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11.仕向けられた茶番
しおりを挟む「ごめんなさい、リラジェンマお義姉さま! ぜんぶ……全部わたしが悪いのっ! フィガロを責めないで!」
してやられた、と思った。
ヴィスカルディ侯爵家が広い庭園を開放し大々的に開いた茶会には多数の招待客で溢れ返っていた。その衆人環視の場での一コマ。
リラジェンマの異母妹、第二王女ベリンダが可憐な顔を涙で曇らせて泣きじゃくる。
その彼女の肩を抱き、庇うように立つ青年はこの侯爵家の次男坊フィガロ・ヴィスカルディ。
リラジェンマの記憶違いでないなら、この男は彼女の幼馴染みにして幼い頃に決められた婚約者のはずだ。それがどうして異母妹の肩を抱いているのか。泣かないでとその頬を撫でているのか。
「許して、なんてとても言えないけど……わたしたちふたりの仲を認めて欲しいの……お願い、お義姉さまっ」
(あらまぁ。図々しいこと)
はらはらと涙を溢す第二王女のさまは、繊細で可憐で男の庇護欲をそそるであろう。
そもそもこの場にベリンダが招かれていたとは思いもしなかった。
いや、それは正しくない。異母妹はヴィスカルディ家に滞在していた、という認識の方が正しいのだろう。さきほどこの家の次男坊がエスコートしてこの場に登場したし。
リラジェンマがこの邸に到着したときの出迎えには、多忙で手がすかないからと居合わせなかった婚約者が。
ここは王宮ではない。ヴィスカルディ侯爵家の邸宅だ。当然ながら王族に対する始祖霊の加護がない。
それを意識してこの騒ぎを起こしたとしたら、ベリンダはなかなかの策略家だと言わざるを得ない。
むしろ、この場は彼女に対していい風が吹いている。
(あの子の思惑にすべてが塗りつぶされるような空気だわ)
『餓鬼』が獲物に狙いを定め、頭から喰らうために悪意の罠を張っている。それがリラジェンマには視えても、他者には判らない。
「リラジェンマ殿下……本当に、申し訳ない。俺は貴女を裏切ってしまったんだ」
(そうね。そのとおりだわ)
フィガロ・ヴィスカルディが秀麗な顔を歪めながら訴えるが、リラジェンマの心に響くものはなにもない。
「フィガロは悪くないのっ! 悪いのはぜんぶわたし、ベリンダなの! わたしがフィガロを愛してしまったばかりに……っ」
(本当に愛しているのかはなはだ疑問ではあるけれど、悪いのがぜんぶあなたという意見には全面的に賛同するわ)
ベリンダお得意の『おねえさまの○○が欲しいの』が出たなとしか思えないのだ。
「あぁ、ベリンダ! 君を愛しているっ! 俺は真実の愛に目覚めてしまったんだ!」
(うん。もうご自由に)
茶番に巻き込まれている自覚があるせいで白けた気分しかない。
いったいこれはどこのお芝居の演目だろうか。
泣きじゃくる可憐な異母妹。
傍らで彼女を抱き締め慰める男は、つい先ほどまでは第一王女の婚約者であり、未来の王配になるはずだった。同じ年で幼馴染みで気心が知れた相手だった。熱烈な愛情があったわけではないが、信頼と友情は感じていたのだが。
それなのに、自分の生家ヴィスカルディ侯爵家で大々的に開かれているお茶会で、自分の不貞を発表するなんて、脳梗塞になったに違いないとリラジェンマは思う。
(いったいいつの間にと思うけど、一切の公務をしないベリンダに男を誑かす時間は無限にあるわね)
本人たちが申告しているとおり、悪いのは彼ら。非難されるなら間違いなく彼ら。
だというのに、この場の空気が最悪だった。
泣きじゃくる可憐な第二王女殿下と、それを支えようとする騎士の図。
まるで物語の一節のような。
そして周りの空気はこのバカげた茶番を引き起こした愚か者たちの味方であった。
『この憐れな恋人たちを救ってあげたい』
『悲恋を成就させてあげたい』
『どうかリラジェンマ王女殿下、彼らを許してあげて』
『どうか、許してさしあげて』
『どうか』
どこか酔っ払ったような醜悪で淀んだ空気に気圧される。
こんな性悪な異母妹の手練手管に引っかかるような迂闊な男はお断りだ。婚約破棄、おおいに結構!
