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本編

29.バラ園での告白

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 庭園は今や見頃とばかりに秋薔薇が咲き乱れ、薫香が風にのってこちらにまで届く。
 あちこちにランプが掲げられ、夜でも薔薇が鑑賞できるようになっていた。散策にはもってこいだけど、ハイヒールの令嬢にはキツイだろう。庭園には下りず、テラスにあるベンチにブリュンヒルデを座らせ、俺も隣に座った。

「疲れた?」

「少しだけ」

「どう? 王宮での夜会は」

「……夢のようですねぇ。とても煌びやかで……自分がその一員だなんて、まだ信じられないです」

 ダンスの余韻か、ブリュンヒルデの頬が赤い。だが、このままだとすぐに冷えてしまうだろう。俺は自分の上着を脱いで彼女の肩にかけた。

「あ、……」

「かけてて。冷えると風邪ひいちゃうよ」

 俺と言う不埒者の目から守る為にもね。露出は最小限にしよう。彼女の華奢な肩は眼福だけど、隠すのが『俺の上着』なら、それは『良いこと』だ。

「あの、ダンス……」

「うん。踊ってくれる? でも疲れているでしょ? もうちょっと後でもいいよ」

 それよりも。
 今、この場所なら。
 ホールではまだ音楽が流れている。序盤のせいでテラスにも庭園にも人は来ていない。
 人目のないこの場所なら、プロポーズしても、いいんじゃないかな。
 むしろ、今しかないんじゃないかな!

 この一年半、俺なりに努力してきた。まじめに勉強して、学年一位のジークと互角に渡り合っている。科目によっては俺の方が上回っている。教授陣も俺に期待するような発言をするようになってきた。
 身体を鍛えて最強の男と対戦し、彼を地面に投げ飛ばした。周りのヤローどもからは一目置かれている。主に、なにをしでかすか解らん男として。そのせいで、俺に対して挑戦者エミールという存在がきてしまったのは誤算だったが。

 だがこれで、やっと胸を張ってブリュンヒルデに告白できる。
 俺が求婚者となっても、彼女の名誉は汚されないはずだ。

 俺は意を決して立ち上がり、座っているブリュンヒルデの正面にゆっくりと片膝立てて跪いた。
 彼女の膝の上におかれていたちいさな右手をそっと掬い上げる。

「ブリュンヒルデ嬢」

 何物にも侵されない、染まらない、鮮烈な黒の乙女シュヴァルツユングフラウ。俺の心は君を欲している。

「この夜会でデビュタントになった君は、正式な大人として認められて、クルーガー伯爵家には君の縁談が降るように訪れると思う。だけど、一番の候補者は俺だから」

「ひぇ?」

「沢山あるだろう候補者の中で、俺のことを一番に考えて欲しい。そして一番最後まで選考に残して欲しい。俺はお買い得だとおもう。能力的に誰にも劣らないと自負しているし、なによりも君を愛している」

「――っ」

「君が好きだ。君が欲しい。君だけが欲しい。君を手に入れる為なら、君が願うなら、なんでもする。なんでも出来る。でも死ねっていうのだけは勘弁してね。それだけは出来ない。君の心を手に入れて、君の未来を手に入れて、俺の隣で笑う君を夢見ている俺に、それだけは望まないで。俺の子どもを生んで、ふたりで育てて、一緒に年取って、孫も生まれて、そうなったら死ぬから。それまで君を離さないから。だから、俺と結婚してください」

 だから、お願い、俺だけの姫になって。
 真っ赤な頬のまま、ブリュンヒルデが口を開く。

「わ、たくしは……クルーガーの領地を、守らなければならないのです」

「うん」

「クルーガーの領地は、田舎です。領都はそれなりの賑わいを見せますが、この王都に比べれば、慎ましいです」

「うん」

「そんな、慎ましい、寂れた場所は、オリヴァーさまのような華やかな人には耐えられないと思います」

「なんで? 俺が、華やかなら、それでいいじゃん?」

「――はい?」

「華やかな場所にいる華やかな俺、なんて。“俺”が目立たないよね?」

「……? そう、なります、かしら」

「周りに何もない場所に、華やかな俺がいる。それだけで、賑やかな“絵”になるよね? 目立つのは俺だけだよね?」

「……そう、かもしれません」

「じゃあ、なんの問題もないよね!」

「……?? そう、なのでしょうか。いやいや、そうは言っても、わたくしはわたくしと一緒に領地経営をしてくれる方を夫にしなければならないのです。オリヴァーさまは、ゆくゆくはジークフリード王子殿下の側近にお成りでしょう? 王都にいなければならない方です。中央の政治に携わる方なのです。クルーガーのような田舎に居てはいけない人なのです」

