ワガママ令嬢はミステリーの中で

南の島

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推理小説の中のようです

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「入れ」

低く、渋い声が聞こえる。ドアをゆっくり押すと、ドアと向かい合わせになるように、恰幅の良い40代ほどの男性が大きなデスクに座っていた。髪も眉も髭も黒く量が多い。髪の毛の方は何かでしっかりと固められていたが、オールバックの髪型がとうてい堅気のようには見えなかった。

「おぉ、ヘンリエッタ、朝の挨拶に来てくれたのかい?おいで私の天使」

入った瞬間はしかめっ面のような顔だった表情はみるみるうちにほころび、眉毛は嘘のようにハの字に下がる。そして両手を広げて私が近づくのを待っているようだった。

恐る恐る近づき、父親と触れる程度に頬を寄せ合う。

「今日も美しいよ、アンジェリカにどんどん似てきている、うん、素晴らしい」

そう言うと、人差し指で私の頬を撫でた。
初めて私に、というよりヘンリエッタに対して優しくしてくれる人が現れたが、間違いなくこの親父が甘やかしすぎたせいで、こんなワガママお嬢さまが出来上がってしまったのだろう。腕に見える金色の腕時計が彼の金満さを物語っているようだった。

控えめなノックが聞こえ、父親はまた先程の声で「入れ」と言う。振り返ると、眼鏡をかけ黒いスーツに身を固めた30代くらいの男性が入ってきた。

「これは、ヘンリエッタ様、お話中失礼いたしました」

「どうした、スチュアート」

「ただいま電報が届きまして、ロンゴリア様のご到着が本日になるそうです」

「随分早いな、分かった、夕食を一人分多く用意するようダイラに伝えておけ」

「承知いたしました」

おそらく執事であるスチュアートの背中を目で追いながら、私は眉をひそめた。今スチュアートが話していた言葉のうち、何かが私の記憶を刺激している。何だろう、そう思っていると、父親がまた甘い声で話した。

「ヘンリエッタ、名探偵のロンゴリアが1日早く到着するそうだ。いろんな事件の話を聞かせてもらえばいい」

・・・・・・あぁ!!

この瞬間、脳内に光が灯る。両手をパンと鳴らして、父親と握手をしたい衝動に駆られたが何とか耐えた。

そう、分かったのだ、ここが何の世界なのか。

あの有名推理小説、名探偵ロンゴリアシリーズの話の中なのだ。

これで、無駄に部屋数の多い豪邸と広い庭と使用人の多さに合点がいく。いくと同時に私は一瞬で青ざめた。

推理小説の中、そして名探偵がこの屋敷にやってくる。つまり・・・・・・

殺人事件が起きるということだ!

呆然としていると、父親は何を勘違いしたのか、

「大丈夫だ、ヘンリエッタの席は名探偵の隣にするよう言い聞かせておくから」

とウィンクをする。私は「ありがとう、お父様」と言うと、そそくさとその部屋を後にした。ドアを後ろ手に閉めると、はぁと長く息を吐く。ここの舞台が何なのか分かった興奮と、殺人事件が起こるかもしれないという焦燥で頭の中がぐちゃぐちゃだ。

何で名前が思い出せないのかったのかもこれで納得が出来た。推理小説に出てくる登場人物はだいたい読み終わると名前なんて忘れてしまう。覚えているのはせいぜい名探偵とその助手と警部の名前くらいだ。

しかし、今からこの屋敷に訪れる運命を阻止できるのは私だけかもしれない。名探偵という死神がやってくる前に、この話のストーリーを思い出して何とか殺人を食い止めなければ。

そう思うと、俄然やる気が湧いてきた。殺人事件さえ止めることが出来れば、私はここで一生平穏な生活が送れる。ライリーはシャーロットのことが気に入っているみたいだし、大いに私を当て馬にして好きだなだけ結婚してくれたらいい。

よし!この話を思い出すぞ!

私は階段を駆け上がって、自分の部屋に向かった。

名探偵ロンゴリアシリーズ。
スペイン人の探偵がイギリスに住み、様々な殺人事件を解決するというロングセラー小説だ。全世界で翻訳され、私は子ども用も大人用も何冊か読んだことがある。ここのような広い豪邸を舞台に描かれ、上流階級の人間関係が複雑に絡まって話が進む。登場人物が多く、容疑者も毎回最低10人は下らない。

今私に与えられた使命は、「どの話なのか」「誰が殺されるのか」「誰が犯人なのか」を思い出すことであった。

正直、名探偵ロンゴリアシリーズの8割は、ここのような豪邸で事件が起きており、これだけでは「あの話だ!」とならないのが悔しい。殺人方法などが分かれば少しは思い出すかもしれないが、殺されてから分かっては元も子もない。

しばらく、うんうんと考えていたが、全く思い出せそうにないので、私はここの登場人物を洗い出すことに矛先を変えた。

豪華な細工が施されている勉強机の引き出しを開けてみると、日記帳のようなものが入っていた。これは良いものを見つけた!と中身をめくってみるが、見事に真っ白である。そういえば私も日記など書けた試しがなかったなと、ヘンリエッタに妙な共感を覚えながら、その日記帳をメモ代わりに使わせてもらうことにした。

ええと、まずは、出会った人物を書いていこう。

ヘンリエッタ・・・・・・私。おそらく17、8歳。ワガママ令嬢。
シャーロット・・・・・・妹。ヘンリエッタが冷たくしているらしい。
ライリー・・・・・・婚約者。ヘンリエッタを嫌っている。シャーロットが好き。
メイド3人・・・・・・一人はラテン系。ヘンリエッタに怯えている。
ダイラ・・・・・・料理人?ヘンリエッタにお礼を言われて泣いていた、母の代から仕えている。
スチュアート・・・・・・父親の執事。
父親・・・・・・名前要確認、ヘンリエッタを可愛がっている。
母親・・・・・・アンジェリカ。亡くなっている。

ここまで書いて、絶望的な事実に気付いてしまう。今の所、私、つまりヘンリエッタが一番嫌われている。これはもしや私が殺されてしまうのでは?と、そこまで考えて首をぶんぶんと振る。いや、悲観的に考えるのはやめよう。それに、もしそうなら、出来る限り改心した態度を示せば、殺人を思いとどまってくれるかもしれない。当然今までのヘンリエッタと違う!となるだろうが、殺されるよりましだ。

何とか自分にそう言い聞かせると、立ち上がって、もう一度気合を入れた。この屋敷にはまだ人がいるような気がする。一人残らず把握しなければ今の時点では何とも言えない。私は日記帳を元の位置に戻すと、自分の部屋をあとにした。
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