王女殿下のモラトリアム

あとさん♪

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三人の婚約者候補

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「発端はこの間のデビュタントで君が婚約者候補を作ったから、かな。
 アラゴン王国とハザール・ハン国が無理やり“自称・婚約者候補”を押しつけてきてね。
 君に会いたいって。
 やれやれ、こちらの意見などお構いなしで困ったものだよ」

 お兄様の心底嫌そうなお顔に、わたくしも困ってしまうわ。
 釣り書きと姿絵を寄越して検討してくれ、というのではなく、ご本人を押し付けられるなんて……ねぇ。

「とりあえず“第一王女と対面”したという実績を作る為に、今日の年越しパーティーに招待した。すまんが、相手をしてくれ」

「待ってお兄様。お相手をするのはそのお二方だけ?」

「いや。テュルクの第一王子も呼んだ。
 いちおう第一の婚約者候補だからね。三人で牽制しあって共倒れしてくれないかなぁ」

 あらあら。本音が駄々洩れでしてよ。

「わたくしはどのような態度が望ましいの? 
 取り入るべき? 切り捨てて良いの?
 それとも、 付かず離れず?」

 わたくしがそう訊ねると、お兄様は“僕の妹はしっかりし過ぎてる”と言って困ったように笑った。

「アンネローゼ・フォン・ローリンゲン。
 君は君の思うままに行動していいよ。すべては君の心のままに」

 そう言ってわたくしの頬にキスをひとつ。

 一番対応に困る返答をされてしまったわ。
 とりあえず、『第一王女と対面した実績』があれば良いというのなら『付かず離れず』が正解なのかしら。





 晩餐も終わり、別室で和やかな交流が行われるなか、わたくしはお兄様の言うところの『婚約者候補たち』に囲まれて会話を楽しむ。

 ……楽しむ? なんていうと語弊があるような。

「初めまして。お会いできて光栄です。
 セルゲイ・エフゲニーエヴィッチ・ヴォロノフと申します。以後、お見知りおきを」

 にっこり笑顔で礼儀正しくご挨拶してきたのはハザール・ハン国の……ええと、第二王子って言ったかしら。
 わたくしと年頃は近そうね。
 濃い茶色の短髪に同じ色の瞳。人懐っこい雰囲気ね。
 ハンサムさんというよりは、親しみが持てる? って感じかしら? 
 全体的に細い印象の、まだまだこれから成長期の方ね。

 で、お次は。

「アルフォンソ・ラミレス・アラゴンと申します。
 お会いできる日を楽しみにしていました、愛しの女神アンネローゼ姫」

 ううーん。
 こちら、アラゴン王国からの王弟殿下は色気たっぷりの美丈夫ね。
 栗色の髪は豊かに波打って、耳の下くらいの長さ。琥珀の瞳は垂れ目ね。
 右目の下の泣き黒子が色気を倍増させているわ。
 こちらはお兄様くらいの年齢に見えるわね。
 がっしりとした体形で筋肉質タイプかしら。
 彼、独身じゃないでしょ。
 というか、この年で独身だったら色々問題ありなのでは?
 タラシなのか、幼女趣味なのか、はたまた特殊性癖をお持ちなのか。


 どうでもいいことなんだけどね。
 こう立て続けにご挨拶されると、手の甲へのキスも立て続けになるじゃない?
 そうすると、この人たちわたくしの手の甲を通じて間接キスしてるってことにならない?

 本当にどうでもいいことだけど、気になるのよね。殿方的には気にならないのかしら。

 わたくしとしては、ロンググローブ越しだからどうでもいいのだけどね。


 で、お次。

「改めまして、アンネローゼ姫。
 今年最後の善き日に貴女にお会いできて良かった。
 年が変わってすぐに貴女の花のかんばせにご挨拶てきる栄誉を私にお授けください」

 仰々しい台詞と共にわたくしの右手の爪の先にキスしたのはアスラーン。

 この三人の中では一番背が高いのね。

 じつにどうでもいいことなんだけどね。
 アスラーンがわたくしの爪の先にキスしたのは、彼らとの間接キスを避けたかったからじゃない?

