王女殿下のモラトリアム

あとさん♪

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デビュタントの次の朝

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 わたくしの最近の朝は、侍女たちに起こされるまえに目覚め、ベランダの確認から始まるの。

 ベランダに毎朝一輪の花。
 その時々で違う花が一輪ずつ、ベランダに落ちている。

 無い朝もあるけれど、ほぼ毎日あるそれが、実は密かな楽しみだったりするわ。

 誰がこれを寄越すのか。

 気になってベランダに白粉おしろいを捲いた翌朝、手摺りに鳥の足跡と一輪のダリヤを見つけて。

 夜に飛ぶ鳥が落とすプレゼントだと判明。

 わたくしがリボンを託したあの賢い鳥は、ご主人の側で元気にしているようね。

 デビュタントの翌朝あったのは、アイスブルーのバラの花。プリンセス・サラ。
 昨晩わたくしの髪を飾った花と同じ品種。

 髪飾りに使ったのはちょっと小振りの咲き始めのバラだったけど、今わたくしの手元にあるのは、あれより少し大きくてしっかり咲いているバラ。

 わたくしの瞳と同じ色のそれは、お兄様がお義姉様の為に作らせた品種。
 清楚で気品のあるこのバラはお義姉様そのものだと思うわ。

 昔、このバラの品種改良に行き詰って頭を抱えるお兄様に、青いインクに一晩挿して真っ青になったバラを見せて爆笑されたことがあったわ。
 あれは5歳の時? 6歳だったかしら。
 今となっては懐かしい思い出ね。

 わたくしはその一輪に唇を寄せる。
 朝の澄んだ空気の中に置かれていたバラは少し冷たくて、その際立った香りは目覚めにピッタリだったわ。



 学園では、相変わらずメルツェ様が絶好調ね。
 絶好調にアスラーンと舌戦を繰り広げております。

「そちらの席はレオニーナ様の指定席となっておりますわ。ご遠慮くださいませ」

「このカフェテリアに通って2年以上だが、すべて自由席だと思っていたが? 指定席ができたとは初耳だ!」

「アンネローゼ様のお隣は親友のレオニーナ様のお席だという意味よ!!」

「席はもうひとつあるだろう」

「そちらはあいにくわたくしの席ですわ」

 今まで遠くから見ていただけのアスラーン。
 今日から始動?

 ならば、わたくしも動こうかしら。

「ねぇ、メルツェ様?」

「はい、アンネローゼ様」

 今までアスラーンと角を突き合わせていたメルツェ様が、瞬時にわたくしの元に駆けつけたわ。相変わらず凄い。

「メルツェ様は、……セルジューク様のことが、お好きなの?」

「「……は?」」

 あら。アスラーンとふたりして同じような表情ね。
 信じられないことを聞かされたときのお顔。

「貴女がわたくしに殿方を近寄らせないようにしているのは周知だけど、特にセルジューク様は目をかけているじゃない?
 だから特別にお好きなのかしら? って思って……」

「いいえ! アンネローゼ様!
 わたくしはこの男のことなど好きではありませんっ!
 いえ、むしろ男全般が嫌いなだけですっ」

「男全般、お嫌いなの? では国王陛下もお嫌い?」

「まさか! 敬愛しておりますっ」

「お兄様も男だけど、嫌われているのかしら」

「いいえ、違います。わたくしは、男というだけで横暴に振舞う輩が嫌いなのです」

 過去に嫌な殿方と関わったのかしら。あの赤毛のような。彼は男尊女卑思想を持っていた様だし。

「そうなの? では、セルジューク様から横暴な振る舞いを受けたことがあるの?」

「そ、れは……ありませんが……」

 あったら嫌だったけど、無いのならいいわ。

「そう? ならそこまで邪険にしなくてもいいのではなくて?
 それにね、セルジューク様はわたくしの婚約者候補になったの。同じテーブルで食事をするくらいは許してさしあげて?」

 わたくしがそう言えば、不承不承……といった体でメルツェ様は折れた。

「アンネローゼ様のお望みならば」

 妥協案は同じテーブルの端に座ることで落ち着いたわ。
 なんとなく釈然としないお顔のメルツェ様に、そっと囁く。

「相手は隣国の王子殿下よ? あまり邪険にして貴女の印象が悪くなるのは嫌だわ」

「わたくしのことなど!」

「いいえ。印象は大事よ。
 だってメルツェ様は大使になりたいって仰っていたではありませんか。
 大使は国の代表になるのよ?
 カフェテリアここには、テュルク国以外の留学生もいてよ?
 彼らにまで貴女の悪印象を持たれてしまうなんて、わたくしが、嫌よ」

