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【公爵令嬢は恋をして策略を巡らす】
◇ 破 ◇
しおりを挟むこの日、王国の大聖堂で華々しく婚姻式を挙げたうつくしい一組の若夫婦がいた。
夫はこの国の王子にして、婚姻と同時に戴冠し王太子となった、アラン・ド・ヴィルアルドゥアン。
妻は王太子妃となったディアーヌ・デ・ラ・セルダ元公爵令嬢。
金髪碧眼の王太子と、銀髪紫眼の王太子妃。
対のようにうつくしい彼らは大聖堂で婚姻式を挙げ、二頭立て馬車で王都内をパレードし、王国民に向けて彼らの婚姻を高らかに喧伝した。
パレードを終えると王宮内で国内外の貴族、有識者を招き大々的な披露宴が行われた。
未来の為政者を知らしめるイベントは夜通し行われたが、主役である王太子夫妻はお披露目のダンスを終えると早々に退出した。
華燭の典を挙げたばかりのふたりは新たに建てられた王太子宮で初夜を迎える。
それを邪魔する者はだれもいなかった。
◇
「ようやく、ひと心地つけますね。お疲れさまでございました。殿下」
「あぁ、ご苦労だった。ディアーヌ」
幼馴染であり幼い頃から婚約者だったディアーヌは、誰よりも自分のことを理解していると王太子は思っている。
そしてそれは紛れもない事実であった。
夜着の上にガウンを重ね着し、ふたりでゆったりと寛ぐひととき。
「祝杯をあげましょう。わたくしたちの生まれ年のビンテージワインを用意させましたわ」
デキャンタに用意されたそれをワイングラスについで、テイスティングするディアーヌ。
ニッコリと笑顔で頷くと、用意されていた二つのグラスに注ぐ。
王太子アランはそれを任意に選ぶ。
昔から、そうだった。
ディアーヌが毒味を。王太子は彼女が安全を確認したものを口にしてきた。
アランは目線の高さにまでグラスを掲げ、色味を吟味すると満足そうに頷いた。
「僕らの生まれ年のワインか……うん、美味いね」
「殿下、覚えていらっしゃいますか? あれはたしか五歳のときかと。わたくしたちが初めて会ったとき……」
ディアーヌと思い出話に花が咲く。
当然だ。
彼らは幼馴染みであり、その頃から互いを結婚相手と認識していた。
王子であるアランはいずれこの国を背負うと。
その妃となるディアーヌは国母となるべく、日々勉強し研鑽を重ね、切磋琢磨し過ごしてきたのだ。
そこに恋愛感情はなくとも、信頼関係を築いてきた一番の親友だといっていい間柄なのだ。
「あのときのきみの顔は傑作だったな! 本当にきみは負けん気が強い」
「あれは! アルフォンソ王弟殿下が、お悪いのです! たった五つしか違わないのに、わたくし達を未熟だと揶揄うから!」
「アルフォンソ叔父上は研究所にいるのだから、専門知識に特化しているのだ。アレに張り合おうとするきみのほうが無謀だと、僕は思うがね?」
「まぁ、酷い! 殿下。そんな憎まれ口を叩きますと後悔なさるのは殿下のほうでしてよ?」
「おや。僕の弱みを握っているからかい? 大上段に構えるね」
「そうです。わたくしあっての、殿下だと思いますわ」
「そうだね、僕の負けだよ」
素直に両手をあげるアランをにこやかに見守るディアーヌ。
うつくしい、彼の婚約者。今夜からは、正妃……。
「ディアーヌ、その、本当に……いいのか?」
彼らは秘密を抱えている。
両親である国王両陛下にも漏らしていない、二人だけの秘密。
「もちろん。わたくしは殿下にお仕えするために、いままで研鑽を重ねてきたのです。殿下のお望みを叶えること。それがわたくしの至上命題ですわ」
背筋をまっすぐに伸ばしたディアーヌは、うつくしく完璧な笑みを浮かべた。
「ディアーヌ……」
「殿下がエステル嬢に御心を奪われたのは、言わば……運命だったのだと、わたくしは思います。
運命の導いた真実の恋は尊く、誰にも引き裂くことなどできはしません……」
ディアーヌが目を伏せると、睫毛の長さが際立った。
そう、彼女は類まれなる美貌を誇る。だが、幼い頃から見慣れすぎたその美貌に、アランは惹かれなかった。
彼が恋をしたのは、ほんの一年前。
学園に編入してきた下級生エステル・レノー男爵令嬢に、だ。
柔らかなピンクブロンドの髪に愛らしい空色の瞳。弾けるような笑顔と人懐っこい性格は、だれをも魅了した。
アランはあっという間に恋に落ちた。
そう。落ちるという表現が正しいほど、男爵令嬢に溺れた。
けれど彼には父、国王陛下が決めた婚約者がいる。
婚約者を捨てることは王命に背くと同義。反逆者だ。
だが自分は恋人に永遠の愛を誓った。
