死に戻りのクリスティアナは悪妻となり旦那さまを調教する

あとさん♪

文字の大きさ
6 / 20

ろく。回帰するまえとは違います!

 

 背が高く痩身。
 輝く銀髪に深い藍色の瞳。彫りが深く眉目秀麗といっても差し支えのないその顔の持ち主は、わたくしの夫であるジュリアン・カレイジャス公爵閣下。
 わたくしより五つ年上ですから……いまは三十三歳のはずです。
 眉目秀麗……ではありますが、いつも不機嫌そうに竦められている眉間の皺が、すべてを台無しにしていると思うのは、わたくしの偏見でしょうか。もう少しだけ、こう……愛想というか愛嬌というか。そういった類の表情ができないのかしらこの人。

 ……できないからこそジュリアン・カレイジャス公爵閣下なのでしょうけど!

 この公爵閣下。
 優秀な外務大臣として、いまや諸外国を行ったり来たり。国王陛下の信頼もお篤いのだとか。夫人たちのお茶会でも我が夫を褒めそやすのはまるで枕詞のようです。王妃陛下からもあなたの夫は素晴らしいと、間接的なお褒めのことばをわたくしがいただいておりますわ。
 国内にいるときは領地経営に従事し、なにごとも手抜かりなく万全な完璧人間……だといわれています。

 ――ちゃんちゃらおかしいですけどね!
 家族を顧みない、一切の考慮をしない、子どもの育成にノータッチ。
 公爵家だから、なのでしょうかね。

 わたくし自身は田舎ののどかな伯爵家でのびのびと育ちましたのでね。その辺りのことはよくわかりませんでした。

 とある朝の食堂で。
 エリカ父親旦那さまに「おはようございます」と可愛らしい挨拶したときのこと。ジロリと一瞥し微かに頷いただけで食卓についてしまった旦那さまに、わたくし、唖然としたものです。
 この人、子どもと関わりたくない人なのね、と。

 わたくしの父は、わたくしが挨拶すると柔らかく微笑んで「おはよう、良い朝だね」と返してくれましたわ。いつもお忙しかったお父さまでしたけど、毎朝の食事の時間だけはぜったい家族全員で過ごすのだ! と譲りませんでした。
 爽やかな朝日の差し込む食堂で、家族揃って迎える朝食。とても温かな時間を過ごしたものです。

 でもそれは、わたくしの実家での流儀。

 このカレイジャス公爵家ではこうなのだろうと、唯々諾々と従っていたのが過去のわたくし。
 そう、【公爵閣下】のなさることだから、それに従わなければならないと決めつけていました。
 ただ黙って従順に。
 それがとてつもないストレスになったのか、常に胃薬必須でしたけど。





「どうしたんだポール……、ッ! クリスティアナ?!」

 公爵閣下のびっくりまなこって、もしかしたら初めて見たかもしれません。

「どうしてきみが……っ」

 閣下の藍色の瞳が極限まで見開かれて……。
 お口があわあわと開閉して、なにごとか言いたいようだけど呑み込んでおられるごようす。

 そんな閣下は黒いフロックコートと黒の皮手袋。まるで喪服のような黒いスーツ。
 身元を明らかにするような家紋入りのボタンのついていないお衣装に身を包んでいらっしゃる。

 ……はいはい。“お忍び”装束ですねー。

 もうね、家紋の入っていない箱馬車を見たときから推測はしていましたけどね。これは確定ですね!
 高級娼館『花の楽園』へ出向かれるのですね!
 はいはい、いってらっしゃいませ。

 わたくしはわざと旦那さまから視線を逸らせました。
 震える脚を、そうとは分からせないようにゆっくりと運び。
 旦那さまの脇を抜け。
 通り過ぎようとした真横で止まり。

「高級娼館へのお仕事、お疲れさまでございますわ。い っ て ら っ し ゃ い ま せ」

 と、一言一句はっきりとした発音で告げ。(我ながら、冷たくて嫌みったらしい口調でしたわ)
 緩やかに歩を進めると、玄関ホール中にわたくしのブーツの踵が鳴らす音が響き渡り。(耳障りですが、疲労困憊の身ゆえの不調法です。いつものわたくしならば靴音など立てずに歩きますとも! わたくしの心情的には構うものかといういっそ投げやりな心地なのです)
 自室へと引きあげるため、正面にある大階段を数段登ったところで。

「クリスティアナ!」

 ……呼び止められてしまいました。
 ゆっくりと振り返り、階下を見降ろすと旦那さまのお姿。信じられないと言いたげな表情をしていますね。
 数段とはいえ、階段の上から不遜な態度で自分の夫を見下ろす日が来ようとは。
 自分でも表情が作れないのを自覚しています。

 いつものわたくしならば。
 いいえ、回帰するまえのわたくしならば。

 常に『淑女の笑み』といわれる、穏やかで当たり障りのない笑顔を顔に貼りつけていたものです。笑顔は貴婦人の礼儀としての第一歩でございますもの。相手がだれであれ、不愉快にさせないためのマナーでもあります。

 けれど今のわたくしにはちょっと無理です。

 ほぼ一日馬に乗り続け疲労困憊のうえに、不愉快なものを目にしたので不機嫌のピークにいます。さらには神から無礼講を許された身でもありますし。

 実はわたくし、無表情になるととても冷たい感じがすると母や兄に指摘されたことがございます。自分でいうのもなんですが、美女と呼ばれ続け、かつその自覚もございます。そんなわたくしが表情を消し、他者を睨みつけるとどうなるのか。
 とても冷酷で無慈悲な印象になるのだとか。だからこそ、少女のころから常に笑顔を絶やすことのないよう努めてきました。

 が。

 もう構うことありません。
 えぇ! とくに旦那さまにはね!

