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本編
10.自覚
しおりを挟む嬉しい! ヤバい、凄く嬉しい!
「ありがとう。ブリュンヒルデ君は優しいね」
本当に嬉しい。兄妹からも親友からも怒られて、説教されて、自分の悪い処を自覚して、へこんでばかりの毎日に、初めて貰えた優しい言葉に有頂天だ。気分急上昇だ。
しかも、それを言ってくれたのが、俺を気遣ってくれたのが、黒姫ことブリュンヒルデ嬢なのだから! 単純な俺は嬉しくて堪らない。
「あぁ、やっぱり……オリヴァーさまの瞳、紫いろ…とっても綺麗…」
「え? むらさき?」
なぜか俺の瞳をじっと見つめていたブリュンヒルデ嬢がそう呟いた。
俺の瞳は碧眼だ。とても紫色とは言えないが…
「はい。初めて拝見した時も、とっても綺麗な紫色だって思いました」
「初めて見たとき?」
「はい。屋上で、水墨画を描いていたとき、です…あの時は、突然でびっくりして逃げてしまいましたが、後から思い返してもとても綺麗だったなぁと。オリヴァーさまの瞳、すごく印象深くて……好きです」
心臓を掴まれたと思った。
あどけない笑みを見せるブリュンヒルデの突然の告白。
好き?
好きって言った?
「す、好き? なの?」
「はい! とても美しい色だと思います!」
あ、瞳の色が好き、ってわけね……。
ん? なんだ、このがっかり感。嬉しいよ? 美しいと褒められたのだし、確かに嬉しいって思うよ? 美形なのは生まれた時からで、みんなに称えられてきたけど、確かな審美眼の持ち主から褒められたんだから、嬉しいのは間違いないんだ。
なのに。
なんだ? このガッカリ感。
「次にお目にかかった時は、碧色の瞳だったので、まさか屋上の紫の瞳の方と同一人物だとは思わなくて…初対面だと思い、失礼いたしました」
「え」
「イザベラから“双子の兄がいる”、とだけ聞いておりましたので、つい、勘違いをしておりました」
あぁ! あのお茶会のとき首を傾げていたのは、俺とイザベラとを見比べていたのではなく。
“初めて屋上で会ったときの俺”と比べていたのか!
あの一瞬の邂逅で俺の瞳が紫色だと認識して。
次に会った時は碧眼だったから、違う人間だと思ったわけで?
だから“また会ったね”と言った俺に、『この人、何を言っているの?』という態度を取ってしまったというのか。
『イザベラと双子』の兄がいる、のではなく、イザベラに『双子の兄』がいると思ったのか。
なるほど?
でも。
「俺の瞳、紫色に、なってるの?」
「はい……あぁ、今は碧色になってしまいました……瞳の色が変化するなんて、不思議ですねぇ……」
そう言いながら、ますます俺の瞳を覗き込むブリュンヒルデ。
好奇心を全面に押し出して、ちょっと頬が紅潮してて、そこはかとない笑顔が、めっちゃくちゃ可愛いじゃないかっ!!!
可愛いっ!!! すっごく、可愛いっ!! やばいっ抱きしめたいっ!!
あぁ! 俺、もしかして、この子に……!!!
「あぁ! また紫になりました! 凄いですっ」
またうっとりとした顔で、喜色を浮かべるブリュンヒルデ嬢。
……可愛いが過ぎるっ……
「なんて、綺麗なの………領地で採掘される宝石に、光の具合によって色を変える貴石があるのですが……、オリヴァーさまの瞳は、わたくしが今まで生きて見た中で、どれよりも美しいと思います…」
なんて、可愛いっ……ぜったい笑ったら可愛いだろうって思っていた……その微笑みを、いま、俺に向けて……可愛いっ……抱きしめたいっ……好きだっ……!!!
落ち着けっ俺っ!!!!!
今、ここで、彼女を抱き締めたりなんかしたら、間違いなく痴漢だ犯罪者だっ!!!
彼女はいま、美しい物を見てテンション上げているだけ!
そして今日の俺は! 謝罪に来たの! それだけ! 彼女に愛の告白に来た訳じゃないの!!!
ブリュンヒルデ嬢は嬉しそうに語る。
俺の瞳が紫、というか赤紫に近い色を纏う様を。ふっとした拍子に碧色に戻る様を。
いつも思っていた。彼女が美しいと思う対象物になって、彼女の笑みを独占してみたいと。
今、そうなって解った。
途轍もなく気恥ずかしいと共に、途方もなく嬉しくて、この、両手がっ俺の両の腕が動き出しそうでそれを押さえつけるのに理性を総動員させて、心中は大忙しだ。
身を乗り出して俺の瞳を覗き込むブリュンヒルデ。すぐ傍にブリュンヒルデ。笑顔のブリュンヒルデ。
あぁ、正直に白状すれば嬉しくて堪らないっ! 触れる距離! 吐息が掛かる距離!
でもでもでもっ!
おちつけっ落ち着くんだ俺!!!! 慌てる乞食は貰いが少ない。がっつき過ぎる男はもてない!!
「笑えてるよ」
「え?」
深く息を吐いて、つとめて落ち着いた声を心がけて。
「笑えないって言ってたけど。君、ちゃんと笑っているよ。今が、そうだし」
「え?」
あぁ。びっくりしたオニキスの瞳が愛しい。小首を傾げて、小動物みたいだ。
「君は、綺麗な物を見たときとか、好きなモノを見たとき、あと、美味しい物を食べたとき! ちゃんと笑っているんだ。―――大丈夫、笑えるよ 。ずっと思っていたけど、笑った顔、可愛いね」
そう言って笑い掛ければ、彼女は自分の体勢をやっと思い至ってくれたらしい。前のめりだった姿勢を改めて、俺から離れた。
ちょっと勿体なかった気もするけど、まぁ致し方ない。
今日の俺は、謝罪の為にここを訪れた。
でも、自覚した。
自分の気持ちを。
俺は、ブリュンヒルデ嬢が好きだ。大好きだ。
色褪せてしまった俺の毎日の中に、鮮烈に現れた黒。
他に染まらない、唯一無二の色。――黒姫。
欲しい。
彼女が欲しい。
だが、今、告白なんて出来ない。
だって、彼女と俺とでは人としての格が違い過ぎる。
もっと彼女と釣り合うような人間になってからでないと、とても告白ひとつ出来やしない。
俺は。
本気、出してみようか。
今まで逃げていたすべてのことに。
応援ありがとうございます!
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