老兄、林太郎の恋

人紀

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その9

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 と、突然、騒がしくなりました。
 視線を移すと、教室の入り口付近に若くて背の高い男の子が立っていました。
 背だけでは無く、がっちりした体格の若者で、真美先生と同じようなダボリとした服を着ておりました。
 それを見た四十代の、恐らく主婦の皆様方が真美先生に「彼氏? 彼氏なの?」と楽しそうに訊ねていらっしゃいます。
 先生は年相応に愛らしくはにかみ、男の子の方をちらちら見ていらっしゃって、とても微笑ましい光景でございました。
 ですが、それを良しとしないお人が、もちろん我が兄、山中林太郎でございます。
 険しい表情で真美先生とその想い人である男の子を交互に見ておりました。
 何かしでかすのではないかという危うさを感じ、わたくしは立ち上がり、慌てて兄の方に向かいました。
 しかし、時すでに遅しにございました。
「お前が真美と付き合うなんざ! わしがゆるさぁん!」
と怒鳴り始めました。
「ちょ、林太郎さん」
と、真美先生が止めに入ったのですが、「どいておれ!」とどかし、ずかずかとその若者の前に立ちました。
 そして、キィ! と見上げると、歌舞伎の見栄でも切るかのように、
「お前のようなぁ、貧弱ものにぃは、真美はやれんわぁ」
などと、言い出したのでございます。
 はじめはあまりの展開に、呆然とした顔で見守っていた他の生徒の方々でしたが、しばらくすると、必死で笑いをこらえるように口に手を当て、肩を振るわせ始めました。

 わたくしはもう、恥ずかしくて顔を両手で覆いました。

 山のように大きな若者に向かって、矮小な老人が貧弱はないでしょうに。
 真美先生はどうしてよいのか分からないと言う顔をされていますし、その恋仲の若者も余りにも突然の事態に、ポカンとされておりました。

 本当に申し訳ないことにございます。

 しかし、兄はそういう空気を読めない方にございます。

 何も言わない若者が怖じ気付いたとでも思ったのか、
「そうではないというならぁ、かかって来るがぁよい!」
と、両手を前に突き出しました。
「猪熊先生の再来とまで呼ばれた、このわしの柔道でちぎっては投げ、ちぎっては投げて、年期の違いってものを、あぁ、教えてやろうじゃねえかぁぁぁ」
 わたくしの知る限り、兄が柔道をしていたのは十歳前後の頃のみで、学校でも多少は習っていたかもしれませんが、五十歳近くの年齢差と、何倍もありそうな体格差をどうにかできるほどのものとは到底、思えません。
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