異母妹にすべてを奪われ追い出されるように嫁いだ相手は変人の王太子殿下でした。

あとさん♪

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17.「僕もさっき聞いたばかりだ」……なんですって?

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「リラに似合う髪飾りはないかなって、宝物庫を探していたらこのリラの髪飾りが出てきて……母上からも使えそうなものはなんでも使えって言われてたけどこんなに似合うなんて……」

 ウィルフレードの黄水晶シトリンの瞳がとろりと蕩けたような錯覚を受けた。
 しみじみと呟いたと思うと、ウィルフレードの頬が徐々に上気していく。しかもやわらかく微笑んでいる。

「リラ、可愛いなぁ」

(わたくしは、なにを言われているのかしら)

 思わず、といった調子で溢される単語に聞き覚えがないせいで、耳を疑ってしまう。
『可愛い』などという単語はリラジェンマのために使われたことなどない。リラジェンマを褒めるための単語は『聡明』とか『優秀』とか『次期女王に相応しい』であったはずである。
『可愛い』などと。
 そんな単語、ついぞ聞いたことがなかった。

 生前の母は『正統な跡継ぎ』としてのリラジェンマの賢さを褒めてくれたが、その他では冷淡であった。
 父はほぼ無関心であった。家庭教師から優秀な成績を修めているという報告を受けたとき、リラジェンマに対して『よく励め』と言ったきりだった。

 その後、宮殿に引き取られた異母妹ベリンダに対して『お前は可愛いなぁ』などと話しかけているのを聞いたことがあった。

 父に似ているのはリラジェンマだというのに、自分に似た娘は可愛くないらしい。
 そんな父に似てしまったからこそ、母はリラジェンマに対して冷淡に接していたのかもしれない。
 そう思い至ったとき、リラジェンマは自分の顔が嫌いになった。自分も父と一緒に母を裏切っていたようで母に対して申し訳なかった。
 それ以来、まともに鏡を見ることが出来なくなったのだ。

 けれど。

 今、気のせいでなければウィルフレードはリラジェンマに見惚れている。
『可愛い』などと彼女に対する賞賛の単語を口にしている。

(わたくし、ウィルの目には可愛く映っているのかしら。信じてもいいのかしら)

 彼の真意を知りたくて黄水晶シトリンの瞳を覗き込めば、その瞳の中に、リラジェンマが視えた。

 赤い頬をしている。
 それはウィルが?
 それともリラジェンマ?

 彼の真意はわからなかった。
 けれど、なぜか非常に恥ずかしく、居た堪れない気持ちになった。

(どうしよう。恥ずかしい……悲しくもないのに涙がでる……)

 急に部屋の温度が上がったように感じるのはなぜなのか。
 走ったわけでもないのに急に動悸が激しくなったのはなぜなのか。
 息切れが、眩暈さえ感じるのはなぜなのか。

 ウィルフレードがやっと動きだした。
 優雅にリラジェンマの手を取り、彼女の手の甲に唇を寄せると音を立てるだけの挨拶をした。
 たぶん、お互いに手袋越しだから黙っていられた。
 もし、直に手を触れられ今の挨拶をされたなら。

(背中に冷や汗を感じるのだけど! 手は? 手もいやな汗かいているのではないの? スゴイわ、わたくし! 悲鳴をあげなかったのだものっ! 他者に内心を勘づかれないよう表情筋を鍛えた甲斐があったかもしれないわ)

 いままで女王となるために受けた教育のすべてが、今日この時のための物だったのかもしれないと思うほど、内心は動揺していた。
 その動揺をちゃんと隠しきれているのか、はなはだ疑問ではあったが。

「じゃあ、行こうか。今日の晩餐はリラも気に入るといいな。うちの料理長が腕をふるってくれたよ。父上と母上も楽しみにしてるって」

「え゛」

 父上と母上?
 ウィルフレードの両親といえば、グランデヌエベの国王と王妃を指す。

「両陛下が同席なさるの? 初耳よ?」

 王太子殿下との晩餐、ではなかったのか。
 そんな最重要な情報はもっと早く教えて欲しかったとウィルフレードに問えば、

「うん。僕もさっき聞いたばかりだ」

 と、いい笑顔で答えてくれた。

(あなたは実の両親だから突然でも良いかもしれませんがね!)

 なにやら覚えのない動悸、息切れ、眩暈、冷や汗、目の潤みなど不思議な諸症状に狼狽えているところに、その最重要情報でとどめを刺そうだなんて、なんて狡猾なのだろうか!

 しかも、うっかり聞き流していたがさきほどウィルフレードはかなり恐ろしいことを言っていなかっただろうか。
 今リラジェンマが髪に飾っている物は『宝物庫を探して』見つけたとかなんとか。
 よくよく考えてみれば、王子殿下個人の『宝物庫』に、女性用の髪飾りなどあるだろうか。 いや、ないだろう。断言できる。王子に女装趣味があれば別だが。
 この場合『宝物庫』とは、王宮の、国の物なのではなかろうか。そして王宮の宝物庫なんて、歴史的御物が所蔵されている場所なのではなかろうか。歴代の王妃殿下が所有していたティアラとか。何代か前の王女殿下用に設えたドレスとか。
 そんな大切な物を引っ張り出してきたのか!
 ……そうでなければリラジェンマの年頃の女性に合わせたようなドレスやお飾りがすぐに用意できるとは考えにくい。

 しかも。

『母上から』『なんでも使え』と? つまり王妃殿下の許可のもと宝物庫を漁ったと?
 その王妃殿下が晩餐に同席すると?
 息子が何を選んだのか。それをつける隣国の姫はどういった人間なのか。
 それらの答え合わせのために国王陛下たちは同席するのだろう。

(胃まで痛くなってきたわ……)

 動悸、息切れ、眩暈、冷や汗、目の潤みに加え、胃痛。晩餐は断って寝込むべきだろうか。一瞬、そう後ろ向きに考えた。

 が。

(国王両陛下が晩餐に同席しようだなんて、だいぶ友好的な態度ではないかしら)

 リラジェンマの扱いは人質なのか花嫁なのか。
 国王陛下に会えば、国としての指針が判るだろう。

「さぁ、行こう」

 上機嫌なウィルフレードがエスコートするのに合わせ、リラジェンマは一歩を踏み出した。


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