ワガママ令嬢はミステリーの中で

南の島

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どうやら転生したようです

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想像できるだろうか。
目が覚めた瞬間、自分が寝ているベッドの異常な「ふかふか」さに驚いて飛び起きるなんて状況。おそらく多くの人が私の言いたいことの半分も理解できていないと思う。

私がいつも寝ているベッドは小学生の時から使っている、せんべい布団ならぬせんべいマットレス。あの三つ折りマットレスのせいで腰の痛さで目が覚めたことも一度や二度ではない。

そんな「自分のマットレスで寝ているかどうかの判断」に自信のある私は、この異常事態に文字通り「飛び上がって」起きた。しかしまわりを見て、ベッドのふかふかさなんて序の口もいいところだったと気づく。

よく見ればベッドの四隅からそびえ立つ柱とその間に垂れるレース。一人で寝るには無駄に広すぎるマットレス。それは私がついさっきまで寝ていた1Kの部屋より広い。そして。上に掛けられた軽くてフワフワな羽毛布団。自分の体にあつらえたような着心地の良いネグリジェ。

ふと自分の頬に触れた髪の毛を見ると、プラチナブロンドの巻き髪が一束ナイトキャップから出ている。

これは・・・・・・!

やたらと広いマットレスから何とか脱出すると、その広すぎる寝室に一瞬目眩がしたが、私はあたりを見回してガラス張りの棚を見つけて走り寄った。

これは、きっと、そうだ。噂に聞く、転生というやつに違いない。それなら一体なんの世界だろうか。途中で投げ出したあの乙女ゲームかな、もしくは最終回まで見ていないあの乙女アニメかな、もしくは・・・・・・

とにかく私にもチャンスが回ってきた。高校を卒業してから冴えない貧乏なフリーターをしていた私にとって、こんなに嬉しいことがあるだろうか。それにこの感覚は絶対に夢ではない!

部屋は広く、棚に駆け寄るまでの間に私はこんなことを考えていた。裸足の裏に感じる低反発な絨毯の感触。まるで雲の上を歩いているかのような最高の気分で、私は自分の顔を確認した。さぁ、私は一体誰になったんだ・・・・・・?

・・・・・・ええと、誰だこいつ。

そこには、目つきの悪いナイトキャップから髪の毛が垂れて飛び出した、顔色が悪く青い目をした女がこちらがわを見ていた。

めちゃくちゃ性格悪そうな顔してるな・・・・・・。

ナイトキャップを剥ぎ取ると、中から艶やかな巻き髪が溢れ出してくる。手ぐしで整えていいものか迷いながら、上辺だけ触るとまるで絹のような触り心地だった。

これは、相当栄養が行き届いている髪質だな、顔も血色こそ悪いがまるでむきたてのゆで卵のようにプルプルだ。最近はカップラーメンが一番のご馳走で、健康とは程遠い生活をしていた私にとって、この体は宝そのものだった。

これは、かなり当たりの展開なのでは?!

自分が誰になったのかはさっぱり分からないが、まぁ見るからに金持ちそうだし、もはや誰だって構わない。ひとつ気にかかるのはこの性格の悪そうな顔だが、何かの話の中に転生していたとしても、このパッとしない顔の造りを見るに、悪役令嬢の取り巻きの一人、つまりモブ程度だろう。それなら大人しくしていれば、私はここで素晴らしい第二に人生を過ごすことができる・・・・・・!

あの家賃2万5千円の古アパートからこんな最高な暮らしが得られるなんて、幸せそのものだ。思わず「よっしゃぁ」とガッツポーズをしていると、ひとつのドアが控えめに開いた。

「失礼いたします・・・・・・、まぁ!ヘンリエッタ様、申し訳ございません!もうお目覚めでいらっしゃったのですね!すぐにご朝食の準備をいたしますので、しばらくお待ちを、いえ、出来る限りお待たせしないように、すぐに準備をさせます、まぁお裸足でお立ちになられて、新しいお履物に何か不具合がございましたでしょうか?」

いきなり早口でまくし立てているそのメイドは、黒のワンピースに白いエプロン、頭には白いメイドキャップをかぶった、30代ほどの女性だった。ラテン系なのか褐色の肌に目鼻立ちがはっきりしている。そして大きな黒目は怯えるように私を見ていた。

「あ、ちょっとスリッパ履くの忘れていて・・・・・・その、おはよう」

この体の元の持ち主の話し方や立ち振舞が分からず、とりあえず真面目な顔でそう言ってみる。しかしメイドは大きな目をさらに大きく見開いて、「申し訳ございません、すぐにご用意しますので」と90度の素晴らしいお辞儀を披露したあと、足早に部屋を後にしていった。

こいつは、随分とわがままお嬢様のようだ。ヘンリエッタ様、確かそう言っていた。うん、やはり誰なのか分からない。もしかしたら悪役令嬢そのものかもと微かに思っていたが、それならさすがに名前くらい覚えている。

「〇〇様に何て口を聞くんですか!恥を知りなさい!この平民が!」

多分セリフもそんなものだろう。この体の成長具合から17歳くらいとみた。ヘンリエッタ、あなたはこれから私として、平穏な生活を送るんだ。せっかくお金の心配がいらない暮らしを手に入れたんだから、どこかの誰かのシンデレラをいじめてる暇なんてない!

