まさか、こんな事になるとは思ってもいなかった

あとさん♪

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番外編

フォーサイス公爵の走馬灯③

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 「父上。お加減は如何いかがでしょうか? アルバートです」

 サンルームで花を愛でていたら息子が訪れた。
 はて。
 今日、こやつが来る予定日だったか?

 「今日は私の孫を連れてきましたよ。父上の曾孫ひまごになります。さぁ、ブライアン。ひい爺様にご挨拶は出来るかな?」

 「はじめまして! こんにちわ! ブライアン・フォーサイスです!」

 青みを帯びた黒い髪。印象的な深紅の瞳がキラキラと、この爺を見詰めている。
 ふむ。
 耳の形がアルバートそっくりだ。
 この黒髪はフォーサイス家の人間によく顕れる特徴だ。勿論、アルバートもこの髪色をしていたが……

 「ふむ。お前…………いつの間に、総白髪そうしらがになった?」

 「あー。50超えたら一気に真っ白になりました。父上もでしょう?」

 ふむ。

 「まぁ、お陰様で髪の量だけはありまして。同年代でここまでフサフサなのは私くらいですよ。父上の血に感謝しております」

 ふむ。
 傍らの小さな少年を見る。

 「ブライアン、と言ったか。学校には 通って いるのか?」

 「らいねん、7才になったら、しょうがっこうにかよいます! たのしみです!」

 ふむ。元気があって宜しい。

 「何が 一番 楽しみなのかい?」

 「お友だちをひゃく人つくるのです!」

 ふむ。100人。それは大変だ。
 小さな頭に手を載せると、柔らかい髪を撫でた。随分と温かい。子どもの体温は高いと言うが、こんなに温かいものだったか……。

 「そして、とう様のようにケンキューしてはかせ号をとるのです!」

 「ふむ。そうか、それでは 勉学に  励まなければ、なぁ」

 少年は無垢な笑みを私に向けた。





 「暖かくなってから   だいぶ   体調は良い。 お前が  よく顔を  見せるから  かな」

 私がそう言えば、穏やかな微笑みを見せる息子アルバート

 曾孫の世話はオースティンに任せ、アルバートと二人、茶を嗜む。花を愛でながらの茶は久しぶりだ。
 ……他者がいる茶も、久しぶりだが。

 「父上と、こんなにゆっくり話ができるとは思ってもいませんでした」

 物理的な事情ではなく、恐らく心理的な問題で私との会話は緊張を強いたのかもしれない。

 「お前も  引退した  のだろう? 好きなように  すればいい。父親の顔など  見るのも  飽きただろうに」

 「またすぐそうやって憎まれ口を。最近、やっと父上という人が分かってきましたよ」

 呆れたようにいう口調が、何故か妻を思い出す。

 「……お前、『ロックハート最後の女王からの手紙』 読んだこと あるか?」

 私と同じ色の瞳がキョトンとする。

 「あぁ、10年ほど前に出版された、元首相の書いたあれ、ですか……いいえ。家に、ある事はありますが……」

 ふむ。未読、か。

 「妹の書いた手紙 だぞ?」

 「私宛に書かれた物は一通もありませんから」

 「なんだ 拗ねているのか?」

 バツの悪そうな顔をする息子は、私の記憶が確かなら61になる筈だが。

 「拗ねてなど……あの男は父上の所にも手紙の取り立てに来たのでしょう?
 先日、産業興信会のパーティーで、ナーガラージャの姫君に会いましたよ。あぁ、今ではあちらの優良企業の社長夫人ですが……その時、話しかけられて……あの男にグレースと交わした大切な書簡を強奪されそうになったと楽しげに語って下さいました。あの方は手紙は写し取るだけ、原本は死守したと誇らしげに仰ってましたよ」

 「ナーガラージャの姫…………ターニャ姫か? 壮健で あられたか?」

 「えぇ。私がグレースの兄だからか、随分親しげに話してくださり……私には人に語れるようなあの子のエピソードなど、一つしか無いのですがね……」

 なんせ、一緒に育ってませんから……
 そんな心の声が聞こえた。

 「ひとつ、とは。どんな  エピソードが   ある?」

 「……母上の葬儀の時、です。離れて育って……ほぼ初対面だった妹に……慰められました」

 「当時お前は  6才   だったか?
 グレースは   3才  の  はずだが」

 「はい。その3才の妹に慰められました。“お母様が亡くなったのですもの。沢山、泣いて下さい”って」

 「3才に」

 「はい。そうです。 そして、こう言われましたよ。
 “今日だけです。今日だけはどれだけ泣いても許されます。明日からはキリッとした兄様になって下さい”
 ……そう言って、小さな手で私の背をずっと撫でていました。それ以来、なんだか恥ずかしくて……私から話しかけ辛くなりました」

