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本編
22.エミールの願いごと
しおりを挟むブリュンヒルデとの約束を取り付け心躍りながらも、彼女の漢らしさに敗北感を覚えつつ帰宅した晩。
俺はイザベラにエミールの情報を貰った。
エミール・フォン・ファルケ。ファルケ辺境伯家の出身ながら、専科に進学した変わり者。すべての武芸に満遍なく通じ、成績も優秀者なのだとか。加えて見てくれもいい。――なるほど。
「奴がブリュンヒルデ狙いだってのは、本人がそう言っているのか?」
「いいえ。皆がそう判断している、という感じね」
イザベラ曰く、とても、とーーーーっても、ブリュンヒルデに対して、親切に振舞っているのだとか。頻繁に声をかけ雑談に興じる。彼女の荷物を持つ、彼女の為に椅子を引く。同じ班で実験したり研究討論したり。食堂でもイザベラたちと同席する回数が多いのだとか。
――羨ましい! 心底、よだれが垂れそうな程、羨ましいぞっ!
あぁ、同学年っていいなぁ。思えばラインハルトさまとヒルデガルドさまは、同学年で常に一緒にいらして、仲睦まじいなぁ、良いことだなぁと俺たち下級生は温かく見守ったものだ。もしや、イザベラたちはそういう気持ちで奴とブリュンヒルデを見守っているとでも?!
俺がそう訊ねると、イザベラは肩を竦めた。
「……そういう目が多いのは、事実ね」
ナンテコッタイ。
昼間奴が「お願いしたいことがある」なんて言ってきたことも気になる。なにを? まさか、俺がシェーンコップ先輩にお願いしたのと同じことか? 勝手にクルーガー家に婚約の申し込みするなと言いたいのか?
残念ながら、もうしたぞ! そして断られたぞ!(……泣いてもいいかな)
他に奴が俺にしたいお願い事なんて、あるのか? 我がロイエンタール侯爵家に就職したい、……とか? 広大なロイエンタール領には自警団が幾つかあって、毎年何人か騎士科の優秀な若者を引き取ってるんだが……俺に採用権限はないし。
まさか、王家へのお願い事の口利き? 俺がジークやラインハルトさまと幼馴染みだからって、仲介を頼む野郎も居たことはいた。だが、エミールはラインハルトさまのブルーダーだったんだから、なにかあるのなら直接頼めるよな?
ラインハルトさまには叶えられない、もしくは言えない願いで、俺が聞けることって……そんなもの、この世にあるのか?
判らん。皆目見当もつかん。
まぁ、ブリュンヒルデ絡みだとは思う。譲る気はないが、選ぶのは彼女だ。そこは間違えちゃいかんよな。
◇
そして。
エミールの『お願い』は翌日放課後の学生会室で明かされた。
「黒姫を賭けて、僕と真剣勝負してください」
そう言ったエミールに、学生会室にいた面々が黙ってしまった。
「なんだって?」
声をかけたのはジークハルト。
「エミール、君は今、なにを言ったのか、理解しているのか?」
「よく解っています。黒姫が関わらなければ、オリヴァー先輩が本気にならないことも、よく」
おやおや。よく見てる。
「我が校では決闘は禁止されている。看過する訳にはいかない」
と、生真面目な顔で告げるジークハルト。
「直接勝負がダメなら! オリヴァー先輩! 剣術試合に参加してください! なぜ今年は参加者名簿に、先輩の名がないのですか?! 去年、あの“銃騎士クラウス”先輩を追い詰めたのは、オリヴァー先輩ですよね?! そのオリヴァー先輩が出場しないって、なんの冗談なんですか?!」
あー。はいはい。なるほど。
彼の希望はそれでしたか。
「やらないよ。真剣勝負なんて」
俺が力なく答えれば、エミールの強気な瞳が光った。
「なぜ? 僕が怖いですか? 僕に負けて黒姫を取られるのが怖い?」
うーん。挑発する気、満々だね。判り易いなぁ。
「いや、そうじゃなくてね。“黒姫を賭けて”、なんてできる訳ないでしょ。ブリュンヒルデは物じゃない。生きている人間だ。彼女を賞品扱いしないでくれ」
そう言うとエミールは黙った。
何というか、こいつ、ブリュンヒルデ狙いではない、のか?