「ねぇ? それ、誰が決めたの?」

「はい?」

「俺がジークの側近になるって。誰も俺にそんな未来を提示していないよ」

 前にラインハルトさまが言い掛けたけど。

“お前はやること為すこと、破天荒だ。だからこそ、お前には……” 

 その後ことばを濁したけど、たぶん彼はこう続けたかった。“ジークの側近としてジークを支えてくれ”と。でも聡明で“なんでもお見通し”のラインハルトさまは、言わなかった。俺の意思を尊重してくれたからだ。

「俺の望みはね、君の側にいる事。君が領地経営ができる婿をお望みなら、俺ほどうってつけの人間はいないと思うよ?
自分でいうのもアレだけど、俺ってば超優秀だし、やって出来なかったことなんてない。経営学も今学んでいる最中だ。しかも次男だし、婿入り先があるならうちの両親も大喜びだ。それに何より、さっきも言ったけど俺は君を愛している! 望むなら君が絵を描いているのを見守っていたい。俺を傍に置いて欲しいんだ!」

「ほ、本気、なのですか?」

「これ以上ないくらい、本気、です」

「あ、あ、頭を打ったせいでは? 去年、剣術試合のときに、そのせいで昏倒されたではありませんか!」

「そもそも君が欲しくて剣術試合に出たんだ! そのとき頭部損傷したのなら、もう一生治らないから責任取って、俺を婿にして‼」

「どんな理屈ですか⁉⁉⁉」

「返事はすぐでなくていい。さっきも言ったけど、君には婿候補の選択肢が途方もなくあるだろう。だけど、顔も見ない相手に決めるより、俺の方が断然お得だからね! 何より、君の大好きなこの瞳、見放題になるよ」

 そう言って笑うと、ブリュンヒルデは二の句が継げられなくなったようだ。ぱくぱくと口を開閉させてはことばを飲み込んでいる。
 真っ赤な頬が愛しい。
 俺は立ち上がると、彼女にも立つよう促した。

「そろそろ戻ろうか」

「は……い……」

「すぐに返事は望んでいないけど、吟味の上、俺を選んで欲しいのは本当だからね。忘れないでね? 言ったからね? 俺は、君が、好きなんだから、ね?」

「は、はい……」

 ここまで脅迫まがいに念押ししたのは、彼女が妄想上の“萌えの俺”と、本当の俺とを区別してくれない気がしたから。
 彼女の中の“萌えの俺”が勝ったら、『そういう対象にみることができません』って断られるのかなぁ。
 あう、そうなったら泣いちゃうだろうなぁ。
 そうならない為に、これからもアピールを続けなければ!
 最終的な選択権は彼女にあるのだから。



 なんだか混乱状態の続くブリュンヒルデと踊った。ゆっくりスローテンポな曲だったが、ブリュンヒルデに何度か足を踏まれた。彼女に踏まれるならご褒美だから構わない。むしろもっと踏んで欲しい。
 困った。ブリュンヒルデ相手なら、俺はマゾ役も出来るようだ。新しい性癖まで発見してしまった。

 アップテンポな曲だったら彼女は足をもつれさせて転んでいたかもしれない。ま、そうなっても俺は彼女一人を転ばせたりしないけどね。俺が庇うし、怪我なんか絶対させない。
喜んで彼女の代わりに転ぶと誓おう。

「も、申し訳、ありません……」

 俺の足を踏む度にブリュンヒルデが謝る。混乱しているんだろうなぁ。
 お父上ともラインハルトさまとも足を踏むなんて失態、犯してなかったのになんで?って。
 大丈夫。君はちゃんと踊れる子。俺、見てたから知ってるよ。今は俺の告白に意識の3分の1くらいを奪われているから、集中出来ていないだけ。

 謝罪の代わりにもう一回踏んで欲しい。
 なんか本当に癖になる、これ。
 えへへ。


 今日は、今まで知らなかった俺を新発見した日となった。







※オリヴァーがどんどん残念な子になっていく……orz
でもこれがあっての、『お姉様は酷い(略)』のラスト辺りの彼の台詞に繋がるので…
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