 わたくしとは違う、メルツェ様の濃い青い瞳が見開かれる。
 何度か瞬きを繰り返した後、メルツェ様はホッと溜息を吐いた。

「アンネローゼ様のお望みとあらば」

 さきほどと似たような台詞だったけど、今度は良い笑顔だったわ。
 やっぱり食事は和やかな雰囲気の中でいただきたいもの、ね。

 こうやって少しづつ、アスラーンがわたくしの側にいても誰も目くじら立てない状況にしていけば、少しは話す機会もできるかしら。
 できるといいわ。

 こうして。
『遠く』だった距離が『ちょっと離れた』距離になった。




 秋が過ぎると冬が来る。

 我がシャティエル国は一年中温暖な気候を誇るけれど、冬はそれなりに寒さが厳しいわね。
 氷に閉ざされるイメージ。
 雪が降ることは稀。

 8歳の時、王女宮の庭に大雪が積もったのは良い思い出よ。
 ヨハンの王子宮へ行って一緒に雪ウサギ作ったり、大きな雪玉を作ったりしたわ。

 そして冬はなんと言っても冬祭り!
 新年を祝う大きなお祭りがあるの。
 王都では各所で冬祭りの催し物が行われ、それを家族と共に楽しむ。これがこの国の昔からの習わし。
 だいたいどこの地方領主も新年は家族を引き連れて王都で過ごすのですって。
 シャティエルの社交界本番は新年から、と言われているくらい。

 一年の最後の日を王宮で過ごし、そのまま新年を王族と共に祝う。
 そんな過ごし方ができるのは貴族家の中でも少数派で、年越しパーティへの招待状を貰うのは、貴族としての一番の誉れなのだとか。

 知らなかったわ。
 全部メルツェ様やクラーラ様から教えていただいた【貴族あるある】よ。

 わたくしにとって年越しは、両親も兄夫婦も相手をしてくれない、寂しい日というイメージだったけど、社交をしてるんですもの、仕方ないわ。

 ここ数年はヨハンが王女宮に来てくれてたわね。昔はわたくしがヨハンの王子宮へ行ってたけど。

 叱る人がいないから、二人で夜更かしして、甘い物を食べたり、お喋りしたりして新年に変わる瞬間を待つの。
 厚着の用意をして、窓際でね。
 もっともヨハンは待ちきれなくて途中で寝ちゃうのよねぇ。

 新年になると大きな音と共に大きな美しい花火がいくつも上がって綺麗なのよ。
 わりと大きな音で花火が上がるのだけど、ヨハンはそれでも起きないの。大物だわ。

 ……今年からはわたくしもお兄様たちと一緒に年越しパーティに駆り出されるのよね。
 ヨハン一人で大丈夫かしら。
 どうせ起きていられないのだから、即刻寝るように言ってもいいわよね。



 年末のまえに学園では第二回試験があったわ。
 うふふ。今回も学年総合一位は、わたくしがいただいたわ!
 ……忖度されたとか言われてないと良いのだけど。

 今回のテスト結果で学年総合一位を獲得したメルツェ様は、王宮への仕官の内定が貰えたのですって。素晴らしいわ!
 3年間、優秀な成績を修めてきた結果が実を結んだ、ということね。
 将来大使になるという野望をお持ちのメルツェ様は、どこの省に配属されるのかしら。
 もし外務省ということなら、ベッケンバウワー公爵の管轄よね。お義姉様の御父君の。
 メルツェ様をよろしくって言付けた方がいいかしら。

 いいえ。そんなことしたらわたくしが裏で不正を働いたと揶揄されるかもしれないわ。
 正式決定までは大人しくしていなくっちゃ!

 それにしても。
 テストで競い合うのも楽しいけど、それだけだと騎士科や淑女科の学生との交流がないのよねぇ……。

なにか、もっと……全体でできないかしら。

 クラスの垣根を越えて、学園全体で、わたくし達学生だけでなにか、催し物ができないかしらね。

 そうね、冬祭りみたいなものを。

 有志を集って自治運営できたら良いのよ。みんなで一つのことをやったら面白そうじゃない?

 後日、お義姉様にも相談してみましょう。



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