王女殿下のモラトリアム

あとさん♪

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バレたかしら?

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 午後の講義が始まります。
 急いで講義室に移動しなくてわね。

「自分を庇うとは、どういうおつもりですかアンネローゼ様」

 むむ。後ろを歩くキャサリンが怒ってるわ。

「自分は貴女の護衛なんですよ? それを庇うなんて可笑しいです。本末転倒です」

 ううむ。講義室に向かう道々、このお説教を聞かねばならないのかしら。
 仕方ないじゃない。思わず口出ししちゃっただけで、意識してやった訳ではないんだもん。

「聞いていらっしゃいますか? 自分なんて殴られ慣れてますから「キャサリン。黙りなさい」」

 立ち止まって振り返り、キャサリンの瞳を見詰める。

「貴女が鍛錬を欠かさないのは知っています。鍛錬では痛い思いをして、それが日常だって事も。
 でも! わたくしはあの無礼者に殴られる貴女を見たくなかったの。
 メイドは叩いて躾けると思ってるやからなんかに、わたくしのキャサリンを殴らせるものですかっ!」

 まったく! 思い出したら腹立たしさ倍増よ。
 未だに叩いて躾けをすることを常識と捉えている輩がいるのが信じられない!
 そんな思想を一掃する為にも王太子殿下お兄様は、この学園を作ったというのに!

 痛い思いをしなければ理解できないという意見もある。
 でもそれでは馬の調教と同じ。
 言葉の通じない家畜に対するそれと、人間に対するそれが同等だなんて、許し難いわ。
 もしそこに体罰の存在が必然ならば、両者に信頼関係がなければならないと、わたくしは思う。

……という話を以前、お義姉様にしたら。

 お義姉様は、机に両肘をつけて両手をお祈りの形に組んで、その手で口元を隠したとても厳しいお顔で
『ローゼちゃん……エスとエムの関係はとても奥深いのよ……貴女がその深淵に足を突っ込むのはまだ早いわ……』
 と仰られたわ。

 えすとえむ、というのがなんのことなのか、わたくしには解らなかったけど、やはり、体罰を一掃するのは一朝一夕にはいかないということよね。

 まず、体罰はよろしくないという常識を若い世代に持って貰うことから。
 そういう考えを持つ人間を少しづつ増やさなければね!

 ん?
 キャサリンってば、どうしたのかしら。
 なんだかお顔がニヤけていてよ?
 どうしたの? という思いを込めて彼女の顔を見ると。

「いえ、なんでもありません……遅刻しますよ、急ぎましょう」

 なんだか、はぐらかされてしまったわ。
 でも機嫌は良いみたい。キャシーのお説教が無いなら、なによりよね。

 廊下をできる限りの急ぎ足で進むわたくしの耳には、キャサリンがなにか独り言を呟いたのは判ったけど、届くまえに消えたのでした。


「“わたくしのキャサリン” ですか……まったく、貴女という方は……」





 午後の選択科目「数学」と「薬理学」を終えて、頭がパンパンになりそう。
 なにを選んだら良いのか分からなかったわたくしは、結局時間が許す限り取れる教科はすべて選択したの。
 おかげで本日の午後のようなヘビィな時間割になる日もあるのよね。

 ところで、『ヘビィ』という言い回しはお義姉様に教わったのよ。素敵でしょう? うふっ。

 さて。
 今日の講義はこれでお終い。
 あの馬鹿どもと話し合いね。

 キャシーに特別応接室の貸し切りを手配させたから、そろそろ行こうかしら。
 呼び出した本人が遅れる訳にはいかないしね……と思っていたら。

 講義室を出た扉の前に人影が。ほかの皆様がその人影を避けていますよ……。

「……エーデルシュタイン様。いつからこちらに?」

 人影、もとい、縦ロールさま、いえいえ。エーデルシュタイン嬢がそこに立っていたわ。
 どうやらわたくしを待っていたようね。わたくしの姿を認めると、にっこり笑って軽く会釈をしてくれましたわ。

「お迎えに上がりました」

 うーわー
 縦ロールさまってば、とってもいい笑顔ですわぁ……。
 これはもう、わたくしが誰かなんて、すっかり確信済ですね。やっぱりねぇ、えぇ、そうでしょうとも。

「まぁ。3年生のお姉さまにご足労頂くなんて! 嬉しいですわ、ありがとうございます」

……白々しいかしらね。

「あの……名乗っても、宜しいでしょうか?」

 本来、目上の人(つまり、わたくし)が名乗ってから挨拶が始まるのだけど、わたくしが本当の身分を隠している風なのをお気になさったのね。縦ロールさまも躊躇ってますわ。

 何も知らない周りから見たら、豪奢なドレス姿の3年生と制服姿の1年生なら、縦ロールさまの方が目上に見えますものねぇ……。

「エーデルシュタイン伯爵家が長女、メルセデスと申します。どうぞ、お気軽にメルセデスと、名をお呼び下さいませ」

「ありがとう。では、わたくしのことも名を……アンネローゼと呼んでくださいませ」

 ところで。

 縦ロールさま改めメルセデス様の後ろに立っている御仁は、どなたかしら。

 背は高め。特徴あるオレンジ色の短い髪に琥珀のような澄んだ瞳。きりっとした眉が男らしいわね。
 左耳に美しい装飾を施した大きなイヤーカフをつけている。
 アレは金かしら。そして緑色のピアスをして……。
 んん?
 なにか不自然ね。なにかしら。

 うーん、本来なら左の眉尻にもピアスをつけているのではないかしら。
 今は外しているのね、跡だけあるわ。……その理由はおそらく……なるほど?

 そして身形をざっと見てみると……。
 我が国が指定している学園の制服をキチンと着ているけど、型が少しだけ違うわね。
 あら、これ。お義姉様が最初に発案したデザインだわ。 
 これを身に着けている、ということは……。
 それにジャケットの裾についているアレと、黄色いネクタイの刺繍は……。

 ふうん、ふんふん。そういうことですか。

「あぁ、アンネローゼ様、こちらは……」

 紹介しようとするメルセデス様を、掌を向けて止める。
 わたくしはこのオレンジ頭さんの目を覗き込んで訊ねた。


「ねぇ? テュルク国の初代国王は魔法使いだったって、本当?」


「は、い?」



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