王女殿下のモラトリアム

あとさん♪

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メイクアップ!

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 学園へ向かう馬車の中で、わたくしは護衛キャシーに数日前の無作法を詫びたわ。
 護衛を置いて帰ろうとする主なんて、普通はいないわよねぇ。
 まぁ、以前からその護衛をまこうとした主はここにいるけど。
 もうわたくしは大人になったのだから、そんな馬鹿なことはしないのよ!

 キャシーはどこか嬉しそうに言ってくれたわ。

「今日は、心境の変化があったのですか?
 髪型が違いますね」

 そうなの。
 朝からわたくし付き侍女のエステ隊が尽力してくれたのよ。
 学園に赴くときのわたくしは、最近は髪を一つに結んで結い上げて頭の後ろに固定……そうね、はっきり言えば城で働いている侍女と同じ髪型をしていたわ。
 だってそうすれば楽に素早くお支度できて、寝癖を整える手間が省けるじゃない!

 でもそもそも、お洒落しゃれは面倒臭がったらダメなのだとアドバイスされたわ。
 だから思い切って前髪を作って下ろし、額を隠したの。
 我ながら、ちょっと可愛くなってしまったわ。
 髪も、せっかくエステ隊の皆が丁寧に手入れしてくれてツヤツヤになったから、ハーフアップという髪型で髪留めは華美になり過ぎない真珠で細工されたモノを。
 サイドはわたくしにはできない編み込みをされて、後ろは伸ばしたまま背中を覆っている……。

 ……この髪型だと夏は暑いから今だけだわね……。

 いけないわ。すぐに機能的な面を重視した思考になってしまう。
 わたくしの悪いクセね。

 なにもしなくても緩くウェーブする髪だけど、きちんとコテをあてて、同じ方向に波打つように調整されたわ。
 エステ隊の皆が頑張ってくれたから、我ながらつやんつやんの手触り。
 仄かにいい香りもする。
 柑橘系の香りは好きよ、スッキリするもの。

 そして薄化粧が施されて……。

 鏡を見ると、制服姿のわたくしがこちらを見返している。
 夜会用ではないお化粧は、すっぴんとは明らかに違う。
 でもしっかりお化粧しています、という感じでもない。
 明るいお日様の下にいても違和感なさそうだわ。

 その鏡の中のわたくしがどこか期待している風の笑顔なのよね。

 いつもと違うわたくしを可愛いって思ってくれるかしら。
 あんな失礼な態度、忘れてくれると嬉しいのだけど。

 期待と不安。どちらもわたくしの中にある。

「殿下は素がよろしいので、あまり手を入れない方向でお仕度いたしました。いかがでしょう?」

「うん、ありがとう。朝早くから煩わせたわね」

 いつもなら、わたくしの髪を結い上げる子が一人いれば用が足りたのに、今日は早くから三人の手を煩わせたのですもの。
 きちんと労をねぎらわないとね。

「姫様。今日はいつにも増してお可愛らしいですわ」

 わたくしのカバンを持ってくれている筆頭侍女のマチルダ。
 お義姉様から大まかな事情を聞いているらしい彼女は朝からニッコニコなのよね。
 今までお洒落方面への意欲が薄かったわたくしに思うところがあったみたい。

「あのね、マチルダ。
 今日のわたくしはね、ひとりの男の人の為に、綺麗になりたいって思ったの。
 王女としては、失格……よ、ね?」

 廊下を歩きながらそんな質問をしてしまう。
 そんなこと訊かれても、答えに困るだろうに。

 王女宮の玄関前では護衛キャシーがわたくしを待っていた。
 キャシーは、ちょっとだけ目を見開いてわたくしを見たけれど、特になにも言わなかった。

「姫様。私ごときに王女の在り方を論ずる資格はございませんが、私は常に思っております。
 私がお仕えする王女殿下は、いつでも聡明で気高く美しい自慢の姫様です。
 姫様のなさることに間違いはありませんわ」

 持っていたカバンをキャシーに渡しながら、そんなことを言うマチルダ。

「貴女、わたくしに甘すぎるわよ?」

「私の主が、ご自分に辛いせいかと」

 なんとなく気恥ずかしくて、黙って馬車に乗り込んだのだけど。





 今、わたくしは馬車から降りるのが怖い。
 またアスラーンを見たら、どうなるのかしら。
 あの眩暈や動悸に襲われるのかしら。

「着きました」

 馬車が止まり、護衛キャシーが先に降りて、扉の前で手を差し出しわたくしが降りるのを待っている。

 えぇい!
 女は度胸だとお義姉様は仰ってましたわ!
 はじめの一歩を踏み出さねば、結果は出ないのです!

 いざっ!

 意を決して立ち上がり、キャシーの手を取って馬車から降りると―――。

「おはようございますアンネローゼさま。もうお加減はよろしいのですか?」

 メルツェ様がいつものきりっとした笑顔で出迎えてくれました。
 メルツェ様、お一人が……。
 ホッとしたような、がっかりしたような。

「アンネローゼ様。今朝はいつにも増してお可愛いらしいですわ!
 髪型を変えられたのですね。御髪おぐしを下ろしているお姿、初めて拝見いたしました♪」

 メルツェ様が満面の笑みで褒めてくれるわ。彼女はわたくしに甘いものね。

「そうなの。ね、正直に答えてね?
 わたくし、変じゃない?」

「世界一可愛らしいと思いますわ♪」

 気のせいでなければ、わたくしの姉バカが増えたのではないのかしら。

「あのね、それでね、わたくし、ね、」

 優しい瞳をわたくしに向けてくれるメルツェ様。――の、向こう側に。

 ん?

「あれは、なにをしているのかしら?」

 校舎の陰に、アスラーンとカシム様がいるのだけど……。
 アスラーンを後ろから羽交い絞めしているカシム様。
 アスラーンはなんとかカシム様の手を逃れようと足掻いている……の図かしら?

「セルジューク様が拘束されている図、でしょうか」

 キャシーの目にもそんな風に見えるのね。
 見慣れないものを見ると、人はそれを冷静に観察できるのね。
 アスラーンを見ても冷静なわたくしでいられたわ。感謝するべきかしら。

 まじまじと見ていたら、アスラーンがわたくしに気がついた。

「アンネローゼ! 助けてくれ!」

 わたくしに助けを求める声と同時に

「!……カシム! まだその手を離してはダメよ!!」

 なぜかカシム様に命令するメルツェ様。それと同時に

「あぁ、殿下! 助けて下さい!!」

 ……カシム様の叫びはわたくしへ向けたものだったわ。

 いったい、なにがあったというの?
 カシム様はメルツェ様の下僕になったのかしら。

「えぇと? なかなか愉快な構図になっていらっしゃるけど?」

 意識的にできるだけアスラーンを視界に納めないようにしながら、事情を知っていそうなメルツェ様に訊いてみれば。

「セルジュークには現在、変態変質者誘拐犯疑惑がございまして、安全が確認されるまでアンネローゼ様のお側に近寄らせません」

「はぁ? なんですって?」

「メルセデスさま~! もう疑惑は晴れましたか~?!」

「いいえ! まだ離してはなりません!
 貴方の主人の潔白を証明する為です、我慢なさいっ!」

「カシム! お前の主人は誰だ?! いい加減この手を離せ!」

「お黙りっ!」

 カオス。

 ……わたくしが引き籠っていた間になにかがあったのね。
 なんなの? この訳の分からない状態は。



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