)
今現在、魔導具であるイヤーカフを身に着けているフォルトゥーナが“被験者”なのでは? と首を傾げていると、訓練所に数人の騎士たちが現れた。
「若! お呼びと聞き、参上仕りましたぞ!」
「なにかの実験をすると伺いましたが」
騎士団長のエドムンドとシエラ副団長がルーカスの姿を認めると、声をかける。
彼らの背後に三名の騎士がいた。第一小隊の隊長ボニートと副隊長のラウロ。オレステは第二小隊の隊長で、第二小隊は魔法使いだけを集めた小隊である。
いずれも若いが一騎当千の強者揃いだ。みなフォルトゥーナとも顔見知りである。
「ねぇみんな。今日のフォルトゥーナさまを見て、どう思う?」
突然、そんなことをいうルーカスにフォルトゥーナを含む全員が面食らった。
(いきなりなにを?)
「はーい。いつ見てもおうつくしいでーす」
「ドレス姿もいいけど、スラックスはまた格別! スタイルいいっすね!」
「お髪の色に合わせたようなネックレスの宝石がいいと思います」
フォルトゥーナの困惑をよそに、小隊長たちがつぎつぎに感想をいう。
「ははは。ボニートは正直。ラウロは正直すぎる。オレステは目のつけどころがいいね!」
「おまえらっ! 不敬だぞ!」
ルーカスがにこやかにツッコミを入れると、騎士団長のエドムンドは小隊長たちに雷を落とした。シエラはこめかみを押さえてため息をついている。
えぇー? だってどう思うって若さまがきくからーと、小隊長たちが悪びれずに口ごたえする姿を見守っていたシエラが、おもむろに口を開いた。
「フォルトゥーナさまの周囲に、微量ですが風の魔法を感じます」
「さすがシエラだ」
魔法を見極める力のあるシエラの冷静なことばに、ルーカスは満足そうに頷く。
「これは……いつぞやの“保護膜”ではありませんか?」
「違和感があるほどに分かるかい?」
「いいえ。自分は以前見たことがあるから分かりましたが……そうですね、初見ならば風の精霊と相性のいいご令嬢なのだな、という印象ですかね」
その程度なら問題ないなとルーカスは呟く。
「じゃあ、その風の魔法がどこから発生しているか分かる?」
「え? ルーカスさまがかけている魔法でしょう?」
「ううん。いまのはぼくじゃない」
ルーカスがそういうと、シエラはまじまじとフォルトゥーナの全身を見つめる。
魔法のことは分からないからか、エドムンド団長とボニートとラウロは黙ったままだ。
魔法部隊の小隊長であるオレステはシエラといっしょに食い入るようにフォルトゥーナを見つめる。小さな声で、あぁたしかに風の魔法がと呟いている。
(居心地、悪いわ……)
ふたりから間近でジロジロと検分されるフォルトゥーナには堪ったものではない。とはいえ、鍛え抜かれた精神力をもってして笑顔は維持しているが。
「ネックレスの宝石から魔力を感じます。ルーカスさまの魔力ですよね?」
「うん、そうだよ」
オレステの指摘にルーカスは頷く。
「でもそれだけですよ? 魔法はどこから? え? フォルトゥーナさまの契約精霊は、たしか火の精霊ですよね? なのに風の魔法? えぇ? どうして?」
魔法に詳しいふたりがフォルトゥーナの背後に回ったり正面から見つめたり、せわしなく検分するが分からなかったらしい。
シエラが降参だと音をあげた。
ルーカスは一度頷くと、エドムンド団長に向き直る。
「いま、フォルトゥーナさまは風の防御結界に守られている状況です。耐久性を確認したいので、彼女に攻撃してみてくれる?」
「……は?」
エドムンドはぱかんと口を開けて絶句した。
しばらくそのまま沈黙が場を支配し。
「「「「「えええええぇぇぇぇぇぇえええええぇぇぇぇぇ?!?!」」」」」
異口同音の叫び声が五人分、訓練所にこだました。
「無理無理無理むりです! そんなこと! 公女さまに対して攻撃なんてっ」
「自分もイヤっすよ? 勘弁してくださいよ⁈」
「攻撃? 攻撃って? えええぇぇ?」
「風の防御結界ですって? この保護膜が? どのていどの強度なのですか? 魔法を弾くのですか?」
「風の防御結界? 全身にピッタリ沿うように展開されてますよ? そんなことが可能なのですか? あ、フォルトゥーナさま、ちょっと手を上げてください……あぁあああ、動きにも沿うのか? 凄すぎないかこれ!」
(なにこれ、どんな状態なの?)