とはいえ、このベリンダの可憐な様子に魂を染めあげられても抵抗はできなかっただろう、とは思う。若干同情もする。
なぜならウナグロッサ国の正式な王太女で特殊能力のあるリラジェンマと違い、そのほかの一般の人にはベリンダの本質、あの薄気味悪くほくそ笑んでいる『餓鬼』の姿など視えはしないのだから。見た目は愛らしい美少女なのだから。
(あぁ、まったく! 揃いも揃って狂っているわ。正しい判断ができないなんて!!)
せめて守護の陣が敷かれた王宮なら、このような狂った空気にはならなかったであろう。だれかひとりでもまっとうな判断を下し王太女殿下に対する不敬だと言い出しそうなものだ。
婚約者の生家ということで、王太女親衛隊は侯爵家の門前で待機させている。そのことに悔やむ日がくるとは思わなかった。
この場にいる招待客たちも、婚約者殿も。
ベリンダの醸し出す可憐で守ってあげたくなる雰囲気に押され、まともな判断ができなくなっている。
うんざりする気持ちを無表情な顔の下に隠し、リラジェンマ第一王女は大きくため息を吐いた。
彼らの要求は不貞を暴露したうえでの都合のいい望みであり、王太女殿下に対し不敬以外のなにものでもない。
リラジェンマは立場的にも彼らの意見など却下できる。
だが、あのベリンダに目をつけられた婚約者など、既に穢れた存在に視えてしまってキモチワルイ。彼を取り戻そうなんて思うほど高い熱量の愛情などそもそも持ち合わせていなかった。
彼女はとにかくあのおぞましい『餓鬼』に関わりたくなかった。
「いいわ、ベリンダ。フィガロ・ヴィスカルディは貴女の恋人と認めましょう。――フィガロ・ヴィスカルディ。貴方との縁も今日限りです。婚約解消手続きの委細は後日」
リラジェンマがそう許可の言葉を投げかけると、フィガロ・ヴィスカルディと周囲の人間はわっと歓声をあげ喜んだ。
ただ一人、ベリンダだけが不満そうに下唇を噛んだ。
◇
「そうして疲れた身体を引きずって、やっと王宮に帰った翌日早朝に、実の父親から国を戦禍にまみえさせないために人質になってくれと頼みこまれ、あれよあれよという間にメルカトゥスの街に連行されて。あとはあなたも知ってのとおりよ」
ウナグロッサの社交界にあのスキャンダルは瞬く間に広がったことだろう。王配と定められた侯爵令息は婚約者の妹姫と恋仲になったと。そして婚約者であった姉姫は身を引くように隣国に嫁いだと。
今となって考えてみれば、恐らくすべて父の策略だろう。少しずつ権力を自分の手に集め自分の愛する娘を女王にすべく動いていたのだ。今頃王太女の称号もベリンダに書き換えられているに違いない。
あの王宮にはウーナ王家の人間を加護するための魔法陣が張られていたが、父の言動は幼い王太女を慮るものばかりだった。
『幼い第一王女には負担だろうから自分が国王代理となろう』
『成人したばかりの王女に女王の位は重荷だろう。結婚し伴侶を得たあと戴冠した方がよかろう』
せっかく張られた魔法陣も悪意のない(ように感じる)言動には作用しなかったと推測される。そのせいで少しずつ権力が削られていったのだが。
そしてグランデヌエベからの要求は、父にしたらこれ以上ない良いタイミングでの布告だったのだろう。誰にも後ろ指差されることなく王太女を排斥できたのだから。
話し終え肩を竦めたリラジェンマは、その時やっと自分の膝の上に寝転んでいたウィルフレードが身体の向きを変え、じっとこちらを見つめていることに気がついた。
「ウィル?」
「佑霊たちは憂いていたよ。早く君を保護してくれって」
ウィルフレードはそう言って身体を起こすと立ちあがり、リラジェンマに手を差し出した。
「行こう。サインしなくちゃ」
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