 知らなかった。
 小さな兄を慰めるもっと小さな妹。

 「昔、お前に 話した事が あったな
 グレースを 普通の 妹と  同じだと思うな、と 覚えておるか?」

 「……10才になる前だったと……覚えてますよ。何故、僕は領地で生活してて、グレースは王都で父上と暮らしているのか? そう訊ねた時です……
 その時に、グレースは、いずれアーサー王の跡を継いで女王になるのだと。父上も私も唯の臣に過ぎない。ロックハート王家には、あの黄金の瞳を持つ者以外は王位を継げないのだと、聞きました……
 父上、もし……もしも、ですよ。もしも、僕があの瞳を持っていたら……」

 「お前は  間違いなく、王に誘拐同然に  拐われて養子になってた  だろう。
 レオンは 廃嫡され、お前が王太子、そして王になってた……だろうな。
 どうした? 王に なりたかったか?」

 「まさか。当時、フォーサイスの領地を活性化させるのにも四苦八苦したのに、ロックハート王国全土の面倒なんて! とてもとても、私には無理ですよ! まだうちの領地の方がマシだった。フェアリー商会があったし、牧羊と乳牛の育成が成功していましたからね」

 「牛を育てたいと 言い出したのは グレースだよ」

 「え」

 「あれが  美味い牛乳を飲みたい と言い出したのがキッカケだ。
 丁度、牛を育てるのに 良い領地があったから、やってみたら……お前が 乳製品をブランド化した お陰で 栄えたがな」

 「グレースが、キッカケ……」

 「あの子が、なんとかという 植物が欲しいと言い出して……商会を作って探させた。
 気がついたらあの子が 代表になっていた。
 あの子が 先頭に立ってアチコチ 放浪するように 精力的に 活動し始めて……。
 あの子の 食べ物に対する 謎の情熱と、不屈のバイタリティは、さて、一体誰に 似たのやら……」

 「王は、よく許しましたね。跡継ぎに切望していた子を、まだ治安も悪かった地方に出向かせるなんて」

 「王は……心配も していた が、面白がっても いたな。これからの 時代を担う逸材だ、と。ついでに 外交を 任せよう、と。
 ……我がフォーサイス騎士団の 精鋭が あの子を ずっと……護っていた」

  馨しい香り高いお茶を一口、喉を潤す。
 これは辺境伯の領地で取れたものだったか。
 そう言えば、この茶の栽培もグレースが言い出した。高地で育てれば良いと、ボーダー辺境伯の地へ赴いたのはあれが幾つの時だったか……
 思い起こせば、紙の大量生産が可能になったのも、あれが隣のシリウス国へ赴いてからだったか。
 かの国の技術は目を見張るものがある。それを応用して木を煮詰めたモノから紙が大量に作られるとは、夢にも思わなかった。
 ……便箋が安価に手に入るようになったのも、あの子のお陰と言う事か。

 「今、思うと……あの子は……グレースは、随分と運が悪かったですね。
 王宮に居たから、本来あの子を護っていたフォーサイス騎士団は傍に居なかった。
 王太子は、王宮にいるから安全だと思って離れた。
 王子は婚約破棄騒ぎを起こすように侍従に仕向けられていた。まさか、その王子が地下牢へ投獄するなんて思っても居なかったから……。
 それに、北の地下牢には凶悪な政治犯が投獄され翌日には死刑予定だった。もし、あの子の投獄が1日遅ければ、あそこは無人だったはずです。何事も、起こらなかったはず、…だったのに」

 「アルバート。
 人の運、不運は 同じ数 ある物だ。 運が良い時も、悪い時も 同じ数だけ ある。
 グレースは 18年間、トントン拍子に 都合良く 進み過ぎたのだ と 私は思う」

 「18年分の不運が一気に一日に集約した、と?」

 それはそれで、運の悪い事だ……アルバートが呟く。

 「アルバート。
 あの子を 忘れないで おくれ。
 出来れば、あの本を お前の 孫にも ブライアンにも 読ませて やれ。あれは あの子の グレース・フェリシアという人間が 生きた全てが 本という形になって 万人の目に触れるように 配慮 されている……本、という形でしか 許されていないが 」

 あの男は存外嫉妬深い。

 「父上……早速、今晩にでも、私も読んでみます」

 今なら落ち着いて読めるかも知れません。
 アルバートの呟きに私は頷いた。

 遠くで曾孫が息子を呼ぶ声が聞こえた。
 どうやら蛇を捕まえたらしく、オースティンが大騒ぎしている。
 慌てたように其方に向かう息子の後ろ姿を見送りながら、私はあの男、ロベスピエールがこの別荘を訪ねてきた日を思い出していた。



◇◇◇



  応接室の椅子に緊張した様子で座り、私に頭を下げた。
 ご無沙汰してます、と言ったきり黙り込んだ。
 はて、この男は何用で私の前に現れたのかと疑問に思う程長く沈黙して。

