慈悲深い天使のテーゼ~侯爵令嬢は我が道を征くつもりだ

あとさん♪

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本編

令嬢視点

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 わたくしは負けました。

 政権争いに敗れたのです。未来の王太子妃に選ばれたのはクラシオン侯爵家の令嬢でした。
 同じく候補に挙がっていたわたくしは選ばれませんでした。
 それはすなわち、我がオグロ侯爵家が中央の争いから一歩出遅れた証。
 王太子妃となれば、未来の王妃。ゆくゆくは国母。将来の国王の母となり、その実家は政治の中央に口出しできるのですが。

 カシエル王太子殿下が二十歳になり、自らが選出した婚約者は、癒しの女神と噂されるフロレンティナ嬢。フロレンティナ・クラシオン侯爵令嬢の柔らかい笑みと優雅な所作。勿論、微笑めば花々が咲き乱れる心地になります。何よりも、フロレンティナ嬢は王太子殿下をお慕いしていました。令嬢の殿下を見詰める瞳は恋に染まり、その美貌を後押しするかのように輝いていました。

 完璧な美女と言われながら、固く、冷たい印象を与えるわたくしの容貌では、王太子殿下を癒すことは適わなかった、ということなのでしょう。
 わたくしとしては納得の結果なのですが、オグロ侯爵閣下である父は酷く落胆したようです。

「すべてはお前の失態だっ! パトリシア!」

 わたくしのせいで我がオグロ家が遅れをとったと、ひとしきり酷い叱責を受けました。
 オグロ家が中央に乗り込むという父の夢は叶いませんでしたが、わたくしはとある王命を拝領いたしました。
 隣国との境界を守護する辺境伯さまとの絆を固く結ばねばならないそうです。王家、公爵家に姫が居ない今、その重責を担う誰かが必要となります。わたくしが王都を離れ辺境へ花嫁として――意味合いとしては、都落ち、もしくは辺境伯への生贄――赴くことが決定したそうです。
 散々わたくしを貶しまくったあとでそれらの決定を口にする父に、軽く殺意を抱いたりしたけれど。表面上は深くこうべを垂れ跪き、父からのお言葉を粛々と拝命致しました。



(てやんでぃっ べらぼうめっ

 そもそも娘をかたに中央政治に乗り込もうなんて、下種げすな考え持ってやがるからこうなるんだよっ! ド畜生がっ! 
 やるなら自分てめぇの才覚で伸し上がりやがれってんだっ!
 自分てめぇの無能を棚に上げて、不手際はぜんぶ娘のせいですか、あぁ、そうですか。
 ようござんす。すべての不手際は娘のわたくしのせいでございますよ。
 その責任ぜんぶ、ひっかぶってやっから、二度とそのつら、あたしに見せんじゃないよっ!!!)


 内心を隠したわたくしは静かに顔を上げると、父に今生の別れのことばを述べ、執務室から退出いたしました。辺境へ旅立つためのお支度を整えねばなりません。

 はー、忙しいったらないねっ。


 ◇


 そもそも。
 領地の田舎で少女時代を過ごしたはお転婆、という単語が裸足で逃げ出すほどのじゃじゃ馬だ。ドレスよりズボンと裸足ではだか馬に乗り、領民のこどもたちと転げまわって泥だらけになりながら過ごしたものだ。一通りの護身術を身に付け、弓術を会得し、牧羊犬かという勢いで野生の狼を追い回して駆逐したのが12歳の頃。あいつら、頭良いから駆逐するのには苦労したよ。

 そんなあたしを王都に呼び戻し、王太子殿下の婚約者になれって。
 そりゃあ、お天道様が西から昇らなきゃ無理な話だ! って言ったんだけどね。(勿論、もっと穏やかな口調で)
 すべてにおいて無能な我が父は、領地に放置していた娘にバカみたいにデカい期待をかけていた。黙って座っていれば女神もかくやと言われた亡き母上ゆずりの美貌のせいだろうけど。

 ふざけんな。人間には持って生まれた分ってモンがあらぁ。もしくは適材適所。
 そこんとこ、理解できないからこそ、娘にまで“無能”の烙印を押されているんだろうけどね。

 それでも一応。
 自分を押し殺し、淑女教育を修めた。からわたくしと言い改めた。田舎からわたくしに付き従ったばあやが涙を流して喜ぶほど、みごとに巨大な猫を被り、淑女としての振る舞いを身に付けた。
 修練を積んで身に付けた弓術で出来た指先のタコは誤魔化すことが出来なかったけれど、レースの手袋で覆い隠した。
 コルセットで身体を縛れば、自然と動きも緩やかに優雅になる。というか、ゆっくりでないと動けない。これはある種の拷問だと思いながらも四年間過ごした。16歳になり、二つ上の王太子殿下の婚約者候補に名を連ねるまでになった。
 宮殿へ通い宮中作法を学び、周辺諸国の言語を修め、自国の歴史、経済、文化史、その他諸々を頭に叩き込んだ。寝る間を惜しみ、血反吐を吐きながら。

