44 / 66
44.「リラ……リラ……リラっ!」……!
しおりを挟む(???? いま“臭かった”と言った?)
ウィルフレードの漏らした言葉が意外過ぎて反応出来ずにいると、彼は頭を掻きむしりつつ膝から崩れ落ちた。
「なんだ? あの女。本当にリラと血の繋がりがあるのか? なんだあの汚臭! 吐くかと思ったぞ」
「おしゅう?」
「リラは感じないのか……あぁ、ちくしょう、だれにも伝わらないとはイライラする……」
本当に本気で気分を害したらしいウィルフレードの、その顔色の悪さにびっくりする。
「えぇ? 明日アレと会わねばならんのか? 嘘だろ? 拷問だっ」
ウィルフレードのこの調子はいったいなんなのだろう?
人前だというのに膝をつき、取り乱している。それに顔色も悪い。
(これ、なに?)
(ワタクシめにも、さっぱりわかりません)
疑問符ばかりが脳内を圧倒するが、ウィルフレードの側近であるバスコ・バラデスに視線を投げて問うても、彼も困惑しきった表情で首を振りリラジェンマを見るのみだ。
「えぇと、ウィル? ちゃんと説明して? いったいどうしたの?」
蹲り頭を抱えるウィルフレードの前でリラジェンマも同じように跪いた。
彼の肩に手を置き、その顔を覗き込もうとすれば。
「あ……」
ゆっくり顔をあげたウィルフレードがリラジェンマの瞳を見つめた。
酷く具合が悪そうに見えた顔色が徐々に元通りに……いや、頬に赤みがさし嬉しそうにリラジェンマの顔を見つめる。
いつの間にか、その黄水晶の瞳がウルウルと涙ぐみ始め。
「リラ……リラ……リラっ!」
「!」
しゃがんだ体勢でいるリラジェンマに、ウィルフレードが感極まったように突然抱き着いたから堪らない。
彼の抱き着く勢いのまま、床に押し倒されてしまった。
幸いウィルフレードの大きな手がリラジェンマの後頭部を支えていたお陰で、床に強打されるような事態は避けられた。
だが、室内は「殿下っ!お静まりくださいっ!」という大声で埋め尽くされた。
なにせ近衛騎士たちが周りには大勢いるのだ。
「殿下。小官の目の前で婦女子に対する乱暴、見過ごすわけには参りませんぞ」
カバジェ団長に首根っこを掴まれリラジェンマから引きはがされたウィルフレードは
「あぁ……うん、ごめんねぇ」
と力なく微笑んだ。
(えっと……どうしちゃったのかしら)
ウィルフレードの行動や反応はすべてリラジェンマの理解の範疇外で、いつもいつも翻弄されるばかりであった。
だが今日のこれはいつも以上に想定の斜め上だ。
「ウィル。ちゃんと説明して欲しいわ。“汚臭”ってベリンダに感じたの? 吐きそうになるくらい辛いものだったの?」
「リーラー」
泣きそうに顔を歪めながらリラジェンマに手を伸ばしたウィルフレードであったが、相変わらず首根っこをカバジェ団長に掴まれ続けているせいで身動き出来ずにいる。
彼女を求める手だけが伸ばされ弱々しく揺れる。
仕方がないので、リラジェンマが彼の手を握った。
(なんというか……幼い子どもみたいな仕草、反応……どうしたというの?)
リラジェンマの手を握ったことで、少しだけ安堵した表情になったウィルフレードであったが、小さな声でぶつぶつと呟いている。
「アレは嫌だ。会いたくない。臭い。キモチワルイ」
どこか迷子になった子どものようであり、夢遊病患者のようでもあるそれは、いつものウィルフレードらしさ――すべてを超越したかのような飄々とした雰囲気――がどこにもなかった。
(ウィルの持つ特殊能力のせいで、こんな風になるのかしら)
そう思った途端、リラジェンマの脳裏に知らない男の声が反響した。
《感覚共有。範囲:城内》
リラジェンマとウィルフレードの繋いだ手を中心に、何かが波紋のように広がったのが分かった。
(え? 今の、だれの声? 初めて聴く男の人の声だったけど……耳からじゃなくて、いきなり頭の中に響いたのだけど)
「リ……ラ」
目の前にあるウィルフレードが苦痛に顔を歪めた。彼にもう片方の手を伸ばそうとして、リラジェンマは急激な眩暈と血が下がる感覚を覚えた。
(え? 貧血? どうして、急に……)
視界が狭まり、あっという間に意識が閉ざされる。
「ウィルフレード殿下! リラジェンマ妃殿下!」
カバジェ団長を始めとする、近衛騎士たちの自分を呼ぶ声をどこか遠くに感じながら。
◇
リラジェンマは『自分は夢を見ているのだ』という自覚のある夢の中にいた。
何故なら、目の前には見知らぬ人がいる。見知らぬ人のはずなのに、やけに懐かしい心地がする。
とはいえ、はっきりと顔が見えているわけでもなく。
その人が――男の人? 口元だけが印象的だ――微笑みながら言った。
『一の姫よ。あの子のこと、頼んだよ』
待ってください、あの子とはだれのことでしょうか。
『一と足すと桁が変わるでしょ。いいわよ。……、変えちゃいなさいよ』
後ろから、別の声が――女の人?――聴こえたから振り向いた。
そこにいたのはウィルフレード。彼の前に白く光る『何か』があった。その光から声が聴こえた。
『ふたりなら、大丈夫。思うがままに』
ウィルフレードがこちらを見た。黄水晶の瞳が揺れる。
『……リラ』
甘く優しい声で、ウィルフレードが自分を呼んだ――
◇
(ん? なんだか騒がしいわね)
リラジェンマの意識が戻ったとき、周囲はなにやら慌ただしい人の気配が充満していた。
(いつもの侍女たちはわたくしの睡眠の邪魔にならないよう動くのに……変ね……ん? わたくし、いつ眠ったのかしら)
意識は目覚めたが目が開かない。
身体が動かない。昨夜はなにをした? そこまで考えて一気に記憶が蘇った。
(舞踏会! ベリンダが来て! ウィル!)
