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前編
「スカーレット! おまえはなぜ俺の言うことに従わず、いまだにそんな色の髪なんだ!」
ん? 今の声、聞き覚えが。
確か、私の元婚約者のデビット何某だったはず。家名はド忘れした。
いかんな、年は取りたくないものだ。
視線を向けた先には一組の男女。
「……なんの話でしょうか?」
「言い逃れする気か? 以前、言っただろう! 我が領地でそのような髪の色は派手派手しい! こんな髪の女が嫁いできたら領主は領民のいい笑い者だと」
『派手派手しい』と揶揄されたのはあちらのスレンダーなお嬢様の綺麗な赤毛のことですかね?
口元は扇で隠していますが、眉間にありありと『この不審者、なんなの?』と刻まれてますよ!
派手……かな?
や、普通に普通のお嬢様だと思うんだけど。
どう見ても、殿方に一方的に言いがかりを付けられている女性の図にしか見えません。
っていうかあの男、——思い出した、デビット・フォン・シュヴァイン。元婚約者だ。
——あんたまだそんな阿呆なことほざいているのか。
しかも、なぜこんな所でそんなプライベートな問題提起して言い争うのか。
はて。
こんな所=王宮大庭園、王妃様主催の園遊会、真っ最中。
そんなプライベート=彼女の髪色? が領民に笑われる?
なんのこっちゃ?
「なにを仰っているのか分かりません」
と、赤毛のお嬢様。
そうでしょう。彼女側の言い分は正しいと思いますよ~傍で聞いていても。
領主夫人がどんな髪色してたって、領民がガタガタ文句言うはずないでしょ、普通。
文句を言うなら、『納税額が厳しい』とか『街道の整備をしてくれ』とか『水路が壊れた、直す金寄越せ』とか、そんなんじゃないの?
「スカーレット! おまえはどういう了見なんだ! えぇい! そのような性根の腐った女はもう要らん! 婚約破棄だ!!」
なのにあの阿呆は激オコ状態のまま……なんだあれ?
しかし、あのお嬢様も“スカーレット”なんですかね?
奇遇です、私も同名ですよ。
やっぱり髪色のせいでそのお名前を付けられたのですか?
同名のよしみか、さっきから私も気分悪い。
親兄弟でも婚約者でもない男から呼び捨てにされて、しかも公の場で“性根の腐った女”呼ばわりですよ?
たとえ朝のビスキュイが美味しかったとしても、自分に直接言われてなくても気分悪くなりますって。
「はぁ。どうぞ、ご自由に」
そう言って踵を返したお嬢様。
そうそう、馬鹿には関わらない。これ大事。
「待て!」
そう言ってお嬢様の手首を捕まえる馬鹿野郎デビット。
……ん? さっき『こんな女もう要らん』って言ってたよね? 要らんのなら放置しろや。なのに待てってなに? 矛盾の塊か。
「離してください!」
血相を変えて叫ぶお嬢様。
うん、あれは叫ぶでしょ。だってやってること痴漢なんだもん。
デビット……アンタ、馬鹿野郎だとは思っていたけど、ここまで屑でしたか。痴漢は犯罪なんだよ?
揉める一組の男女を怪訝そうに見守る周囲の人々。
そろそろ警備の騎士団が動きだしそうな気配。
「あれ……なに? スカーレットを呼んでなかった?」
私の護衛対象者である公爵令嬢のサラ様が眉を顰め小首を傾げて私に問いかける。
この方はいつも可憐で、どんな表情をしてもその可憐な愛らしさが損なわれることはない。
王太子殿下はこの婚約者であるサラ嬢をことのほか大事になさっている。
彼女が王宮にいる間は私という護衛を専属として配備させるほどに。
私はスカーレット・フォン・ファルケ。
この名が示すとおり、赤毛が特徴の女性近衛隊員だ。
もっとも今の私は『赤毛』ではない。よくあるブルネット、それもちょっと暗めに染めている。
ん—、でも根元はだいぶ元の色に戻ってきちゃったなぁ……。
本来は厳しい倍率の近衛隊に私がすぐ入隊できたのは、王太子殿下の鶴の一声だ。
一応、募集もかかっては、いた。
『求む。女性護衛。急募』
女性護衛騎士を緊急募集したのは我が国の王子殿下。
近頃、王太子の叙任式も済まされたヘルムバート・フォン・ローリンゲン第一王子殿下である。
殿下が十六歳におなりあそばして、大人の仲間入りを果たし、それと同時に大々的に婚約者の発表もあった。
それがベッケンバウアー公爵家のご令嬢、サラ様だ。
本来、お后教育とやらで城に来る令嬢の護衛は、近衛隊の中から当番制で決めるものらしい。
だが、王太子殿下は従来の慣例を良しとせず、サラ様には専属護衛をつけることに決めた。
彼女専属の護衛騎士を選出するにあたり、殿下はそれはそれは厳しい選抜要項を課した。
第一に、女性であること。
第二に、剣の腕前があること。
『そこそこ』ではない。『それなりの腕前』である。
年に二度ある全国剣術大会のファイナリストの腕前が必要。
ちなみに、ファイナリストは出場者一万人の中の十六名だ。
現役騎士の中でそれに該当するのは恐らく私だけだろう。募集と言いながらも、間違いなく名指し指名だ。殿下はなかなか無茶を押しとおすお方だ。
で。
我がファルケ辺境伯家は、国境警備の大事なお役目を国王陛下から承った脳筋一族だ。
国境線を守護するため幼い頃から男女の区別なく厳しく鍛えられて育つ。
おかげさまで、私の腹筋もいい感じに四つに割れている。目指すは六割れの腹筋! 日々鍛錬!