 たぶん旦那さまにとっては、こんな冷酷な表情をしたわたくしなんて結婚するまえも見たことはなかったはずです。


「クリスティアナ……」

 呆然とわたくしの名を呟くジュリアン・カレイジャス公爵閣下。二の句が継げぬ、といったごようす。
 ……もしかしたら、無表情のこの【睨み】が効いているのかしら。

 ふん。

 にこやかではない妻の姿、とくとご覧あそばせ、ですわ。

 なにも言い出さない旦那さまと、そんな彼をただ黙って見下ろすわたくし。玄関ホールには重苦しい静寂が満ち満ちていますわ。使用人たちが固唾を呑んでわたくしたちの次の行動を見守っている空気がヒシヒシと伝わります。……なんだか息苦しいですこと。




感想 40

あなたにおすすめの小説

王宮勤めにも色々ありまして

あとさん♪
恋愛
スカーレット・フォン・ファルケは王太子の婚約者の専属護衛の近衛騎士だ。 そんな彼女の元婚約者が、園遊会で見知らぬ女性に絡んでる·····? おいおい、と思っていたら彼女の護衛対象である公爵令嬢が自らあの馬鹿野郎に近づいて····· 危険です!私の後ろに! ·····あ、あれぇ? ※シャティエル王国シリーズ2作目! ※拙作『相互理解は難しい(略)』の2人が出ます。 ※小説家になろうにも投稿しております。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

元婚約者が愛おしい

碧井 汐桜香
恋愛
いつも笑顔で支えてくれた婚約者アマリルがいるのに、相談もなく海外留学を決めたフラン王子。 留学先の隣国で、平民リーシャに惹かれていく。 フラン王子の親友であり、大国の王子であるステファン王子が止めるも、アマリルを捨て、リーシャと婚約する。 リーシャの本性や様々な者の策略を知ったフラン王子。アマリルのことを思い出して後悔するが、もう遅かったのだった。 フラン王子目線の物語です。

[完結]不実な婚約者に「あんたなんか大っ嫌いだわ」と叫んだら隣国の公爵令息に溺愛されました

masato
恋愛
アリーチェ・エストリアはエスト王国の筆頭伯爵家の嫡女である。 エストリア家は、建国に携わった五家の一つで、エストの名を冠する名家である。 エストの名を冠する五家は、公爵家、侯爵家、伯爵家、子爵家、男爵家に別れ、それぞれの爵位の家々を束ねる筆頭とされていた。 それ故に、エストの名を冠する五家は、爵位の壁を越える特別な家門とされていた。 エストリア家には姉妹しかおらず、長女であるアリーチェは幼い頃から跡取りとして厳しく教育を受けて来た。 妹のキャサリンは母似の器量良しで可愛がられていたにも関わらず。 そんな折、侯爵家の次男デヴィッドからの婿養子への打診が来る。 父はアリーチェではなくデヴィッドに爵位を継がせると言い出した。 釈然としないながらもデヴィッドに歩み寄ろうとするアリーチェだったが、デヴィッドの態度は最悪。 その内、デヴィッドとキャサリンの恋の噂が立ち始め、何故かアリーチェは2人の仲を邪魔する悪役にされていた。 学園内で嫌がらせを受ける日々の中、隣国からの留学生リディアムと出会った事で、 アリーチェは家と国を捨てて、隣国で新しい人生を送ることを決める。

妹に初恋を奪われ追放された王女、私を捨てた騎士がなぜか二度恋してきます〜迷宮の通信機で再会したら執着が重すぎる〜

唯崎りいち
恋愛
妹を刺した――。 身に覚えのない罪で、迷宮へ捨てられた王女の私。 絶望の中で拾ったのは、スマホに似た『未知の魔導具』だった。 繋がった相手は、見知らぬ「名もなき騎士」。 孤独を癒やしてくれる彼に、私は正体を知らないまま惹かれていく。 「君のためなら、国にだって逆らう」 けれど、再会した彼の正体は……? 「国だって滅ぼす。それくらいの覚悟でここに来たんだ」 通信機から始まる、二度目の初恋と逆転ざまぁ。

世継ぎは他の妃が産めばいい——子を産めない私ですが、帝の寵愛を独占して皇后になりました

由香
恋愛
後宮に入る女の価値は、ただ一つ。 ——皇子を産めるかどうか。 けれど私は、産めない。 ならば—— 「世継ぎは他の妃に任せます。私は、陛下に愛される女になります」 そう言い放ったその日から、すべてが狂い始めた。 毒を盛られても、捨てられず。 皇子が生まれても、選ばれたのは私だった。 「お前は、ここにいろ」 これは、子を産めない女が ただ一つの武器“寵愛”だけで頂点に立つ物語。 そして—— その寵愛は、やがて狂気に変わる。

報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう
恋愛
 その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。  少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。 20話です。小説家になろう様でも公開中です。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。