やっと目が開いたが、身体全体が酷く重い気がする。少々、頭痛もする。視界はいつものリラジェンマの寝台からの……いや違う。微妙に違う。
寝台に寝ている、のは確かである。天蓋とそこからカーテンが垂らされ寝台の周りを囲ういつもの風景。同じ材質、同じ作り。けれどなにかが違う。
なにが違うのか暫く考えた。
(わかったわ。いつもの寝台よりも広さが格段に違うのね)
いつもリラジェンマが使用している寝台よりも、幅が広いのだ。
(つまり、違う部屋で寝ているということ……どこよ、ここ)
何気なく視線を右に向けたとき、リラジェンマはピキンと音が立つように固まった。
そこにウィルフレードの秀麗な横顔があったから。
22
あなたにおすすめの小説
妹の身代わりに殺戮の王太子に嫁がされた忌み子王女、実は妖精の愛し子でした。嫁ぎ先でじゃがいもを育てていたら、殿下の溺愛が始まりました・長編版
まほりろ
恋愛
国王の愛人の娘であるアリアベルタは、母親の死後、王宮内で放置されていた。
食事は一日に一回、カビたパンやまふ腐った果物、生のじゃがいもなどが届くだけだった。
しかしアリアベルタはそれでもなんとか暮らしていた。
アリアベルタの母親は妖精の村の出身で、彼女には妖精がついていたのだ。
その妖精はアリアベルタに引き継がれ、彼女に加護の力を与えてくれていた。
ある日、数年ぶりに国王に呼び出されたアリアベルタは、異母妹の代わりに殺戮の王子と二つ名のある隣国の王太子に嫁ぐことになり……。
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します。
※小説家になろうとカクヨムにも投稿しています。
※中編を大幅に改稿し、長編化しました。2025年1月20日
※長編版と差し替えました。2025年7月2日
※コミカライズ化が決定しました。商業化した際はアルファポリス版は非公開に致します。
【完結】王太子に婚約破棄され、父親に修道院行きを命じられた公爵令嬢、もふもふ聖獣に溺愛される〜王太子が謝罪したいと思ったときには手遅れでした
まほりろ
恋愛
【完結済み】
公爵令嬢のアリーゼ・バイスは一学年の終わりの進級パーティーで、六年間婚約していた王太子から婚約破棄される。
壇上に立つ王太子の腕の中には桃色の髪と瞳の|庇護《ひご》欲をそそる愛らしい少女、男爵令嬢のレニ・ミュルべがいた。
アリーゼは男爵令嬢をいじめた|冤罪《えんざい》を着せられ、男爵令嬢の取り巻きの令息たちにののしられ、卵やジュースを投げつけられ、屈辱を味わいながらパーティー会場をあとにした。
家に帰ったアリーゼは父親から、貴族社会に向いてないと言われ修道院行きを命じられる。
修道院には人懐っこい仔猫がいて……アリーゼは仔猫の愛らしさにメロメロになる。
しかし仔猫の正体は聖獣で……。
表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」
・ざまぁ有り(死ネタ有り)・ざまぁ回には「ざまぁ」と明記します。
・婚約破棄、アホ王子、モフモフ、猫耳、聖獣、溺愛。
2021/11/27HOTランキング3位、28日HOTランキング2位に入りました! 読んで下さった皆様、ありがとうございます!
誤字報告ありがとうございます! 大変助かっております!!