……そんなこんなでも私は女子。一応。
年頃になると親が縁談とやらを持ってきた。
相手は隣の領の長男デビット・フォン・シュヴァイン。
父親が騎士団の団長様だ。うちの祖父様も先々代の騎士団長として立派に宮務めなさっていた。
あちらは現役騎士団長、こちらは過去の騎士団長。両者の脳筋同士で意気投合したのか縁談が纏められた。
そんなこんなで、親の決めた婚約者との初めての面会時。
いつもはラフな格好で……いや、ぶっちゃけ男と同じような格好で剣を振り回している私でも、この日ばかりはドレスを纏っておめかししたさ。
苦しいコルセットにも耐え、キツいハイヒールにも泣き言を言わず我慢した。
そうして会った開口一番、デビットは
「背が、高いんだな」
と、不機嫌そうに言った。
確かに目線の高さは同じだった。
でも私はハイヒールを履いた状態だったので、そのせいだ。
決して彼の背が低いとか、私が大き過ぎるとかではない。
私は普通だ。……この脳筋が勢揃いするファルケ領内では、普通だ。
でも、まぁ……男のプライドとやらを立てた方が良かろうと察した私は、その後彼と会う時ハイヒールを履くのを止めた。
ニ度目の面会日に、そのことに気がついたらしいデビット殿は嬉しそうだった。
すると、次に彼は私の髪色に苦言を呈した。
曰く、派手派手しい。俺は派手な髪色は嫌いだ。我が領地でこんな髪色の女は居ない、等々。
自分の名の由来でもある髪色だが……まぁ、見て嫌な気分にさせるなら直した方が良かろうと、髪を染めた。
もっと暗い、落ち着いたブルネットはよくある色で、確かに没個性で目立たない。
野生動物を狩る時にはこの方が良いかもしれないと、私自身は納得したのだが、両親と兄弟にはブーイングの嵐だった。
婚約者殿の好みだからと説明しても、彼らは納得してくれなかった。
とはいえ、嫁に行くのは私なので家族の意向は黙殺した。
その次に婚約者殿が言ったのは、
「その化粧はやめたまえ。君に似合ってないし、派手な化粧は男を誘う女の技だ。君はそういう職業の女性になるつもりか?」
化粧……派手だっただろうか。
私の顔は元々の造りが派手なので、ちょっとだけ装っても見栄えしてしまうのは仕方ないと思う。
でも、まぁ……ここまで言われたら化粧を辞めざるを得ない。
むしろ、私は化粧下手なのでこれ幸いラッキー♪ な気持ちも無きにしも非ず、で。
化粧なんて汗かけばすぐ落ちるし、化粧直しは面倒臭いし。
が、私が化粧をやめたことに苦言を呈したのは母上だった。
曰く『女の子なのに!』『ドレス着たときくらいお化粧してちょうだい!』
母親からのその苦情も、婚約者殿の希望だからと黙殺した。
——と、まぁ、ここまでは私も広い心で婚約者殿の要求を飲んでいたのだ。飲み続けた。
だがしかし。
やはり譲れない一線というのはある。温厚な私にもあった。
ファルケ領内で行われた剣術対抗試合でのこと。
特別枠で我が婚約者殿も出場したのだが。
彼は私に負けた。
そうしたら。
僕は不機嫌です! という彼の心情が一目瞭然な顔をして、いっさい口を開いてくれなくなった。
子どもか!?
どうしたものかと困り果てていたら、重い口を開いてこう宣いやがった。
「なぜ、俺に勝つような目立つ真似をする?
おまえは男を立てることを知らないのか?」
——こりゃだめだ、と思った。
逆に問いたかった。
なぜ私がおまえなんかにそこまで忖度しなければならないんだ?
うちの領内で行われる、うちの一族の試合で!
負けたのはキサマの日頃の鍛錬不足のせいだ!
そう言いたいのを、喉元で押さえ込んだ私は男を立てることを知ってるといえるだろう!
