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4.「ごめん、またどこかへ行っちゃうみたい」

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 同じものを見て笑い合う相手が身近にいる。
 他愛ない、これだけのことが途轍もなく嬉しいなんて、はじめて知った。
 そもそも笑っていられるなんて、母が死んで以来ひさしぶりだ。
 俺たちはいろんな話しをした。それぞれの生い立ちのこと。なにが好きか、なにが嫌いか。
 たまに意見が衝突したこともあったけれど、よく話し合ってお互い納得した。

 そんなふうに日々を重ね、知らず知らずのうちにマリアへの愛は深まる。


 ラルフが卒乳し、マリアの胸が彼女の言う通常時に戻ったころ。
 俺たちはついに一線を越えた。
 その夜を俺は忘れない。ほんとうに、いい夜だった……。ぜんぶ、マリアに教えて貰った……。うん、良いものだ……。

 マリアへの愛はますます深まった。
 ラルフも可愛くて可愛くて。1歳過ぎるとよちよちと一人で歩き始めた。お喋りも盛んだ。
 俺は昔から希望していた職に就くため、働きながら勉強を続けて。
 そんな生活に慣れたころ。


 マリアが目の前で消えた。
 よちよちと一人歩きしたラルフを彼女が抱き上げた瞬間、身体がすーーーっと薄くなっていった。

 薄くなる自分の手を見たあと、びっくり眼を俺に向けるマリア。

「ごめん、またどこかへ行っちゃうみたい」

 泣き笑いの表情を見せた。

 いやだ。そんな、いやだ!
 マリアがいない生活なんて、ラルフの笑い声を聞かない日々なんて、いやだ!

 一生懸命伸ばした両の手は空を切った。
 陽炎かげろうのようにふたりは消えた。

『諦めないで! 絶対あたしを口説き落としなさいよ! シュークリームは鉄板てっぱんなんだからね!』

 という声だけ最後に残して。


 ◇


 マリアのことばを何度も思い出した。

『18歳のときにショーンと会ったの。その時ショーンは28歳だったわ。教会の前だったの』

 それが心のよりどころだった。
 ぜったいいるはずなんだ。俺と出会うまえのマリアが。

 探して、探して、探しまくって。
 彼女の過ごした孤児院の場所を聞かなかった自分の迂闊さを呪った。
 絶望と希望を行ったり来たりしながらも、マリアと会えることを信じた俺は、日々勉強を重ね資格を取って希望職種に就いた。マリアのために、そしてラルフのために定職に就き稼がなければ!

 部屋も引っ越し、マリアたちのために生活のすべてを整え、探し続けること三年弱。

 俺はついに、マリアに再会した。
 28歳の俺と18歳のマリア。

 俺にとっては『再会』だけど、マリアにとって俺は初対面だ。俺を初めて見るマリアは、思いっきり不審者を見る目で俺を見た。
 それも、まぁ仕方ないかも。
 なんせ俺は初対面のマリアに

「俺の運命! マイダーリン! 結婚しよう! 愛してる!」

 と言って目の前で跪いたのだから。
 目立つことを嫌う俺が、町一番のひとごみをみせる教会の前で。

 ……思い返せばずいぶん派手なことをしたものだ。


 ◇


 その後。
 マリアを口説いて口説いて口説き落とした。

 俺にナンパ師のような真似ができるとは思わなかったが、必死だったのだから仕方がない。

 それに勝機はあった。なんせ、何が好きなのか嫌いなのか、彼女の好みは把握している。本人が申告したとおり、シュークリームは彼女の好物なのだ。警戒心を解くのに役立った。

 しかも彼女の生い立ちも聞いている。孤児院育ちでそこから独立してきたばかりってこともよーーく知っている。

 親がいないなんて俺も同じだ。
 学? 勉強なんていつでもできる。実際俺も働きながら資格を取って、いまは見習いとはいえ獣医師として働いている。
 学びたいなら俺が教える。
 大丈夫、俺はただきみが好きなだけ。きみと一緒に未来を紡ぎたいだけだから。

 そうやって接点を持って、口説いて口説いて口説き落として。
 かつてのマリアが俺に囁いてくれた『愛してる』のことばを、そのまま――いやそれ以上に――彼女へ返した。

 そうしてやっと。ようやく、本当に彼女と結ばれて。
 過去、彼女が言ったとおり『処女』はたしかに俺が貰った。……俺の童貞も彼女に捧げているが、それは過去の話として。
 そのときマリアは20歳になっていた。

 籍をいれ幸せの絶頂のとき。俺はマリアに言い聞かせた。
 きみのお腹に俺の子がいる。
 そしてきみはこれから時間を超えて彷徨さまようハメになるようだけど。
 諦めないでくれ! 絶対俺を探して欲しい! 俺を騙してもいいから口説き落としてくれ!

 そうお願いした。
 マリアは

『このひと、なにを言っているの?』

 という不信感バリバリの目を俺に向けた……。うん。その気持ち、とってもよく解るよ……。


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