恋人のために次期国王という身分を捨て一介の貴族となるか。
アランは悩んだ。
悩む彼を救ったのはディアーヌだった。
彼女はアランという人間をよく理解していた。そして彼に提案したのだ。
『真実の愛』を捨てるな、自分を利用すればいいと。
あのときの凛としたディアーヌのようすを、アランは忘れることができない。
あれは卒業式の一ヵ月前のことだった……。
◇
王太子妃としての教育を終えたディアーヌは、既に王宮に一室を与えられていた。
学園へはアラン王子と一緒の馬車に乗り通っている。彼らの密談場所は馬車の中が主だった。
彼女はそこで、恋に思い悩むアランに提案した。
「恐れながら、殿下。殿下は幼き頃より国王となるべく、勉学に励んで来ましたよね?
わたくしと共に国を盛り立てよう、と。それを投げ捨てると言うのですか?」
「それでは、どうしろと言うのだ?」
「わたくしとの婚姻で、殿下は王太子の称号を得る予定です。ですから、わたくしと普通に、婚姻すれば良いのです。
わたくしと婚姻し、殿下のお立場を盤石なものとする。
わたくしをお飾りの妃とし、こっそり白い結婚にすれば……子どもができない王太子妃には、側室もしくは愛妾が認められます。その座にエステル嬢をお迎えできますわ。……ただ……」
「ただ?」
「お早くエステル嬢を確保して隔離したほうがよろしいかと、ご注進申しあげますわ」
「どういうことだ?」
「殿下はあのお三方を……パトリックさま、ルネさま、ジルベールさまを……本当に信用していらっしゃいますか?
あの方々もエステル嬢を狙ってます。
お早く手を打たないと、あのお三方の内の誰かの子を孕む可能性が高いと……」
「なんだって?!」
「パトリックさまの、エステル嬢を見る目をご存じありませんか?
ルネさまのエステル嬢を呼ぶ声の甘いこともご存じない?
ジルベールさまは常にエステル嬢に侍っておりますわ」
「そんな……いや。たしかに、彼らもエステルと仲が良いが……」
「こう申しあげては誤解が生まれるかも判りませんが……
エステル嬢は、その、情に流されやすいおかた。彼女の優しさにつけ込んで、いつ彼らのお手付きになってもおかしくないと、学園中では評判です」
「バカな……ど、どうすればいいのだ?」
アランはディアーヌに問いかけた。
聡明な彼女は自信に満ちた瞳を彼に向けた。
「ギァリッグ地方に王家の離宮がございます。
その離宮に彼女をお迎えするのです。それも、婚姻式の次の日に。
そうすれば彼女にも殿下の真心が通じましょう。わたくしとの縁組は政略だと、きちんと殿下自らご説明するのです」
「……なるほど……」
「残念ながら、エステル嬢は学園を卒業していない身なので……その、すぐに側室としての公務や、夜会に出席することは適わないでしょう。
彼女に国政は、まだ無理です。
ですが、殿下が真実の愛を捨てることなどなさらなくとも良いのです。
煩わしい邪魔の入らない離宮で、お二人ゆっくり絆を深められませ」
「ディアーヌ。きみは、それでよいのか?」
彼女の提案は、自分にとってはとても都合が良い。
地位を捨てることなく、愛する人を自分の物にできる。
だが、公爵令嬢には利がないのでは……。
そう思い、尋ねたのだが。
ディアーヌの微笑みは変わらなかった。
「わたくしは殿下の一の理解者。幼馴染であり親友であると自負しております。
そんなわたくしが、殿下に与力しないはずがありませんわ」
「そう、だね……きみは僕には恋している訳じゃないから…」
アランがそう言ったとき、ディアーヌは一瞬顔色を変えた気がした。
……馬車内に射した陽光のせいかもしれない。
◇
かくして、ことはディアーヌが画策したとおりに進んだ。
エステルはなにやらディアーヌにいじめられていたなどと世迷言を吐いていたが、ディアーヌがそんな馬鹿なことをするはずがない。
エステルには、自分たちのために離宮を用意する彼女の真心を説明し、一緒に離宮で生活しようと提案した。
下級生であるエステルは学園を中途退学することになるが、そんな些末なことはどうでもよい。
エステルの卒業を待っていたら、側近候補だとアランに侍っていた奴らにエステルを奪われてしまう。
彼らより先んじて行動しなければならないのだ。
本日、婚姻式は大聖堂で大々的に行われた。
人々に祝福されながらもディアーヌは『エステル嬢のお気持ちを思うと、わたくしも辛いです』と切なそうな瞳をアランへ向けた。
アランの幼馴染みであるディアーヌは、忠義者であり賢いうえに情にも厚い。
こんなにまでも自分に報いてくれるディアーヌに、 白い結婚を強いても良いのだろうか?