私は改めて、自分の両手はお尻のあたりをまじまじと見る。細身で無駄な贅肉はついていない。はっとして胸元に手を当てるとため息をついた。なんでここだけ前の自分と一緒なんだよ。しかし、その絶壁を撫でたあと、同じように凹んだ下腹に触れた時には思わずニヤリと笑顔がこぼれた。うーん、やはり若いっていいな。

お腹を撫でながらニヤニヤしていると、さっきと同じドアがノックされる。また勝手に入ってくるかと、姿勢を正して待っていると、ドアはなかなか開かない。うん?とドアに近づき、おそるおそるドアを内側に引くと、そこにはさっきのメイドとあと2人、同じ服装をしたメイドが移動式の棚のようなものの間に立っていた。

「あ、ごめん、開けてほしかったの?」

「とんだ失礼をいたしました、ヘンリエッタ様!」

先程のメイドは、土下座する勢いで頭を下げる。

「ヘンリエッタ様の繊細の声が聞き取れなかったもので、大変ご無礼をいたしました」

このあたりから、いや本当はさっきから気付いていたけど、このヘンリエッタの性格の悪さが手に取るように分かる。生まれてこの方、ここまで人に謝られたことはない。気持ちとしては「大丈夫ですよ」と優しく声を掛けたいところだが、変に疑われても面倒なので、

「いいのよ」

と澄ました声で言った。

「まぁ、ヘンリエッタ様の優しい御慈悲に感謝します」

ここまで行くとむしろ馬鹿にされているような気分になるが、上手く立ち回れたのなら安心だ。私はベッドの縁に腰掛けながら、その移動式の棚と大きめのワゴンが部屋に運び込まれるのを眺めていた。

ベッドから3メートルほど離れた場所に一人で食事をするには少し広めのテーブルがある、そこに白いテーブルクロスが素早くかけられ、お皿やフォークが手際良く並べられた。

そして先程から気になっていた移動式の仰々しい棚が開けられ、中から取り出されたのは、カップアンドソーサーだった。なるほど、よっぽど高価なカップに違いない。わざわざ一人用のカップを用意するのに棚ごと持ってくるとは。そう思っていたが、カップは1客、2客、3客、と次々テーブルに並べられていく。

そんなに使うか?おかわり用に用意しているのだろうか。

しかし、カップを取り出すメイドの手は10客を超えても止まらない。花柄や幾何学柄やレースの柄など、色とりどりのカップがテーブルの端を埋め尽くしていく。

多い、多い、多い、怖いって!

気づけばざっと20客。すべて違う柄のカップがさながら展覧会のように並べられた。

しかし、棚から出てくるのは、それだけではなかった。次に取り出されたのが、瓶入りの茶葉。今度はその瓶が30種類ほど並べられる。一人で紅茶の品評会でもさせられるのだろうか、という恐怖しか感じないその光景に絶句していると、先程のラテン系のメイドがまた慇懃に頭を下げた。

「ヘンリエッタ様、大変お待たせいたしました、ご朝食の準備が整いました」

とりあえず、今度は床に並べられたスリッパに足を入れると、一人のメイドが引いてくれている椅子に向かう。椅子の前に立つと同時にそっと椅子が押された。

「さて、本日のカップがどちらになさいますか?」

おいヘンリエッタ。もしかして毎日これだけカップを並べさせて選んでいるというのか?そしておそらく全く見分けのつかない茶葉も。これは思ったよりお嬢様に違いない。しかし、ここは上手くやらないと、私の豪華な暮らしは手に入らないだろう。私は適当に指を指し「そのいちご柄のを」と澄まして言った。

「かしこまりました、ではカップを温めている間に茶葉をブレンドいたしますので、茶葉をお選びください」

何だと?!急に難易度があがってしまった。金持ちは良いなぁなんていつも思っていたが、毎朝ブレンドする茶葉を選ばなければいけないとは、お嬢様も楽ではない。しかし、この状況はヘンリエッタが「今日はこのお茶の気分ではないわ!」と言って何度も用意し直させた結果という気もする。

「今度のお茶の品評会では、きっとヘンリエッタ様のお紅茶が優勝されますわ」

メイドはニコニコしながらそう言い、銀製のティーキャディースプーンをかまえていた。

「それと、それと、それで」

「まぁ、また斬新な組み合わせでございますね、さすがヘンリエッタ様」

ようやく選別から解放された私は、「お茶の品評会」という言葉に何か思い出しそうになっていた。この言葉、どこかで見た気がする。これを思い出せば、自分が何の物語に入り込んでしまったのかに気づくことができるのに・・・・・・

しかし、目の前にオムレツやベーコン、白いパンケーキと紅茶が全部用意されてても、何の話だったのか思い出せなかった。

しかし、こんな朝食はいつぶりだろう。最初は上品に食べようと思っていたが、一口食べてからフォークの手が止まらない。あっという間にお皿が空になり、紅茶も飲み干して顔を上げると、メイドがキラキラとした目をして私を見ていた。

「ヘンリエッタ様、素晴らしいご食欲でございます、もう2年もご朝食は一口しか召し上がらなかったのに」

そういうことは最初に教えてほしかったが、仕方ない。膝にかけていたナプキンで口を拭い、「美味しかったわ」と言うと、メイドは瞳をうるうるさせながら、「すぐにお着替えの準備を!」と他のメイドに告げた。

そこからは、憶測できるだろう。肌着、下着、ドレス、靴、髪飾り(その前に顔を洗う石鹸まで)すべてを10種類ほどから選ばなければいけなかった。これはもはやどこかの金持ちの令嬢レベルではない、お姫様だ。

しかし、本当のお姫様はこんな風に甘やかしたりはしない、と聞いたことがある。こうやって閉鎖的な生活の中でわがままな勘違い令嬢が育成されて世に放たれ、か弱い純真な少女をいじめることになるのだ。最後は選ぶことにうんざりしてきて、イヤリングは耳が痛くなるからいらないというと、少し驚かれたものの、ようやく自由の身になれた。
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