もしかしてわりと純粋に俺と戦いたいだけ?
「ちなみに、エミールは今年の剣術試合参加予定なの?」
そう言いながら、剣術試合参加予定者の一覧を探して……おぉ!ちゃんとノミネートされてる。予選グループAか。
「専科から希望を出して、よく受け入れて貰えたねぇ。やっぱ、“ファルケ”の家門は絶大だな」
俺の言い回しに引っかかったらしいエミール。
「え? それ、どういう意味ですか?」
疑問に思っても可笑しくはないか。
「ん? 俺は出禁になっているから。っていう意味だよ?」
「え?」
「本当だ。こいつは剣術試合に出場資格がないと、我が校で唯一認定された男だ」
ジークが補足で説明してくれる。周りの学生会のメンバーも頷いている。
取り合えず、剣術試合に参加できるのは、我が王立学園高等部の学生で出場希望した者、だ。出場希望者が届けに己の名を書いて提出する。だから、専科の学生でも出場希望届けさえ提出すれば、エントリーは可能だ。
「出場資格がない? どうして?!」
「去年、由緒正しい剣術試合で、対戦相手を投げ飛ばすような騎士道不覚悟な真似をした不埒者だからって、騎士団長に言われた」
「」
騎士団長直々に言われたんだよね、去年。ニヤニヤしてたなぁ。あの人も脳筋思考だから、それが俺に対する罰だと考えたんだろう。
騎士科の学生にとっては“剣術試合出場資格はく奪”なんて不名誉だもんね。
俺には不名誉でもなんでもないけど。
「ちなみに、俺が騎士科に転科すれば、その規約は取り消されるらしい。ちゃんと騎士として騎士道を学べってことだな」
「じゃあ! 騎士科に転科してください!」
「やだよ」
「なぜ!」
「言うとみんな馬鹿にするから言わない」
「どうして!」
「どうしても……っていうか、なぜ俺が君の希望をそこまで叶えなきゃならない。俺には俺の未来があって、それは俺が決める。親でもない君の意見に従う義務なんか、俺にはないね」
もっとも、親の意見だって従うかは謎だ。一応、聞くだけは聞くけど。
「それじゃぁ……僕は、どうしたらいいんですか? 先輩と戦う為に、同じ立ち位置になって専科から出場しようとしたのに……」
え? どういうこと?
なんだかエミールがぷるぷる震えだした。なんか、泣きそう。おいおい、泣くなよ? こんなところで。
「あーあ、オリヴァーがエミールを泣かせたー」
「泣かせたな」
同期のメンバーが言うと、三年の先輩までそれに同調する。
「泣いてませんっ」
と言いながらエミール、袖口で目元を拭くな。泣いてるのバレバレじゃねぇか。
「ぼ、僕はっ……クラ、ウスせんぱいの、かたきを、うちたくてっ」
あぁ? 敵を討つだぁ?
まるで先輩が死んじまったかのような言い草だな、おい。
「ぼ……ぼくはっ……!」
「あー、取り合えず、お前、落ち着け。泣きたいんなら泣いていいから。うん、お前の言い分、ちゃんと全部聞いてやるから」
俯く金髪を撫でてやる。参った。泣く子には敵わない。
やれやれ、と思いつつ何気なくドアに目を向ければ。
丸い目を更に丸くするブリュンヒルデとイザベラがいた。気付かなかった。いつの間に来た。いつの間にドアが開いた。
「なにか、トラブルでも?」
そう、ジークに訊くイザベラ。
「いや……なんていうか、エミールの意外な一面を見た、というか……」
困ったような顔で答えるジークフリート。
なぜか、ブリュンヒルデは両手を合わせてお祈りをするようなポーズで俺を見詰めていた。赤い顔して。とても嬉しそうに微笑んで。
俺を? 俺、今、なにしてる?
エミールの頭を撫でている。
泣いているエミール。
―――あ。
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