 なんてね。

「君がテュルクの王子か。
 姫のデビュタントの日に婚約者候補になったという」

 アラゴン様が興味津々な様子でアスラーンに話しかけている。

 んんっ? なんだか火花が散っていてよ?
 アスラーンは無表情で。
 アラゴン様は色気たっぷりの微笑みで。

「アンネローゼ様。このお部屋、とても暖かいですね。
 どのような仕組みで部屋を暖めているのですか?」

 ヴォロノフ様は瞳をキラキラさせてわたくしに話しかける。
 他の二人は目に入っていないご様子。

「全館全室に専用の管が通っておりまして、温かいお湯を循環させています。あれですね」

 窓の下にある管を扇で指し示す。

「あれを魔鉱石の力で起動させております」

 床下にも同様の仕組みがあるのだけど、面倒だから割愛しちゃいましょう。

「どのような仕組みでそうなるのですか? 詳しく伺っても?」

「ヴォロノフ様。申し訳ありませんが、わたくしは職人ではございませんので、仕組みまでは存じませんわ」

 わたくしがそう言った途端、機嫌を損ねたのか、ムッとしたお顔になったヴォロノフ様。
 なんというか、お子様なのね。

「じゃあ、アンネローゼ様は、なにならご説明してくださるのですか?」

「魔鉱石関連以外、ならばできるかと」

「は? なぜ?」

「なぜ、とは。なぜですか?」

「シャティエルといえば、魔鉱石でしょう?
 その魔鉱石の国の姫が、魔鉱石についてなにもご存じないのですか?
 おかしくないですか?」

 わたくし、この子にバカにされてるのかしら?

「なにも、というのは語弊がありますわね。
 魔鉱石は元々は魔石といって、我が兄、王太子殿下が14年前に発掘したものですわ。
 それを加工して魔鉱石と呼ぶようになったのは、ベッケンバウワー公爵家の——」

「そのような、成り立ちの話ではなく!」

 あらあら。短気は損気でしてよ?

「どのように生成され加工されエネルギー化されるのかをお聞きしたい……ということですよね?
 よく分かりますわ。ヴォロノフ様の仰りたいことは。でも――」

 手にしていた扇をゆっくりと閉じる。

「あいにく、わたくしはシャティエルの王女なのです。
 自国の利の為に動く人間ですわ。
 そのわたくしが、ほいほいと国の秘密を明かすと思っていらっしゃいます?」


 いくつかあるわたくしの未来の選択肢の中に、『他国へ嫁ぐ』というものがある。
 もし、わたくしが魔鉱石についての情報をあますことなく頭脳に納め他国へ嫁ぐことになれば、シャティエル国の重要な資産の流出になってしまう。

 今、魔鉱石の市場は我が国が独占している。
 独占しているからこその巨万の富。
 資産の流出は絶対に避けねばならないのだ。

 だから、わたくしはわざと魔鉱石に関する詳細な知識を修得していない。

 国民の誰もが知っている通り一辺倒な知識しかないのだ。
 ……本当は、ルークお兄様と一緒に研究したかったのだけどね。

 今も魔鉱石に拘わる職人は、国に完全保護され他国に移動できない。
 外部接触も禁じられている。
 ガチガチに監禁されているに等しい。
 奴隷と違うのは好待遇で働き、彼らの家族も裕福な暮らしをしている、という点ね。

 そんな中で、このヴォロノフ様のように職人と接触しようとする人間もいるのだけれど、まさかこのわたくしから聞き出そうとは!

「もとより、そちらの方面の勉学は修得しておりませんの。
 のちのちのが面倒で。
 ハザール・ハン国の王子殿下。
 お国からどのような使命を帯びてこちらにいらしたのか存じませんが、わたくしの気持ちを動かせなければ婚約者候補のまま、ご帰国なさることになりましてよ?
 なんといっても我が父、国王陛下がわたくしの婚姻については消極的で、わたくしに一任すると申しておりますもの」

 わたくしは、あなたの望む知識は持ち合わせておりませんが、それでも良いなら口説きなさい。

 そう思いながら視線を向け微笑んで見せれば、真っ赤になって渋面のまま黙ってしまいましたわ。
 ご不満なら撤退してくださいな。
 わたくしも子守りはごめんですもの。


 ハザール・ハン国の王子殿下も、アラゴン王国の王弟殿下も、わたくしを見る目は『商品を値踏みしている目』なのよね。

 この王女はシャティエル国の中で、どのような扱いを受けているのか。
 この王女は、どの程度魔鉱石のことを知っているのか。
 この王女を手に入れたら、自分にはどの程度の利があるのか。

 ……とても、分かりやすいわ。

 なぜ分かるのか。
 それはアスラーンという比較対象がいるからね。

 彼の目の奥には、わたくしの知らない焔が見えるの。
 他の二人には無いモノ。
 アスラーンの目の奥にだけ、あるモノ。
 こんな目でわたくしを見る人間は今までいなかったわ。


 それにしても……多数の婚約者候補、か。
 昔、そんな物語を聞いたわね。
 複数の求婚者の扱いに困って、彼らに叶えられないお願い事をするお姫様のお話。
 最後は月に帰ってしまうのだったかしら。

 絶対叶えられないだろうお願い事をわざわざするなんて、体のいい嫌がらせよね?
 嫌なら嫌だと断ればいいのに、自分から断らないで、妙なお願い事をして相手から断らせようなんて、性格の悪いお姫様だと思うわ。

 んーまぁ、わたくしも?
 我が儘で、王太子殿下の名を使ってやりたい放題する性格悪いお姫様ですもの。
 いにしえの物語を見習って“お願い事”で撃退してみようかしら?
 複数の婚約者候補なんて、逆ハーレムみたいで嫌だものね。


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