彼女の名誉を汚すことにならないか?
夫に顧みられない妻という惨めな称号を与えることにならないか?
せめて、閨を使った形跡くらい残すべきではないのか?
思考は千々に乱れ煩悶しながら、アランはワインを飲み干した。
「殿下……もう間もなく、夜明けとなります。出発するなら、今です」
ディアーヌの囁く声がする。
いつの間にかアランは寝ていたらしい。
ディアーヌの差配により、ラ・セルダ公爵家直属の家臣が、エステル嬢を連れて離宮に赴く手配は済んでいる。
身体を起こしてアランは驚いた。
自分は、いつ下肢の衣服を寛げたのだろうか。
丸出しではないか。
それにベッドに横になっていた。
昨夜、自分はいつ寝たのだろう………。
ディアーヌとワインを空けて語り明かすつもりだったが、いつの間にか二人でベッドに移動した…?
同衾したのか?
隣を見ると、しどけないようすのディアーヌがそこにいた。
アランの視線に気がつくと、慌てて白い脚を隠すさまが艶かしい……
そして、シーツに点々と残る血の跡……
記憶はないが、昨夜ここでなにがあったのかは、一目瞭然だった。
「殿下……あの、昨夜のことは……」
「ディアーヌ……僕はここできみを抱いたのか?」
アランの問いに対し、彼女の肩が目に見えて震えた。
「いいえ! そのような事実はありません。殿下の御心はエステル嬢に捧げられたままです!」
押し殺したディアーヌの叫び。
背けられる視線。
いつもなら、こんな弱々しい風情を見せない女性なのに……!
アランは彼女の振る舞いによって、昨夜なにがあったのかを確信した。
そして朧気に聞いた声を思い出す。
ディアーヌの声だった。聞いたこともない、切ない、甘えたような声音で『殿下…』とアランを呼んでいた……
そうか。自分はディアーヌを抱いたのだ。
昨夜、彼女の処遇を考えながらワインを空けた。恐らく、そのせいで自分を見失い……。
なのにディアーヌは、あくまでも、アランの立場を、彼の心までも守ろうというのか。彼女は、ここまで自分を思ってくれていたのか……!
「済まないディアーヌ。だがきみを正妃として尊重する約束は守る。きみの立場は絶対だ」
「殿下……わたくしは……」
アランは立ち上がり、背を向け衣服を着替えた。
どうしてもディアーヌの顔を見ることができなかったのだ。
「約束の時間があるから、僕は行かなければならないが……月に一度は必ずきみの許に来るから」
ブーツを履き、その金髪を隠すためのマントを被る。
アランは行かなければならない。約束をした、愛しい恋人の許へ。
「政務のことはわたくしにお任せください。殿下は後顧の憂いなく離宮へ向かってくださいませ」
部屋を出る直前に振り返ると、ディアーヌはベッドの上で所在なさげにこちらを見ていた。
寝乱れたそのさまは、いつものディアーヌではないような気がした。
どこか、ぞくりとするような色気を感じた。
慌ててそれらを振り切るように背を向けた。
「夜明けはまだだ。きみは寝なさい。人払いはしておくから」
初めて幼馴染に“女”を感じたアランは、それを忘れたくて急いで部屋を飛び出した。
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