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◆序◆
4.ミハエラ・ナスル、到着した日の夜
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「まいったな。こんなに話が通じないとは」
ミハエラ・ナスルはうんざりしながら天を仰いだ。
こんなことなら王都くんだりまでのこのこと訪れなければよかったと後悔したが、それこそ後の祭りである。
フィーニス辺境領に隣接している広大な魔の森は、常に魔獣どもがうようよしている。
その魔獣たちを屠るのが辺境に住む一族の仕事である。彼らフィーニスの一族は魔獣と魔の森を熟知している。
普段ならばそれで済むが、特大魔獣大暴走だけは違う。
規模が桁違いなので、国中から名立たる騎士団や冒険者たちに出動を要請し『魔獣討伐連合軍』が編制されるのだ。
今回も王立騎士団はもとより、有力貴族の騎士たちが参戦し、特大魔獣大暴走に対応した。ミハエラはその先陣に立って八面六臂の活躍をしたのだが。
フィーニスの当主である辺境伯さまからお褒めのことばをいただき浮かれた彼女は、国王さまからもご褒美を貰えるぞという辺境伯の口車に乗り王都へ来てしまった。
若くうつくしいミハエラは、国王陛下に大絶賛され褒め称えられた。
そして、なんでも褒賞を与えようという陛下のことばに嬉々として望みを言った。
だがお披露目の夜会とやらで発表されたのは、セルウェイ公爵閣下の嫁になれという寝耳に水な状況。
ミハエラは愕然とした。
訂正を訴えたかったが、国王陛下の居る場所は遠く話しかけることすらままならなかったし、ひっきりなしに誰ともしれない連中に話しかけられ(しかもお祝いのことばを! 戦果を挙げたことを褒められるのは問題ないが、結婚を祝われるのは大問題だ)それにも閉口した。
それならば公爵閣下に直訴だと、ふたりきりになった馬車で話し合おうとしたのだが聞く耳を持って貰えなかった。
あげくフィーニスに住む女性には誉れである“戦乙女”を汚らわしいなどと称するから開いた口が塞がらなかった。
「なんというか……うまく話が繋がらないというか……誤解が誤解を呼んでいる、みたいな?」
もしくは価値観の違い。
辺境育ちの自分と王都で生まれ育った公爵閣下では天と地ほどの差があっても致し方ないであろう。
とはいえ。
ドレスアップした女性に手を貸すこともせずにさっさと馬車から降りてしまった公爵は、いじわるな人だなぁとミハエラは思った。
馬車の乗降に手を貸すくらいの度量を求めるのは間違っていないと思うのだ。
たとえ、天と地ほど価値観が違っていようと!
ミハエラがいま着ているドレスはとてもきれいなのだが、膝までぴったりと身体に沿った作りになっており大股で歩けない。しかも長いドレープの裾を引きずるような仕様になっている。介添え必須の歩きづらい衣装なのだ。
王都で流行りの花嫁衣裳だと言われ宮殿の侍女たちに着せられたのだが、ミハエラとしてはなんの嫌がらせだろうかと疑いたくなった。
彼女たちは職務に忠実だっただけで、一切の悪意は感じなかった(いやむしろ、とても丁寧でこちらが恐縮するほどだった)のでおとなしくしていたミハエラである。
(借り物のドレスを汚したり破損したりするわけにもいかないし、初めての場所で暴れるわけにもいかないし)
しかも公爵邸に着けば使用人たちがじろじろと自分を無遠慮に睨みつける。
たぶんミハエラが気の弱い娘だったら震えあがってしまっただろう。
気難しそうな壮年の婦人が自分は侍女頭のマーキュリーだと名乗り、ついて来なさいとぞんざいに言ったあとで質問攻めに合ってしまった。
解る範囲で答えたミハエラであったが、慣れないヒールに辟易としていたところを無意味に歩かされたうえの質問攻めに軽く苛ついた。
しかも質問するばかりでこちらからの質問には答えてはくれない。聞こえないフリを露骨にされて、いっそ清々しい! とまで思った。
ミハエラはうんざりしながら今自分がいる環境に目を向けた。
広い公爵家の大邸宅の中を無意味にぐるぐると歩かされたあげくに案内された別邸。(まあ、そのお陰で邸宅内の地理を把握したわけだが)
造りはしっかりしているようだが埃が溜まり、もう何十年という単位で使われていないのではと推測される。つまり、この別邸付きの使用人たちがいないのだ。
人の気配は皆無。ガランとして冷えきり、空気も淀んでいる。
さらにこの積もりに積もった埃は、ちょっといただけない。
「しかたない」
ため息をついたミハエラは指をパチンっと鳴らした。
それを合図に別邸の窓という窓がすべて、音を立てて開いた。
「“洗浄”」
そのことばとともに、別邸内部の空気がすべて入れ替わり、埃が窓の外へ排出される。
掃除をしたようにピカピカになった床を満足げに眺めたミハエラは、ふむと考えた。
「灯りは……点けない方がいいかな」
豊富な魔力量を誇るミハエラにはへでもない作業ではあるが、このあと別邸へ使用人が来るかもしれない。そのときに彼らの仕事を奪うことになるかもしれないと判断したミハエラは、別邸内部の照明器具に火を灯さなかった。
「いや待てよ……使用人、来ないかもしれないな……」
この公爵邸の使用人たちの自分を見る目と態度を思い出す。
とくに、あのマーキュリー夫人とやらの軽蔑が籠った目を。
あらゆる可能性を思索した彼女は、自分の人差し指の爪のさきにちいさな炎を灯すと別邸内部の探検を始めた。
豪奢な寝台と寝具のある部屋を探しあて本日の寝床を確保すると、その部屋に結界を張り休むことにした。もちろん、戸締りを終えたあとに。
結局、だれも来ないまま夜が明けた。
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