キミの笑顔を守るため僕は時空を超えて来た~つわものの夢の向こう側~

あとさん♪

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6.兄ヒサシの婚約者候補来訪

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 翌日は、朝から良く晴れたいい天気だった。
 家の中が来客の到来を待ちわびて浮かれている。
 どこか華やいだ雰囲気の中、シロの鋭敏な聴覚は聞き慣れない車のエンジン音を拾い上げた。
 もしやこれかと思い、正門まで出迎えてみる。
 そんな彼の行動に気がついた安倍家の面々も次々と門の前に集結した。
 果たして、門前に見慣れない濃い紺色の車が止まった。中から現れたのはこの家の長男、ヒサシであった。

「あれぇ? 総出でお出迎え?」

 笑顔で語るヒサシはすっかり面差しが大人の男のそれに変わっていた。
 彼は運転席から外に出ると、助手席側に回り扉を開け、そこに座っているだろう人物の降車を促した。

「ほら、みんなに紹介するから」

「えぇ、でも、はずかしい……」

 甘ったるい声でそんなことを言いながら、助手席から足を降ろしたその時。

 わんっ!

 いきなり。そのまま唸り声を上げて助手席から降りた人物を睨みつけた。誰の目にも明らかに、歓迎していない様子が判った。

「えぇ⁈ なに? おっきい犬……ヒサシぃ、怖い……」

 甘ったるい声でヒサシに擦り寄る女性。場は凍り付いたような険悪な雰囲気になった。

 唸り声を上げ続ける白い番犬。そしてそれを制止しない家人。

「……あぁ、すまん、ミナコ。今日は送っていくから。父さん、母さん、あとできちんと話そう」

 ヒサシはそう言うと、ミナコと呼んだ女性を助手席に押し戻し、車を発進させた。紺色の車は瞬く間に小さくなって消えた。
 いつの間にかシロの唸り声は止まっている。

「……おじいさん。シロさんは、あの女が車から降りた時点で、吠えましたよねぇ」

「あぁ。地に足を着けた途端、じゃったなぁ」

「つまり……」

 じいさまとばあさまがこそこそと話す。

 父と母も。

「シロさんは、今までどんな人間相手にも吠えたことなんてありませんでした。毎年、年末年始のこの家は沢山の人で賑やかになりますが、吠えたり唸ったり、なんてこと事態が初めて。です」

「唸り声も違ってたな。俺らに対してするのと全然違った。本気で警戒している声だった」

「きちんとした興信所か探偵社に彼女のことを調べさせましょう」

「念の為に複数の興信所に頼もう」

 父と母も彼らなりの結論を出した。
 安倍家の長男が連れて来た、婚約者未満の女性の身元は、すぐに調査されることとなった。
 ことの発端になったシロが呑気に後ろ足で耳を掻いている間に。

 調査はすぐに済んだ。


 ◇


「聞いて、シロ。おにいちゃんが連れて来たあの女、なんと三股してる悪女だったんだって!」

(ほほう)

「しかも、おにいちゃん相手には清楚系を装って、他の男にはスポーツウーマン、そのまた他にはヤリマンビッチ系で男漁りをするという不二子ちゃんまっさおの魔性の女だったんだって!」

(フジコチャンとは誰でしょう?)

「ねー! シロも首を傾げちゃうくらいびっくりだよねー! そんな女とすぐに手を切ることができて、おにいちゃんはラッキーだったんだよ! あのあとすぐ妊娠が判明してあなたの子よ騒ぎになったらしいんだけどさ、おにいちゃんってば“最後までしてない俺の子の訳ないだろー!”って激怒してたよ」

(……ヒサシは奥手なんだな)

「シロがあの時吠えてくれたお陰だって言ってたよ。ありがとうねシロ」

 そう言ってシロの首に抱き着くひなた。

(お役に立てたのなら、なによりです)

 シロは大人しくひなたの抱擁を受け入れた。
 あの時。
 車から見知らぬ女性が降りた途端、禍々しい気配を感じたシロは思わず吠えていた。今まで感じたことのない悪意に満ちた気配を発する人物に、この地に留まって欲しくなくて唸り続けた。しかもその人物から感じるオーラがどす黒く見えて、同じ空気を吸っているのも我慢できなかった。

 シロは気持ち悪かっただけだ。
 ヒサシが魔性の女とやらと手を切ることが出来たのは、ヒサシ自身もシロを信用していたことと、祖父母、両親がシロに絶対の信を置き即座に件の女性の身元調査をしたからだ。
 シロの手柄ではない。

「それでね、みんなが言うのよ。“ヒサシの結婚相手に対してこれだけ厳しいんだから、ひなたが男を連れてきた日には、シロさんは相手を殺しちまうかもな”ですって! 失礼しちゃう。シロがそんなことする訳ないのに!……もし、シロが相手を殺すなら、それはきっとひなたが傷ついたとき……そうだよね?」

(当然です。ひなたさまを害する輩など抹殺します)

「シロ……ひなたね、本当いうと、男の人が怖い……でも、シロが認めてくれる人なら信じてもいいかなって思う。だから、シロ。ひなたの旦那さまになる人は、シロが見極めてね」

(かしこまりました)

 ◇

 シロ相手にこっそり弱音を吐いていたひなたであったが、就職した一年目の夏休みに男性を伴って帰郷するという連絡が入った。結婚して欲しいって言われたからシロに会わせたいの、と言って。

「うーん。相手の男というのがね、ひなたを物凄く好きで気に入ったらしくてなぁ。結婚してくれとうるさいから年収を教えろ身上書を提出しろ、と言ったら本当に持ってきた人らしくてねぇ。こちらでも身辺調査したら、まぁどこから見ても立派な御曹司だし評判はいいし、反対する要素が全然ないんだよ。敢えて上げるなら都会育ちのお坊ちゃまだから、うちのひなたみたいな田舎育ちのお転婆娘はそちらの家風に合わないでしょう? とかいうくらいかなぁ……だからシロさん! お前さんが最後の砦なんだ。お前さんが認めたらひなたが嫁に行っちまうだよ!」

(……父は、ひなたおじょうさまに嫁に行って欲しくないのだな)

 シロの前で跪いて嘆く父の肩に、ぽんぽんと二度ほど慰めの肩叩きをすると、例によって例の如く「シロさんに慰められたーーー!」と謎の盛り上がりをみせる安倍家の面々。
 彼らを庭先から眺めながらシロは前世に思いを馳せた。

(そういえば、嫁入りの姫さまを見ることは叶わなかったな……)

 かなり長い時間今世で過ごしたせいか、前世の日々を明瞭に思い出せなくなった。だがあの当時の感情だけはすぐに思い出せる。

 とにかく無念だった。
 悔しかった。

 そんな気持ちが凝り固まっていたが、ここのゆったりとした善良な人々が住まう土地でシロの気持ちもだいぶほぐれたように思う。

 幸せになる主君ひなたが見られれば、シロも幸せになれそうな気がした。


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