『手紙を! 初めての! 揃えたくて!』

 落ち着け。
 この男は天才肌な所があって、結論迄の過程を端折り、我々凡人に上手く説明出来ない時が多々あった。
 改めて落ち着かせて。
 お茶を飲むよう促し。
 話を聞けば。
 グレースの書いた手紙が欲しいと言い出した。最後の手紙は持っているが、最初の手紙が欲しい、と。各地を回って探し集めて、知る限り全て手に入れたが、まだ足りない。最初の手紙、それがあれば完成形になると。

『完成形?』

『1冊の、本という形にして残したいのです。グレースの……お嬢様の生きた証として』

 新聞等、出版業界を発展させたのはこの男だ。自分もそれに寄与したいのか。この男は政界を引退してからそんな事を画策していたのか。
 ……紙はグレースが作り、本をこのロベスピエールが作る、と。
 なかなかで象徴的、ではある。

『マクシミリアン・ロベスピエール』

『は、はい!』

『君は、あの日……辺境伯の名代として王宮に乗り込んできたあの日の事を、覚えているか?』

『はい、覚えてます』

『あの時、君は幾つだった?』

『へ? ……えーと、26でした』

『今、幾つだ』

『55……です。えっと、俺の歳と、今回のお願いと、なんの関係が?』

『王宮の北の塔へ行って、囚人だったジョン・レイノルドに恩赦を告げたのも、君だったな?』

『……??? はい、そうです……』

『その時は28か……28から55になる今の今迄、グレースの書いた手紙とあの子の功績が書かれた資料を隠し持っていた、と?』

『……はい……そうです……』

『27年間、ずっっっっと、隠し持っていた、と?』

『うぇ……なんか、公爵、怒ってます? 気のせいかな、恐い、ですよ?』

『私はもう公爵ではない。そんなモノ解体したのは君だろう?』

『そう、ですけどぉ……』

『何故、今になって本にしたいなどと言い出した?』

『グレースは……公爵令嬢は、あそこで潰えるような人材では無かった。本当なら国の為に、俺なんかよりもっと上手く、国の為に動ける人間だった。もっと色んなアイデアがあった! それを、俺以外の奴にも証明したくて……です。』

 隠したい。が、見せびらかしたくも、ある。
 そういう訳か。

・ロベスピエール』

 目の前の彼の肩が揺れた。

『私はあの日、辺境伯の名代として君が王宮に乗り込んできたあの日の夜……ひとつ、職務違反をした。なんだと思う?』

『職務、違反? 公爵が? ……信じられないし、思いつきません───』

『地下牢に収容された囚人の記録』

 彼の目が驚きのせいか見開かれた。

『その記録を“全て”棄却した。羊皮紙に書かれた物は燃やすのも一苦労だった』

『え……あのっ……』

 この男は慌てると無闇矢鱈かつ無意味に両手を動かす。
 見苦しいし、要人相手にうっかり振舞ったら失礼だし、 自身の為にもならない。
 気をつけるよう過去に注意したのだが忘れたか。
 何があっても冷静に笑って去なす。
 そうでないと他国の要人に足を掬われるだろうに。
 まぁ、今は政治家を辞めたのだから良いのか。

『あのっ……公爵っ』

『もう公爵ではないと、何度言ったら解る』

『あ、それはわかっているんですが……』

 なんとお呼びすればいいのか、分からなくて……とオロオロする男に、してやったりな気持ちになる。
 少し席を外し一人にさせた。
 私が部屋に戻った時には落ち着いた様子だったが、顔色は良くなかった。その彼に私の書簡ケースを渡した。

『好きに使うといい』

 驚き目を見張りながらも、両手でしっかりとそれなりの厚さの書簡ケースを握り締めている。
 私は椅子には戻らず、窓の側に立ち外を眺めた。

『目的は達成したろう。早く帰れ』

『あの……29年間、知らんぷりしてくれてありがとうございました!』

 ……知らんぷり……他に言い方は無かったのか……?

『あのっ……お義父とうさ『言うなっ絶対言うなっ私をそんな巫山戯た名称で呼ぶなら今すぐその書簡ケースを返せっ』……言いません』

 神妙な顔をしていたロベスピエールが、唇の端をあげた。笑っているらしい。

『……私も、言わないから安心しなさい』


 退出の挨拶をした後、彼は朗らかに笑って言った。

『いつも笑顔で、元気にやってますから、安心して下さい』

 誰が、とは言わなかった。
 私も詳しくは聞かず、笑って彼を送り出した。



 あの邂逅から一年後、帝国歴796年『ロックハート最後の女王からの手紙』という本が出版された。
 私の元には作者のサイン入りの本が、───小さなが手描きされた栞が挟まれ─── 献本された。




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