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本編
辺境伯視点
しおりを挟む予定どおりの馬車の旅なら、王都から俺の嫁(仮)が到着するのは今日だ。
国王からの勅命で、この辺境の地に送られてくるのはオグロ侯爵家の長女、パトリシア嬢。熾烈な王太子妃選出争いに敗れ、都落ちした哀れな令嬢。
噂では、周辺三か国の外国語が堪能で、女神もかくやの美貌を誇る才媛なのだとか。………本当か? 本当に、あのパトリシア嬢が、パティが、そんな才媛なのか? 話、盛ってないか?
俺は、今でこそデナーダ家の養子となり辺境伯位を授かってその任を全うしているが、かつて子どもの頃、ほんの一時だが彼女と一緒に泥団子を作った仲だ。
あの時は真っ黒に日焼けして、裸足で野山を走り回っていたのだぞ?
彼女は機転が利いていつも面白いことばかりしでかして、村の子どもたちを率いるリーダーだった。輝くプラチナブロンドが目印で、男も女もあの明るい笑顔に惹かれていた。
俺も、そのうちのひとりだった。
本当にオグロ侯爵家の長女が、あのパティが、来るのか?
もっともっと強くなって。
隣国を打ち破って、武勲を上げ手柄を立ててから、侯爵家に縁談を申し込もうと思っていたのに。
突然の王命で、彼奴の方から来るなんて、思ってもいなかった。
……これはもしや、何かに騙されてんじゃねぇのか?
実は王の勅命ってのが嘘で本当は罠なのかも? だって、急にも程があるだろう。
とはいえ、何年かまえに一度だけ会った王太子に語ったことがある。
『オグロ侯爵家の令嬢に縁談を申し込もうと思っている』と。
もしかしてもしかすると、あのときちょっとだけ話した俺の本音をあの王太子が聞き届けてくれたのかも?
……いやいや。まさかそんな。
俺は玄関ホールで疑心暗鬼に駆られつつ、今か今かと馬車の到着を待った。
果たして。
確かに、オグロ侯爵家の家紋付きの馬車が到着した。
王の勅使は本物だったのか。いや、疑ったわけではない。少々、あぁ、ちょっとだけ、いろいろと考えこんでしまったに過ぎない。
冷静さを欠いては大局を見誤る。
落ち着け、俺。
侍従や侍女が荷馬車から荷物を下ろすのを横目に、ひとりの美しい令嬢がこの地に降り立った。
「………女神、かよ……」
あの目立つプラチナブロンドは、確かに俺の知るパトリシア嬢の持ち物だ。と、思う。
だが。
俺の記憶に残る真っ黒に日焼けしたクソ餓鬼の面はどこに行った?
豊かに波うつプラチナブロンドの長い髪。白磁の頬。可憐な唇。
魅惑のボディに、匂い立つように優雅な立ち居振る舞い。
場違いなまで完璧な美女。
確かに、天上から舞い降りた女神だと思った。こんな美しい女、見たことがない。
しかもタイプ。
心臓が煩く鳴り響く。
いやいや、今日来たのは俺の嫁(仮)だよな?
俺の、だよな?
え?
こんな美女、なんでこんな辺境に寄越した?
王太子妃に選ばれなかったからって、王都の他の男どもは、なにしてた?
こんな美女がフリーになったと聞いたら、ならば俺がと自薦他薦が押し寄せるもんじゃねぇの?
見る目がないというか、ボンクラばかりか?
いや、ボンクラばかりだったお陰でデナーダ辺境伯家の嫁(仮)として赴いたのだ。
ありがとう! 王都のボンクラども! お前らに感謝する! 今晩くらいは神に感謝の祈りを捧げると誓おう。
だが。
あのパトリシア嬢は、果たして俺のパティなのか?
俺を、覚えているのか?
別れのことばも言えずに、慌ただしく辺境に来てしまった。
ほんの一時、こども時代を過ごした村のガキの存在なんて、覚えていないかもしれない。
俺の困惑をよそに、伏し目がちの女神は静々と俺の前に進み出て優雅なカーテシーを披露した後、顔を上げた。
傍に立てば、びっくりするほど小さい。いや、俺がデカくなっただけか。
細い肩が震える。
美しく青い瞳が限界まで見開かれ、しばらくは俺の顔を穴があくかも? というほど見つめ続けた。
やがて、ゆっくりと彼女は口を開いた。
「もしかして、ウェンリー? ウェンリー・アレーグレ?」
覚えていて貰えたことがひどく嬉しくて、俺は彼女を強く抱きしめた。
やわらかい身体からは良い匂いがした。
「ウェンリー? うそ、本当にウェンなの?」
顔を見せろと暴れるから、ちょっとだけ腕から解放する。
白いレースの手袋をつけた手が、恐る恐る俺の顔を触れる。青い瞳がみるみる内に涙に溢れ、幾筋もぽろぽろと零れ落ちた。
「あぁ、そんなに泣くと、化粧がはげるぞ? パティ」
化粧なんかしなくても、美人は美人だけど。俺との再会に泣いて喜んでくれるとは、俺こそ泣きたくなるほど嬉しい。
「だって、ウェン……オオカミに食べられたって、みんな、言ってた、から……」
え?
たしかに夜逃げ同然に辺境来たけど、そんな話になってたのか?
「だから、殲滅、させた、のに……」
え?
誰が、誰を? 殲滅って、物騒な単語だな、おい。
「酒池肉林、してるの?」
は?
「村を焼き払うなんて莫迦な真似してるなら、あたしは許さないよ!」
はい?
「敵国と内密に組んでるの? 独立を企んでるの?」
いや、ちょっと待て。
さっきからお前は、何を言っているんだ?
「独立するってんなら、協力するよ! 一緒に戦術を練ろう!」
だから、ちょっと待て。
そして何故そんなに良い笑顔になっているんだ?
泣きながらだけど、可愛いじゃないか!
「あたし、絶対、役に立つよ! 今まで、いっぱい勉強してきたんだ! だからっ」
だから、ここに。ウェンのそばに、いさせて
そんな殺し文句を涙を溜めた上目遣いで言うから。
堪らなくなった俺は、彼女の唇をじぶんのそれで塞いだ。
◇
その後。
問題だった隣の敵国は、デナーダ辺境伯がちょっかい出して王を引っ張り出し、小競り合いを続けている間に、別の敵国Aに王都を占領され滅ぼされた。そのA国に繋ぎをつけたのは、機転が利き、語学が堪能な辺境伯夫人だったのは言うまでもない。
すったもんだ、色々、本当にいろいろあった挙句、辺境伯家はアレーグレ公を名乗りアレーグレ公国として独立宣言をした。滅ぼした隣国をA国と分割統治し、豊かな独立公国を築き上げる。
元の祖国とは付かず離れずの良い関係を築いた。語学堪能で朗らかな性格の夫人が、祖国の王妃と文通友だちだったのが大きいと、後世の歴史家は言う。
夫婦仲は良く、独立宣言するまでに一番大変だったのは何か? という問いにアレーグレ公は「嫁の気に入る馬の入手」と答え、夫人は「狼の駆逐」と答えたと記録には残っている。
【おしまい】
◇◇◇◇◇◇
お解り頂けただろうか。
これ、正統派乙女ゲームの“ライバル令嬢”のその後、であることを。
正統な乙女ゲームでは、ライバル令嬢と競い合い、友情を高めたりしても、決して“ざまぁ”はしない。ライバル令嬢は『あなたには負けたわ』と言って艶やかに笑って華麗に去るのだ。
うちの子はべらんめぇ調だったけど。
※加筆修正2022.05.26
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