アルファポリスに先行投稿しています。他サイトにもアップしています。
没落貴族とバカにしますが、実は私、王族の者でして。
亜綺羅もも
恋愛
ティファ・レーベルリンは没落貴族と学園の友人たちから毎日イジメられていた。
しかし皆は知らないのだ
ティファが、ロードサファルの王女だとは。
そんなティファはキラ・ファンタムに惹かれていき、そして自分の正体をキラに明かすのであったが……
辺境伯へ嫁ぎます。
アズやっこ
恋愛
私の父、国王陛下から、辺境伯へ嫁げと言われました。
隣国の王子の次は辺境伯ですか… 分かりました。
私は第二王女。所詮国の為の駒でしかないのです。 例え父であっても国王陛下には逆らえません。
辺境伯様… 若くして家督を継がれ、辺境の地を護っています。
本来ならば第一王女のお姉様が嫁ぐはずでした。
辺境伯様も10歳も年下の私を妻として娶らなければいけないなんて可哀想です。
辺境伯様、大丈夫です。私はご迷惑はおかけしません。
それでも、もし、私でも良いのなら…こんな小娘でも良いのなら…貴方を愛しても良いですか?貴方も私を愛してくれますか?
そんな望みを抱いてしまいます。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 設定はゆるいです。
(言葉使いなど、優しい目で読んで頂けると幸いです)
❈ 誤字脱字等教えて頂けると幸いです。
(出来れば望ましいと思う字、文章を教えて頂けると嬉しいです)
【完結】熟成されて育ちきったお花畑に抗います。離婚?いえ、今回は国を潰してあげますわ
との
恋愛
2月のコンテストで沢山の応援をいただき、感謝です。
「王家の念願は今度こそ叶うのか!?」とまで言われるビルワーツ侯爵家令嬢との婚約ですが、毎回婚約破棄してきたのは王家から。
政より自分達の欲を優先して国を傾けて、その度に王命で『婚約』を申しつけてくる。その挙句、大勢の前で『婚約破棄だ!』と叫ぶ愚か者達にはもううんざり。
ビルワーツ侯爵家の資産を手に入れたい者達に翻弄されるのは、もうおしまいにいたしましょう。
地獄のような人生から巻き戻ったと気付き、新たなスタートを切ったエレーナは⋯⋯幸せを掴むために全ての力を振り絞ります。
全てを捨てるのか、それとも叩き壊すのか⋯⋯。
祖父、母、エレーナ⋯⋯三世代続いた王家とビルワーツ侯爵家の争いは、今回で終止符を打ってみせます。
ーーーーーー
ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。
完結迄予約投稿済。
R15は念の為・・
0歳児に戻った私。今度は少し口を出したいと思います。
アズやっこ
恋愛
❈ 追記 長編に変更します。
16歳の時、私は第一王子と婚姻した。
いとこの第一王子の事は好き。でもこの好きはお兄様を思う好きと同じ。だから第二王子の事も好き。
私の好きは家族愛として。
第一王子と婚約し婚姻し家族愛とはいえ愛はある。だから何とかなる、そう思った。
でも人の心は何とかならなかった。
この国はもう終わる…
兄弟の対立、公爵の裏切り、まるでボタンの掛け違い。
だから歪み取り返しのつかない事になった。
そして私は暗殺され…
次に目が覚めた時0歳児に戻っていた。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 作者独自の設定です。こういう設定だとご了承頂けると幸いです。
【完結】 私を忌み嫌って義妹を贔屓したいのなら、家を出て行くのでお好きにしてください
ゆうき
恋愛
苦しむ民を救う使命を持つ、国のお抱えの聖女でありながら、悪魔の子と呼ばれて忌み嫌われている者が持つ、赤い目を持っているせいで、民に恐れられ、陰口を叩かれ、家族には忌み嫌われて劣悪な環境に置かれている少女、サーシャはある日、義妹が屋敷にやってきたことをきっかけに、聖女の座と婚約者を義妹に奪われてしまった。
義父は義妹を贔屓し、なにを言っても聞き入れてもらえない。これでは聖女としての使命も、幼い頃にとある男の子と交わした誓いも果たせない……そう思ったサーシャは、誰にも言わずに外の世界に飛び出した。
外の世界に出てから間もなく、サーシャも知っている、とある家からの捜索願が出されていたことを知ったサーシャは、急いでその家に向かうと、その家のご子息様に迎えられた。
彼とは何度か社交界で顔を合わせていたが、なぜかサーシャにだけは冷たかった。なのに、出会うなりサーシャのことを抱きしめて、衝撃の一言を口にする。
「おお、サーシャ! 我が愛しの人よ!」
――これは一人の少女が、溺愛されながらも、聖女の使命と大切な人との誓いを果たすために奮闘しながら、愛を育む物語。
⭐︎小説家になろう様にも投稿されています⭐︎
【完結】愛してるなんて言うから
空原海
恋愛
「メアリー、俺はこの婚約を破棄したい」
婚約が決まって、三年が経とうかという頃に切り出された婚約破棄。
婚約の理由は、アラン様のお父様とわたしのお母様が、昔恋人同士だったから。
――なんだそれ。ふざけてんのか。
わたし達は婚約解消を前提とした婚約を、互いに了承し合った。
第1部が恋物語。
第2部は裏事情の暴露大会。親世代の愛憎確執バトル、スタートッ!
※ 一話のみ挿絵があります。サブタイトルに(※挿絵あり)と表記しております。
苦手な方、ごめんなさい。挿絵の箇所は、するーっと流してくださると幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる