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19.「君も知っているとおり」? いいえ、初耳ですけど?
しおりを挟むウィルフレードの言に驚かざるを得ない。
そもそも。
リラジェンマが育ってきた常識としては、人は死ぬとみな精霊になる。
精霊というものは、その多くは生きていたときの柵を捨て、記憶を捨て、魂だけの存在になり、本人の好きなことをし始める。その魂の相性のいい場所へ行き、その場所で自由気ままに過ごす。
生前、海が好きだった人間が精霊になったとき海の精となったり。
木こりとして己の仕事に誇りを持って生きた人間が精霊になったとき、木の精霊となったり。
その魂が思うまま、気の赴くまま行動するのが精霊。
そういうものだとずっと思っていた。
ウィルフレードが精霊の声を聞く特殊能力があるという話は昼間知った。
だが、基本自分の好きなことしかしない精霊たちが、ウィルフレードに向かって語り掛けるだなんて、会話が成立するなんてそもそも驚愕なのだ。
ウィルフレードは語る。その日は精霊たちが妙に騒がしかったと。
好きなことしかしないはずの精霊が、徒党を組んで一斉に語り掛けたのだと。
しかも隣国の精霊まで一緒になって。
ウィルフレードもはじめは聞き流していたが、彼らのその懸命さに重い腰を上げた。訴えた精霊の中に佑霊が混じっていたのも理由としては大きかったらしい。
「佑霊とは、君も知っているとおり精霊の中でも護国意識の高い精霊だ。生前、王家の人間だったり騎士だったりして愛国心が強く、死したのちもなお国を憂う精霊たちだ。彼らの助言に耳を傾けるのは当然のことだ」
(『君も知っているとおり』? いいえ、初耳なのだけど⁈ 佑霊ってわたくしたちのいうところの始祖霊と同じって言ってたわよ。始祖霊はウナグロッサの王家の人間がなるものだわ)
王家の人間だけでなく愛国心の強い人間も、死後特別な精霊になるというのか。
知っていて当然として話を進められるとつらい。ウィルフレードと出会ってから何度も感じる認識不足による会話の不成立さに戸惑いつつ質問を挟む。挟まざるを得ない。
「えっと、まず精霊と佑霊の違いなんて、わかるの?」
リラジェンマがいままで信じて来た常識では、精霊は人間の目には視えない存在だったはず。
「判るよ。輝き方が違うからね」
そうあっさりと返答したウィルフレードに驚きも倍増した。彼にとっては声だけでなく、会話が交わせるだけでなく、精霊の存在までも視えるのか。しかも精霊と佑霊の違いまで判るなんて!
「陛下たちも、精霊が視えるのですか?」
「いや。それはウィルフレードだけの特殊能力だ」
リラジェンマが国王へ問いかけると、彼はあっさりと否定した。国王の瞳を覗き込めば、黄水晶の煌めきがリラジェンマを見返した。
悪意は欠片も見当たらないし、嘘を言っている風でもない。
ウィルフレードは困惑するリラジェンマを知ってか知らずか、説明を続ける。
「その佑霊がね、僕に言ったんだ。『嫁がいるから迎えに行け』って」
「え?」
「嫁って誰? って訊いたら『リラジェンマ』って教えてくれた」
どういうことだろう。
「ウナグロッサの国内に入ったら、長い銀髪の佑霊が泣きながら僕に訴えるんだ。『リラジェンマを助けて』って。『お願い早く』って」
泣きながら訴えた銀髪の佑霊、とは。……生前は誰だったのだろう。
(もしかして……おかあさま?)
生前の母はリラジェンマに対して冷淡であった。
その母が、記憶を無くすはずの精霊になった後にまで娘の助命を願うものだろうか。……まさか。
「ウィルは、どうして佑霊の言うことを信じたの?」
そもそも精霊は好きなことしかしないのだ。
精霊が好き勝手に言っているだけだと聞き流さなかったのは何故なのか。リラジェンマには不思議なことなのだが。
「精霊の、特に佑霊の助言は昔から我らを導いてくれると、過去のヌエベ国王が書き残しているんだ。初代さま、五代目、七代目、十三代目なんかは僕のように精霊の声を聞けたらしい。
直接声が聞こえなくても、我がヌエベ家の人間はみな異様に勘が鋭い。父上や弟もそうだ。言葉としてでなく、感覚で精霊の助言を受け入れやすいんだろう」
当たり前のことのように語るウィルフレードに、云々と頷く国王陛下。
(え? つまりそれは、……今まで勘を頼りに国家運営してきたということ?)
これぞ文化的衝撃。異文化に感じる違和。リラジェンマの常識では計り知れない事実であった。佑霊関連の話の中でも最大限に驚愕な事実だ。
「いまリラジェンマ姫が考えたとおりよ。勘が頼りなのですもの。グランデヌエベはちょっと特殊よね」
そう言ったのは王妃であった。王妃自身は他国の出身なのだと本人から説明を受けた。
「今上陛下はウィルフレードを非難するようなことばかり仰いますが、そんな陛下も王太子時代には先代の国王陛下に同じように怒られていましたしねぇ……ほら、こちらのプリン、美味しくてよ? どうぞ召し上がれ」
「ヴィルヘルミーナ……」
「母上……」
鷹揚に笑いながらリラジェンマにデザートを手渡す王妃に、渋い顔をした国王と王太子。
(相変わらず……混沌ね……)
リラジェンマは驚愕に固まったままの笑顔でデザートを受け取った。
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