だから、言いたいこともじっと我慢して、黙って彼の前から去った。
その足で父上と祖父様の所へ向かい、婚約解消を希望した。
希望はすんなり通った。
婚約期間、僅か八ヶ月の短い縁だった。
婚約期間が短かったとはいえ『傷物令嬢』となってしまった私に、祖父様が王宮からの護衛兵募集の勅令——内容的にはほぼ名指し指名の——を持ってきた。
それに飛びついた私は、婚約解消翌日には王都へ旅立った。
とりあえず、王宮勤めの騎士団員との手合わせ——辺境から来た大抜擢の女騎士の実力やいかに? と、かなりの人が集まった——で、私の実力は王太子殿下に認められた。
そして紹介された王太子殿下の婚約者殿は……。
「初めまして。ベッケンバウアー家が長女、サラです。あなたが私の専属護衛になってくださるのね」
フワフワのハニーブロンドと翡翠の瞳を持つ天使のごときご令嬢がそう言うと、両手を胸の前で組み私をその大きくキラキラした瞳をもってジーーッと見上げた。
なんだろう? 瞳が潤んで頬が紅潮して……恋する乙女? みたいな?
そして花が舞い散るように愛くるしく微笑み、うっとりとため息をついた。
「はふぅ♡……サラのオスカル様……素敵……♡」
「ベッケンバウアー嬢、なにか?」
令嬢がなにごとかを呟いたが、うまく聞き取れなかった私は失礼ながら問いかけた。
彼女は小首を傾げ、笑みを深めた。
「できればサラ、と呼んでくださいな♡」
「は、はい。では、サラ様」
「あなたにあだ名をつけてもよくて? 私だけが呼ぶ、あなただけのお名前」
「……構いませんが。なんと?」
「(o´艸`)オスカル様、と呼ぶわね」
「……オスカル? どのような意味が? いえ、それは構いませんが『様』は要らないかと……」
「古い言葉で『神と剣』という意味があるの。あなたにピッタリでしょ?」
あまりにも嬉しそうに、そして愛らしく提案されたので、お断りするわけにもいかず……受け入れた。
——正直、なんの繋がりも関連もない名前で呼ばれるのはどうかと思う。
だが元婚約者のむちゃ振りより、よほど可愛らしい提案だし、なんの害もない。
家族に話したところで『公爵家の姫様は可愛らしい提案をされるのだなぁ』で、済んでしまうだろう。
実際、この話をした時の兄の返答は
『将来の王妃殿下に気に入られたんだな! 良かったな!』
だった。
ま、我が家はこんなものだ。
で、このサラ様。実に無邪気に愛らしく私を呼ぶのだ。
「オスカル様。お待ちになって♡」
これが、本当に愛らしくて……。
我が一族は皆、脳筋でガタイが良い。
そして漏れなく可愛いモノが好きだ。大好きだ。
何度か『様』はつけないで欲しいとお願いしたのだが、その度に、眉尻を下げ悲しそうに見上げられると撤回してしまう。
ご多分に漏れず可愛いモノ好きの私は、あの悲しそうな瞳には逆らえない。
よって、出逢いからニヶ月経った今でもサラ様には『オスカル様♡』と呼ばれている。
だが、サラ様はとても利発なお方だ。
今日のような公の場で私を呼ぶ時は、本名を呼んでくれる。つまり、ちゃんと使い分けてくれるので私に実害はない。
——あ。いや、あったな。実害。
完全プライベートになると甘い声で私を呼ぶサラ様。
完全プライベートの場には、当然王太子殿下が同席される場合がある。多々ある。
私の目には、背後に色とりどりの花を咲かせるようにご機嫌良好なサラ様と、笑顔なのに冷たい風(いや吹雪だなあれは)が吹き荒れるように不機嫌な王太子殿下という、それはそれは混沌とした光景が見えるのだ。
サラ様。私に話しかけないでください。
ぜひっ、あなた様の目の前の王太子殿下へご注目くださいませっ!
……と、申し上げた……心の中で。
だから誰の耳にも届いていない訴え……ではある。
王太子殿下の侍従ジークフリード殿と、同じく護衛のポール殿になにやら目で訴えられるが、私の関与できる問題ではない。
剣の腕は兎も角、男女の仲をなんとかするなど、私には伝説の怪物リヴァイアサンを捕まえろと命令されるに等しい。
いや、その命令の方がまだマシなレベルなのではないか?
それにこの二人は間違いなく両想いだ。
政略結婚かもしれないが、お互いを想いあっているのは間違いない。特に王太子殿下が!
殿下の愛は暑苦し……いや、不敬だな。鬱陶し……また間違ったな、えーと……どこの海よりも深くどんな山よりも高い愛なのだ!
……うん、これなら大丈夫だ。
私とあのバカとでは築けなかった絆がちゃんとある。
だから周りが手を出す必要などないのだ。
「またそうやって逃げるのだなっ、卑怯者が!」
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