 ………我ながら頑張った、と思う。

 ふたつ年上のカシエル王太子殿下は、優雅でお綺麗な殿方だった。
 金髪に碧眼。王家に美形が生まれやすいのは当然だよね。代々自分の伴侶を美女才女から選び放題なんだから。
 わたくしと一緒に婚約者候補として学んだフロレンティナ嬢も嫋やかな雰囲気の美少女だった。
 わたくしとフロレンティナ嬢はお互い切磋琢磨しつつも仲良くなった。彼女は見てくれもいいけど、心映えも気持ちの良いお嬢さまだった。
 そんな彼女と殿下がふたりで並ぶと、それはもう完璧な一対! って感じたものよ。

 だから、わたくしに後悔はない。
 殿下に対して恋心を持てなかったから、大丈夫。わたくしの初恋は少女時代の過去恥部として領地に封印して来たから。

 ただ。
 やっぱり、人と比べられて“お前ではダメだ”という烙印を押されるのは、それなりに堪えた。頑張った分、余計にね。
 とはいえ、出立直前にわたくしの見送りをしてくださった王太子殿下から直々におことばを賜っている。『きみなら上手く彼を操縦してくれると期待しているよ』と。

 わたくしは王太子妃には選ばれなかった。
 けれど、わたくしの能力は買われているのだと思う。

 辺境へ向かうための馬車の中で、わたくしはゆっくりと瞳を閉じた。


 ◇


 デナーダ辺境伯の数々の悪い噂は、王都にいたわたくしの耳にも届いていた。
 国交も結んでいない隣国との最前線にいるせいか、なかなか荒っぽいお人のようだ。
 毛むくじゃらの天を衝くような大男で、背の高さほどもある巨大な剣を振り回し、攻め込む隣国兵は元より村人までもなぎ倒しただとか。占拠した村を焼き払っただとか。夜な夜な美女を侍らして酒池肉林の限りを尽くすだとか。王の使者に無礼を働き、隣国と手を組み独立を企んでいるのだとか。

 さて、この噂。どこまでが本当で、どこからが嘘なんだろう?
 宮中でされる噂なんて、尾びれ背びれが付きまくって原型なんて無いに等しい。なんせ、わたくしの噂が『すべてにおいて完璧な美女』『大臣たちと対等に渡り合う話術を誇る才媛』

 ………いやいやいや。
 ありえないっつーの。
 美形なのは母親譲りで本当だけど『すべてにおいて完璧な人間』なんていませんよ。
 そういう人は、どこか性格が破綻していますよ。もしくは足が臭いとか、ストレスから夢遊病を患っているとかね!
 実際のわたくしは美姫とはいえただのじゃじゃ馬娘だし、今でも気を抜くと田舎言葉が丸出しになるしね。
 『話術を誇る才媛』ってのもねぇ………わたくしがにっこりと微笑むと、おじさまたちが、だらっと相好を崩すだけのお話。おじさまたちが自分のすけべ心に負けているだけ!
 自分の噂と真実の姿との乖離かいりにげんなりしたものよ。

 というわけで辺境伯の噂。
 隣国と手を組み独立を企んでる人が、占拠した村を焼き払ったり無辜むこの村人をなぎ倒したりするものでしょうか、ね ぇ?
 もしくは、ほんとうに独立を目論んでいて、数々の蛮行の方が目眩ましってこと?

 どちらにしても、はっきりしていることがひとつ。わたくしとしてはもう自分を偽りたくない、ということ。
 おとなしくドレスを身に纏い、にっこり微笑みながらお紅茶を嗜み、刺繍を手掛け、詩篇を口にする――。

 そんな毎日はもう止めたっ!
 もうたくさんっ!
 もう我慢ならんっっっ!!!

 辺境? おおいに結構! 
 敵国との最前線? だからなに?

 ドレスを脱ぎコルセットを外し、胸当てをしよう。
 錆びついてしまっただろう弓の腕を即急に復活させねば! 
 できればわたくしと気の合う馬が欲しい。戦場でも人の声に怯えない勇敢な仔がいいわ! 辺境伯さまへの最初のお願いが決まったわね。
 爪も短く切って、いっそ髪も切ろうかしら。身軽になりそうだわ。まずは足腰の鍛錬の為に走り込みから始めなくちゃ。

 デナーダ辺境伯がどんな人でも構わない。
 どうせ政略結婚だもの。もう猫を被るのは懲り懲りよ。わたくしは、わたくしのやりたい事を為すだけ。
 そうね、険悪な仲にならなけりゃあいいだけよ。
 適当に子ども生んで、あとは好き勝手させて貰うわ。



 ……ちょっとだけ、封印したはずの初恋を思い出した。

 と一番気の合った男の子。黒い髪と黒い瞳が印象的で可愛かった。何度『あたしのなまえはパトリシア!』と訴えても、『そんなおじょうさまみたいな名まえ、やめろよ、おれのパティ』と軽く言い返された。
 あたし、本当に“おじょうさま”なのよ? 侯爵令嬢なのよ? そう訴えたところで笑って躱された。
 でも『おれのパティ』と呼ばれるの、とても気に入っていたのよ、ウェン。

 ある日いきなりいなくなったウェン。家族ごといなくなり、村では狼の餌食になったと噂された。
 だから、死に物狂いで弓術を習得した。
 躍起になって狼を駆逐した。泣きながら。わたくしなりの敵討ちだった。


 ………うん、あれは今となっては過去恥部。あれはあれよ。もう会えない人だもの。
 封印、封印。

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