驚愕の悲鳴をあげたあと、エドムンド、ボニート、ラウロの三名は顔を真っ青にして首を振りながら後退った。
シエラとオレステは、逆に瞳を輝かせてフォルトゥーナへ近づいた。魔法使いでもある彼らにとっては、探求心が刺激される情報だったらしい。
「団長たち、落ち着いて。シエラとオレステ、フォルトゥーナさまが怯えてるから一歩引こうか」
ルーカスの冷静な声に、彼らはいったん動揺を鎮めた。
だが前者三名の顔色は青いままで、後者二名は爛々と瞳を輝かせた良い笑顔のままである。
「うーん、やっぱりすぐに攻撃しろなんて無理かぁ」
ルーカスの呟きにエドムンドは無言でなんども首を振る。
防御結界の耐久性テストのためとはいえ、ラミレス公爵家の公女であるフォルトゥーナに対し危害を加える役目なのだ。万が一を考慮したら、まともな騎士なら躊躇するのも当然だ。
だがこんな調子では実験にならないと思ったフォルトゥーナは、オレステへ向けて提案してみた。
「水魔法の……弱い攻撃からなら、どう? そうね、コップ一杯分の量の水をわたくしにかけるの。失敗しても濡れるだけだし、不敬には問わないわ」
オレステは水の精霊と契約した水魔法の使い手である。
公女自身が不敬を問わないと言うのならと、自身の精霊を召喚した。
「あ、フォルトゥーナさまの背後からやってみて」
ルーカスの注文に合わせ、フォルトゥーナはオレステに背中を向けて立った。
オレステは精霊に水を出現させ、それをゆっくりフォルトゥーナの背中へ向けかけた――はずであった。
濡れたのはオレステの方だった。
フォルトゥーナの周囲に展開されている防御結界が、防御する人物に向けられた現象を弾いたのだ。
つぎにシエラがちいさな『ファイヤーボール』をフォルトゥーナの背中に向けて放った。火の塊は弾かれ、まっすぐにシエラへ向かい彼女の胸が受け止めた。
「おぉぉ……」
水を被ったオレステも、ちょっぴり火傷を負ったシエラもいい笑顔でルーカスを見る。
「フォルトゥーナさま、なにか衝撃はありましたか?」
「いいえ、ぜんぜん。はやく始めてくださいな」
ルーカスの問いに、フォルトゥーナは呑気な返事をした。
背中を向けていた彼女には、魔法を弾かれた二名の状態が分かっていないのだ。
「若さま! どの程度まで威力を高めてもいいのですか?」
なぜか瞳をキラキラと輝かせたオレステが尋ねる。ルーカスは首を傾げながら答えた。
「そのまま弾く設定にしてるからね。自分が受けてもいい程度かな」
その結果。
『ハイドロキャノン!』『スーパーアクアトルネード!』
『ファイヤーボール!』『火炎弾!』
フォルトゥーナは、水の攻撃魔法と火の攻撃魔法の詠唱を聞いたが、本人に向け放たれたという認識はなかった。
オレステとシエラの両名は、自分の技にやられて戦闘不能状態である。でも満足そうな笑顔だ。そんなふたりに治癒魔法をかけながらルーカスが団長へ話しかけた。
「じゃあエドムンド団長。剣での威力も確かめたいのですが」
「そのまま弾く設定にしてるって、言ってませんでしたか? 剣も?」
「それの、確認です」
「あんた鬼ですか」
苦笑いするエドムンドと、いつもの愛らしい笑顔をみせるルーカスが無言で睨み合う緊迫した雰囲気のなか、フォルトゥーナの間延びした声がかけられた。
「はやく始めてくださーい」
傍観者状態のボニートとラウロはその呑気な声に力なく笑う。
「団長、ひとつ提案。彼女の髪を一房切る位置で剣を抜いてください」
エドムンドはルーカスの魔法のできを疑ってなどいない。
彼の用意した個人用の防御魔法はきちんと機能すると解った。
それは間違いないのだ。
問題はまっすぐ弾くということ。己の技を己で受けるという、なかなかに緊迫する場面である。自分の腕に覚えがあるから余計に。
一歩間違えば自分の首が飛ぶ(物理)の注文に、エドムンドは腹を括った。
両足を開くと少し腰を落とし、低い体勢になる。
ゆっくりと、剣を構えた。
みんなに背中を向けただ立っているだけのフォルトゥーナは、いまどんな状態なのか知りたくなった。
攻撃魔法の詠唱は聞いた。水の跳ねる音やなにかが焦げる匂いも感じた。
けれど彼女自身にはなんの衝撃もない。痛みもない。結果、すこし退屈である。
防御結界とやらがきちんと機能しているからであろう。やはりルーカスの魔法はすごいのだと再認識した。
(静かになっちゃったけど、実験は終わったのかしら)
フォルトゥーナはなにも考えずに振り返った。
ちょうど同じタイミングで、エドムンドは愛剣を薙ぎ払った。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
※注1 魔石とは。
魔獣を倒すとその身体から取り出せる彼らの核。光の魔力に特に強く反応し、魔力を吸収する。
魔獣避けの防御結界を張るときに使用されるもの、という認識が強い。
他属性の魔力も吸収できるが、あまり汎用されていない。
ごつごつとした石で色も濁った沼地色。特殊な塗料を塗らなければもろく崩れる特徴も。宝飾品にはならない。
10
あなたにおすすめの小説
逆行した悪女は婚約破棄を待ち望む~他の令嬢に夢中だったはずの婚約者の距離感がおかしいのですか!?
