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18.国王夫妻との晩餐会
しおりを挟む結果から言えば。
国王夫妻との晩餐会は無事に乗り切った。
食事はきちんと取った。リラジェンマは。
リラジェンマの率直な感想としては、とんでもない現場に立ち会ってしまった、というところだ。
国王夫妻とウィルフレードとリラジェンマの四人だけという身内のみの小規模な食事会で、テーブルの上にすべての料理を載せたあと給仕の者たちも下がらせた。
その完全プライベート空間になったあと、始まったのは父と息子による親子喧嘩だった。
リラジェンマが名乗ったあとから空気がひんやりとした。
「リラジェンマ・ウーナという名前の姫君は、ウナグロッサの世継ぎの姫ではなかったかな」
そう尋ねた国王陛下はウィルフレードと同じ黄水晶の瞳とブルネットの髪を持つ壮年のスマートな男性であった。
口ひげを生やした男らしい風貌の陛下のこめかみには青筋が一本立っているように見える。
どうやら、ウィルフレードが一軍を率いてウナグロッサに宣戦布告した事実を、グランデヌエベの国王夫妻は知らなかったらしい。
国王夫妻の認識では。
ある日急に王太子ウィルフレードは『花嫁を迎えに行ってきます』と言い残し、一個師団を護衛として連れて出ていったらしい。
それまでのウィルフレードは結婚なんて興味なさげで、嫁どころか婚約者の選定さえしなかった。どんなに候補者を集めてみても『気に入らない』『相応しくない』と追い返した。他国からくる見合い話の釣り書きを見せても同様。王統を継ぐのはお前なんだぞと叱責したところで『弟か弟の子に継がせればよいでしょう』という答えを返す始末。
そんな王太子が、急にその気になったとは! と国王夫妻は驚いたらしい。
そして『誰を嫁に選んだのだ』と大騒ぎになったのだとか。
それが『宣戦布告』をし『王太女』の姫を連れて来たのだから、国王が怒り出すのも当然だろう。
「お前はどうしてそう勝手なことをしたんだ! 国際問題じゃないかっ! せめて何をする気だったのかこの父に報告をしろ!」
「それは今しています」
「ウィルフレード!」
(怒鳴り声って、ちょっと怖い……わたくしの前でこんな大声だす人間なんて皆無だったもの)
威風堂々とした国王陛下の怒鳴り声と、それをどこ吹く風とばかりに受け流す飄々とした王太子。成人男性のこんなやり取りを聞くのが初めてのリラジェンマは内心びくびくしてしまう。
「リラジェンマ姫。こちらのお肉、取り分けましょう。もっと召し上がれ」
緊張するリラジェンマを気遣ってか、王妃がおっとりと優しく話しかける。自分の夫と息子が怒鳴りあっていることなど耳に入っていないが如く。
(えぇと……王妃殿下はこの喧嘩に参入する気はない、というわけですね?)
ウィルフレードと同じ金髪の王妃は先ほどからリラジェンマの世話をするのに余念がない。
というか、むしろ嬉々として給仕をしたがる様子はおままごとに勤しむ幼女のように可憐である。彼女の顔立ちはウィルフレードにそのまま受け継がれたようで、特にその切れ長の一重がそっくりだ。ただ薄い紫色の瞳のせいで受ける印象がまるで違う。
王妃は凛とした中に甘いスパイスを混ぜ込んだような不思議な雰囲気。
ウィルフレードの黄水晶の瞳は、なんでも見通しそうな冷たさも感じる。
「戦になったらどうするっ⁈」
「なりませんしさせません。もしなっても負けません」
「こちらのお魚も美味しいわよ」
(……なんなの、この空間……)
いっそ小気味よいと感じるほど続く国王と王太子の口喧嘩を聞くともなしに聞いていたら、だいたいの事情は理解した。
ウィルフレードが行った突然の宣戦布告は、あくまでもウナグロッサの王宮へそういう名目の書状を送っただけで、実際のところメルカトゥスの街を攻撃などしていないらしい。あの街へは『花嫁を迎えに来ました』と言って占拠、もとい、滞在したのだとか。
だからこそウィルフレードのあの盛装姿だったのだ。
国境検問所や街の代官たちはあっさりウィルフレードの口車に乗り、きっちり軍備を整えた一個師団の侵入を認めたというのだから、リラジェンマとしては眩暈に襲われる。
(王太子本人がいるのだから、それくらい厳重に警備していても……って思ったのかも? とはいえ、そんな名目で一軍の侵入を許すなんて、なんのための国境警備よ。機能していないじゃないっ)
メルカトゥスの街の住民には一時的に外出禁止を命じていたらしい。代官には姫本人が来たらお祭りにしましょう、それまではサプライズにしたいから隠れていてください、などと丸め込んだのだとか。
そうしてテントを張った翌日にリラジェンマが訪れてウィルフレードたちもびっくりしたらしい。
彼としても2~3日滞在すると想定していたのだとか。ここまで迅速に世継ぎ姫を差し出すなど、逆になにか裏があるのかと一目散に逃げてきたのが実情だとか。
「早く逃げろと佑霊たちが急がせるものだから、余計に」
「そうか。それなら仕方ないな」
(……はい? 『仕方ない』で済ますの?)
国王陛下も王妃殿下も、ウィルフレードの言った言葉に驚く様子もなく平然と聞いている。
(お二方とも、ウィルが佑霊の言葉を聞けるという事実は当たり前のこととして受け止めているのね)
それになによりこの部屋は人払いが済んでいる。親子間ではウィルフレードの特殊能力は既知なのだろう。
「あの、ウィル。質問しても?」
「なんだい?」
リラジェンマが恐る恐る口を開けば、ウィルフレードは笑顔で彼女に対応した。しかめっ面をした父親から解放される道だと思ったのかもしれない。
「もしかして、だけど。そもそも急にウィルがウナグロッサに来てわたくしの身を要求したのって……始祖……いえ、佑霊、の指示だった?」
「お。流石だね。そのとおりだよ」
「どんな指示だったの?」
肩を竦めながらウィルフレードが語る。
「佑霊、というか。精霊たちがね、うるさかったんだ。『来て。助けて。早く。お願い』と。彼らが一斉に喋ると言葉というより耳鳴りに近くてね。理解するのに苦労したんだ」
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