老兄、林太郎の恋

人紀

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その10

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「兄様、やめてください兄様!」
とわたくしが必死で止めると、真美さんも、「林太郎さん、とにかく落ち着いて!」と必死で宥めておりました。
 しかし、先生の恋人さんが困った顔をしてるだけで、何も言い返さないのをいい事に、「さあこい! さあこい!」と奇妙な足運びでちょこまかと動き回っておりました。
「あ、あのう」と、真美先生の恋人は意を決したよう表情で兄を見ました。
「俺、柔道三段なんだ……」
 兄の動きがピタリと止まりました。
 真美先生の恋人は本当に、本当に申し訳なさそうな顔で、「ごめんね」となぜだか謝罪されていました。
 体つきは大きくて、髪も染めている若者ではありますが、どうやら、穏やかな性格をしているようでした。
と、固まっていた兄は、突然、大声で笑い始めました。
 そして、先生の恋人の肩を叩き、「真美はお前に任せた」とえらそうにのたまりました。

 必死で笑いをこらえていた生徒さんらがどっと笑い出し、わたくしも、少し、恥ずかしく思いつつも、それでもやはり、笑ってしまいました。

「なにそれ、林太郎さん! めっちゃ、笑えるじゃん!」
と、真美先生も兄の背中をたたきながら大笑いをしていらっしゃりました。

 帰り道にわたくしが、「感じの良い若者達でしたね」と話を振りますと、背筋を懸命にのばし、大股で歩く兄はすました顔で、
「わしはまだまだ真美のことを、あきらめておらんからな!」
などと、言っておりました。
 この老人はなぜ、ここまで元気なのかあきれてしまうと同時に、うらやましくもありました。
 わたくしも、少し無茶をしたら、短くなった人生ではございますが、兄のように無謀と知りつつも飛び込んでいく勇気が持てたなら、どのような明日が待っているのでしょうか?
 そのようなことを考え始めたら、何だか楽しくなって参りました。
 そこで、「わたくしも素敵な方を探そうかと思います」と告げてみました。
 すると、兄は少し驚いた顔を見せましたが、すぐにカッカと笑いました。そして、急に真顔になり
「お前を貰う者は、まず、わしを倒さねばならぬ!」
など言っておりました。
 わたくしは、心のそこから笑ったものです。
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