魚谷
恋愛
目が覚めると公爵令嬢オリヴィエは学生時代に逆行していた。
彼女は婚約者である王太子カリストに近づく伯爵令嬢ミリエルを妬み、毒殺を図るも失敗。
国外追放の系に処された。
そこで老商人に拾われ、世界中を見て回り、いかにそれまで自分の世界が狭かったのかを痛感する。
新しい人生がこのまま謳歌しようと思いきや、偶然滞在していた某国の動乱に巻き込まれて命を落としてしまう。
しかし次の瞬間、まるで夢から目覚めるように、オリヴィエは5年前──ミリエルの毒殺を図った学生時代まで時を遡っていた。
夢ではないことを確信したオリヴィエはやり直しを決意する。
ミリエルはもちろん、王太子カリストとも距離を取り、静かに生きる。
そして学校を卒業したら大陸中を巡る!
そう胸に誓ったのも束の間、次々と押し寄せる問題に回帰前に習得した知識で対応していたら、
鬼のように恐ろしかったはずの王妃に気に入られ、回帰前はオリヴィエを疎ましく思っていたはずのカリストが少しずつ距離をつめてきて……?
「君を愛している」
一体なにがどうなってるの!?
偽りの愛の終焉〜サレ妻アイナの冷徹な断罪〜
紅葉山参
恋愛
貧しいけれど、愛と笑顔に満ちた生活。それが、私(アイナ)が夫と築き上げた全てだと思っていた。築40年のボロアパートの一室。安いスーパーの食材。それでも、あの人の「愛してる」の言葉一つで、アイナは満たされていた。
しかし、些細な変化が、穏やかな日々にヒビを入れる。
私の配偶者の帰宅時間が遅くなった。仕事のメールだと誤魔化す、頻繁に確認されるスマートフォン。その違和感の正体が、アイナのすぐそばにいた。
近所に住むシンママのユリエ。彼女の愛らしい笑顔の裏に、私の全てを奪う魔女の顔が隠されていた。夫とユリエの、不貞の証拠を握ったアイナの心は、凍てつく怒りに支配される。
泣き崩れるだけの弱々しい妻は、もういない。
私は、彼と彼女が築いた「偽りの愛」を、社会的な地獄へと突き落とす、冷徹な復讐を誓う。一歩ずつ、緻密に、二人からすべてを奪い尽くす、断罪の物語。
私の手からこぼれ落ちるもの
アズやっこ
恋愛
5歳の時、お父様が亡くなった。
優しくて私やお母様を愛してくれたお父様。私達は仲の良い家族だった。
でもそれは偽りだった。
お父様の書斎にあった手記を見た時、お父様の優しさも愛も、それはただの罪滅ぼしだった。
お父様が亡くなり侯爵家は叔父様に奪われた。侯爵家を追い出されたお母様は心を病んだ。
心を病んだお母様を助けたのは私ではなかった。
私の手からこぼれていくもの、そして最後は私もこぼれていく。
こぼれた私を救ってくれる人はいるのかしら…
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 作者独自の設定です。
❈ ざまぁはありません。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない
朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。
【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~
tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。
番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。
ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。
そして安定のヤンデレさん☆
ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。
別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる